No.19 文化文物優秀賞で人材育成

おはようございます。といってもWebのこと、夜中にご覧の方もおいででしょう。そんな方にはこんばんは。昨年8月、世界文化遺産「キジル千仏洞」で文化財保存の重要性訴求のためTV番組撮影開始。アジアドキュメンタリーセンターと新疆文物局の共同制作。天山氷河・農業用井戸掘削・カレーズなども含んでBSフジで放映されたのが本年2月。

 

番組予告をかねて昨年12月、本シリーズ連載開始。日中共同で進めてきたキジル千仏洞修復保存・ニヤ遺跡調査・ダンダンウイリク遺跡調査を紹介してきました。拙い文章を検索いただき心から感謝しています。番組制作で多忙にもかかわらず掲載に尽力いただいているADC文化通信の永野浩史・中村一雄両氏にも御礼申しあげます。

 

上記のような文化財保護研究事業を推進していて、思い続けていたのは「人材」の重要性。かつて企業経営者時代も「人材育成」には全力を投入していました。成果がでるまで時間がかかる大学生定期採用はやめて目先の利益があがる中途採用中心にしたらと言われたほどですが、その頃の人たちが今も上場企業役員・幹部・議員・経営者などとして社会に奉仕している姿を見聞するにつけて、「人材」がすべての元と確信しています。

 

沙漠での現地調査でも「人材育成」の必要性を感じていましたが、外国人として言い出さずにいました。ある時、新疆文物考古研究所の張玉忠副所長からもそんな話しが。独自体制の中国にもそのような人がいるのかと思い、1999年に新疆政府外事弁公室・新疆文化庁・新疆文物局と創設したのが「小島康誉新疆文化文物事業優秀賞」です。

 

中国にも多くの表彰制度はありましたが、第一線で汗水ながす無名の人たちを称える賞はごく少数。まして外国人名が冠となった賞は殆どありませんでした。新疆側が候補を選出、私が最終同意するとともに奨励金(開始時は一人5,000人民元、途中から10,000人民元)を提供、そんな骨組みです。

 

受賞者らと表彰会場(撮影:楊新才氏)

受賞者らと表彰会場(撮影:楊新才氏)

 

当初は局長や所長といった幹部ばかりでしたが、徐々に第一線の人も。例えばタクラマカン沙漠奥地の寒村で貧しい生活をおくりつつニヤ遺跡保護のために巡視している農民、新疆の伝統綱渡り伝承者、クンジュラブ峠ちかくの辺境で文化財を管理している地方公務員、アルタイ山脈の麓で研究している博物館員、民間の芸能者・・・。

 

毎年の表彰式には新疆政府副主席・文化庁書記・文化庁長・新疆外事弁公室副主任・文物局長らが出席し、受賞者の業績を映像で紹介・・・。その方たちにとっては一生に一度の栄誉、大きな励みになっています。受賞者一覧などは『大きな愛に境界はない』(韓子勇新疆文化庁書記編・趙新利訳・日本僑報社2013)に掲載されています。

 

2013年までの15年間に270人と31団体を表彰し、人材育成面で大きな成果をあげました。契約切れ前の2012年に再延長を提案、その直前の尖閣国有化の影響などで、折り合わないままとなっていましたが、上記TV番組関係で本年2月に訪日した王衛東新疆文物局長と今秋から再開することで基本合意しました。

 

自育共育

人材育成の基本は自分を育てるという気持ちと実行、そして共に育とうという環境や制度ではと思います。企業経営者時代もそう考え「自育共育」を掲げ推進していました。社長を退任してすでに20年経ちますが、あちこちの会社から相談を受けることも。そんな際に必ずお訊ねするのは、「人材育成」制度。明確化されていて確実に実行され、定期的に更新されていることが大切でしょうね。

 

我が国の教育制度でも「ゆとり教育」が修正されたり、英語教育が充実されたり、法科大学院が見直されたり・・・更新されつづけています。

 

先月、ミュージカル「天使にラブソングを」(帝国劇場・森公美子主演)を鑑賞。大ヒットした映画をご覧になった方も多いかと。歌手が修道院の聖歌隊を巻きこんでのコメディー。驚いたことに中学生200人ほどが学習の一環で来ていました。このような社会体験型教育は彼らの成長にしっかりとした影響を与えることでしょう。

 

今月の講演は2回。「法隆寺壁画と鉄線描壁画発掘」(佛教大学四条センター)ではダンダンウイリク遺跡調査を、「新疆世界文化遺産図鑑刊行記念」(八重洲ブックセンター本店)ではキジル千仏洞修復保存などを。そんな時に心がけていることは「分かりやすく楽しく」。聴衆の皆さんに楽しんでいただき自分も勉強させてもらう「自育共育」スタイルです。

 

スタインと王圓籙

文化財保存に関して二人の人材にふれたいと思います。オーレル・スタイン(1862~1943)、シルクロードに興味のある方はその名を聞かれたでしょう。その探検・研究能力は並外れています。一方で文化財を大量に持ち出したために中国では「盗掘者」の代表格として語られています。日中共同隊も彼の報告書を参考にしました。

 

私はユダヤ人(ハンガリー生まれ後にイギリスへ帰化)ゆえの彼「いわれなき差別への劣等感と反骨心に生きた考古学探検家」の生き様を少しばかり調べたことが。10年ほどボチボチと取り組み、最終段階の半年ほどは連日睡眠3~4時間で史料と格闘。2年ほど前に佛教大学の研究紀要に「スタイン第四次新疆探検とその顛末」と題して発表しました。

 

左)第四次新疆探検前に立ち寄った京都でのスタイン日記、桃山・知恩院・・・(ボドリアン図書館蔵) 中)南京政府密電「スタインは古物発掘・軍路測量の陰謀あり、ビザ取り消し即日出国命令」(『近代外国探検家新疆考古档案史料』より転載) 右)王道士記念塔で回向する筆者(撮影:趙新利氏)

左)第四次新疆探検前に立ち寄った京都でのスタイン日記、桃山・知恩院・・・(ボドリアン図書館蔵)
中)南京政府密電「スタインは古物発掘・軍路測量の陰謀あり、ビザ取り消し即日出国命令」(『近代外国探検家新疆考古档案史料』より転載)
右)王道士記念塔で回向する筆者(撮影:趙新利氏)

 

オックスフォード大学ボドリアン図書館で研究した「スタイン日記」や新疆档案館と共同出版した『スタイン第四次新疆探検档案史料』などからの珍しい史料写真も紹介しています。佛教大学Webにも掲載されていますので、約10万字と少々長いですが、興味おありの方は開いて下さいませ。

 

第一次~第三次探検でダンダンウイリク遺跡・ニヤ遺跡・敦煌などから貴重な文化財を大英帝国や英領インド帝国へもたらし「時の人」となった彼。しかし時代の変化を読み取れず、ハーバード大学の誘いに乗り、調査禁止ビザ取り消し即刻出国命令をくぐり、監視人の目をかすめニヤ遺跡発掘・・・屈辱的失敗に終わった第四次探検でした。

 

スタイン探検のもう一方の主役は敦煌の文化財保存に彼なりの力を注いだ王圓籙道士(1850?~1931)です。スタインの巧みな説得で貴重な仏典類を大量譲渡し、スタインに“Sir”(Knight Commander of the Indian Empire・インド帝国ナイト爵位)の栄光をもたらしたともいえる王圓籙道士。

 

スタイン第四次探検が屈辱的失敗に終わり中国新疆からフンザへの峠を越え出国した1931年6月3日は、王道士が「中国の至宝を売り渡した売国奴・敦煌石窟の罪人・無知・愚鈍」と冷たい視線にさらされながら逝去した日(民国20年旧暦4月18日)でした。二人の物語は敦煌文献持ち出しの場面に限って語られています。スタイン失意正味出国日と王道士逝去日が同一日という「二人の奇妙な恩讐」・・・。どなたか二人にスポットをあてたTVドラマを制作されませんか。

 

王道士の記念塔では回向してきましたが、スタインの墓は日本外務省の「安全情報」で退避勧告が発出されているアフガニスタンのカブールにあるため自重しています。解除されたら真っ先に行くつもりです。それまで当方の命あればですが。