2010年8月15日、新疆亀茲研究院は成立25周年の記念日を迎えた。小島康誉氏が多忙のなか、記念活動に克-老朋友参加された。20数年前に知り合いとなった「老朋友」たちが鳩摩羅什三蔵像の前で再会し、みんな感動した。現在のキジル千仏洞は20数年前と比べると、大きく変わった。 記念活動の期間中、小島氏は亀茲研究院の幹部と一緒に、「キジル千仏洞修復寄付記念碑」の前に立った。新疆書記王恩茂が題した「克孜尓千仏洞維修捐款記念碑」に触り、小島さんは「人類の文化遺産の保護に貢献した多くの人々を忘れてはいけない」と言った。   亀茲研究院成立25周年記念大会では、小島氏がPPT映像で講演し、数百名の来賓にキジル千仏洞との縁を紹介した。日本でキジル千仏洞修復資金を募金した経緯、キジル千仏洞修復工事の概況を紹介した。在席した多くの中国と海外の教授らの多くは、20数年前の歴史をよく知らず、小島氏の講演を聞いて感動した。自治区文物局の盛春寿局長が挨拶した。「新疆の経済力が弱かった時代は小島先生の資金力を重視した。新疆の経済が発展した現在は『大慈愛に境界なし』の『小島精神』を重視している」と。  

克‐25周年-1024x7681986年から新疆の文化遺産保護研究を始めた。キジル千仏洞は原点だ」と小島氏

小島氏はキジル千仏洞とは不思議な縁がある。宝石店経営者として、宝石探しで新疆に来た。宝石より人類文化遺産の保護という価格のつけられない宝と出会った。氏が初めてキジル千仏洞を訪問したとき、新疆古代のすばらしい文化に感動し、その後、大量の資金投入を始めた。前後して3,000万人民元以上の資金を新疆文化保護に投入した。そのすべての中で、キジル千仏洞は原点だという。キジル千仏洞が代表している亀茲石窟の歴史文化遺産に対する最高の賛美であろう。 周知のとおり、亀茲石窟はクチャ地区の貴重な歴史文化遺産である。亀茲石窟はインド仏教が東に伝播する途中で最初の大規模石窟群である。独自の特徴を持っており、東方仏教芸術に深く影響を与えた。

古代仏教王国の亀茲国

キジル石窟が造られたのは3世紀中頃から8世紀の間とされており、その時代にこの地を支配していたのは古代仏教王国の亀茲国であった。亀茲国は早い時期から仏教を信奉しており、4世紀中頃の『出三蔵記集』には「時に亀茲の僧衆一万余人」、「寺が甚だ多く、修飾至麗たり。王宮は立仏の形像を彫鏤し、寺と異なるはなし」などと記録されている。亀茲国にいつごろ仏教が伝わったのかは明らかでないが、中国側の史料によれば、すでに3世紀末から4世紀初めにかけて相当数の亀茲出身の僧侶が中国で仏典翻訳に従事していたという。中でも有名なのが4世紀前半から5世紀前半に活躍した亀茲出身の鳩摩羅什三蔵である。亀茲には現存石窟が600以上あり、主な石窟は全国重点文物保護単位に指定されている。 その中でキジル千仏洞は歴史がもっとも長く、亀茲石窟芸術の原点である。通し番号付きの石窟の数が269もあり、現存壁画の面積は1万㎡にのぼる。新疆最大の石窟だけではなく、中国の四大石窟にも入っており、世界的に有名である。壁画の多くは仏教とのつながりが深く、ガンダーラ仏教の画風も入っている。 人類の宝物であるキジル千仏洞の魅力に影響され、小島氏はキジル千仏洞修復資金の募金活動に尽力した。1986年、亀茲研究所成立した際、先生が10万人民元を新疆に贈呈し、その資金がキジル千仏洞修復専用資金となった。新疆文物保護のための寄付金の中で、これは外国人による最初の寄付金であった。87年、小島氏は日本で「日中友好キジル千仏洞修復保存協力会」を設立し、自ら専務理事を担当した。89年、日本で3,000人以上の方から集めた1億544万円を新疆に寄付し、キジル千仏洞の保護修復資金となった。 これらの資金でキジル千仏洞の修復作業が進んだ。これよりさらに大事なのは、小島氏の募金・宣伝活動のおかげで、多くの日本人がキジルを知り、毎年多くの日本人観光客がキジル千仏洞を訪ねていることだ。キジル千仏洞の知名度を上げたと同時に、保護修復の資金源も広がった。 1988年以後、小島氏はニヤ遺跡とダンダンウイリク遺跡の保護研究を始めたが、キジル千仏洞に対する関心と支持は少しも減っていない。1994年、新疆亀茲研究所(新疆亀茲研究院の前身)が「鳩摩羅什生誕1650周年記念国際シンポジウム」を開催し、小島氏も参加した。 新疆亀茲研究院成立25周年記念大会にも参加した小島氏は25万人民元の車両購入資金を寄付した。先生は何度も新疆亀茲研究院を訪問し、新疆亀茲石窟の研究と保護に注目した。小島氏は日本人だが30年間の時間と大金を新疆文化遺産の保護事業に使った。新疆亀茲研究院の責任者として、私は先生の亀茲石窟研究に対する愛情を切実に感じている。この愛情は必ず研究院スタッフを励ますに違いない。  克‐バス-1024x768

骨はタクラマカン沙漠に

周知のとおり、文化遺産は文物・建築・遺跡などからなっている。文化遺産が人類の普遍的歴史・芸術・科学価値観を反映している。 文化遺産はそれぞれ異なる国・地域に分布しており、それぞれ異なる地域性と民族性の特長を持っている。文化遺産保護を実際に行うさい、所在地の複雑な関連要素の影響で、かなり困難を感じる場合が多い。 亀茲石窟の分布地区はかなり広く、歴史は長く、破壊はひどい。よって保護・研究は極めて困難である。先輩である小島氏の足跡に続き、さらに努力しなければならない。 小島氏は成功した経営者として、商人の道から文物保護の道に入った。キジル千仏洞の修復保護から出発し、新疆歴史文化遺産保護分野で、誰もがよく知る国際友人となった。 「私はもう歳をとって69歳ですが、新疆の文化文物事業に微力を尽くしていきたい。将来、骨はタクラマカン沙漠に埋めたいと思います」と先生がいう。 小島先生新疆訪問30周年を記念する『大愛無疆-小島精神と新疆30年』が出版される際、心から次の願いを表したい。小島先生が永遠に中日友好の使者であってほしい。またキジルにご来訪を!

『紀念日本友人小島康誉先生奉献新疆30周年・大愛無疆・小島精神与新疆30年』(韓子勇主編・新疆美術撮影出版社2011)の日本語版『大きな愛に境界はない』(趙新利訳・日本僑報社2013)より(写真位置などは変更)