No.06 第一次&第二次贈呈 大歓迎1億円

あまたある中、このWebをお訪ねいただき感謝します。シルクロードのキジル千仏洞などが世界文化遺産となったことを機にTV番組「世界遺産シルクロードを支えた水と氷の物語」(仮題)制作が開始され、この妙なタイトルの「シルクロード国献男子30年」を書き始めました。質問「国献男子とは?」が寄せられました。「国際貢献を手弁当で永年実践してきた男」の今風表現です。番組は2月21日(日)19時00分からBSフジで放送予定です。

 

当時の募金用ハガキ

当時の募金用ハガキ

キジル千仏洞修復保存の募金協力会事務局は毎週のように募金状況を集計し、協力会役員へ報告。募金パンフレットの追加発送、協力依頼・・・などを連日実施。役員の皆様にはキジル千仏洞の重要性を理解いただくために『中国石窟キジル石窟』全三巻(平凡社1983~85)をお届けしました。厚さ13㎝・重さ7㎏・9万円弱の写真集、20数セット注文に書店ビックリ。理事は月一回のペースで打合せ・・・。「人類共通の文化遺産を後世に伝えよう」との夢をともにする多くの方々の奮闘で、募金は進みました。

 

1988年4月28日、新疆ウイグル自治区の中心都市ウルムチの新疆人民会堂は輝いていました。「日中友好キジル千仏洞修復保存協力会」の第一次贈呈式です。新疆ウイグル自治区政府の黄宝璋副主席や文化庁長ら列席のもと、トラック等工事用車両8台2,701万円相当と現金3,500万円の計6,201万円を新疆政府へ贈呈。協力会副会長の松原哲明臨済宗龍源寺住職と私が40名からなる代表団とともに出席しました。工事用車両は協力会副会長をお願いしている三菱商事や取引先の伊藤忠商事を通じて購入し輸出、中国の輸入関税は王恩茂全国政治協商会議副主席の配慮で特別無税にしていただいた。

 

黄副主席からは「1,700年の歴史あるキジル千仏洞への修復資金贈呈は、日本人の世界人類共通の貴重な歴史文化遺産への関心を表し、中日両国人民の友誼を表している。我々新疆各族人民は今回のような友誼を格別重視する」との挨拶がありました。「新疆日報」・「ウルムチ晩報」・「日本経済新聞」・「中国新聞」・「日刊工業新聞」・「中外日報」・「中日新聞」など日中両国の新聞で報じられました。

 

一行は贈呈式の後キジル千仏洞など多くの遺跡を参観。読売新聞が同行取材し「西域二千キロ」と題して8回シリーズで報道されました。帰国後、「中間報告」を発行し寄付いただいた方・役員・メディアなどへお届けしました。

 

1989年6月に天安門事件が起こりました。世界中で連日報道、中でも戦車に立ち向かう一人の男性の映像は強烈な印象をもたらしました。「なぜ協力するのか」などと苦情がよせられるなど協力会活動も影響を受けました。

 

贈呈書を読み上げる松原副会長 中央が王副主席と筆者(撮影:新疆政府)

贈呈書を読み上げる松原副会長 中央が王副主席と筆者(撮影:新疆政府)

しかし「世界的文化遺産を保存しよう」との私たちの志は揺るぐことなく、その年の8月30日に第二次贈呈式を行ないました。会場は前年と同じ新疆人民会堂、王恩茂副主席や文化庁長など列席のもと、現金4,343万円を贈呈。松原副会長や私など22名が出席し、その後キジル千仏洞などを参観しました。第二次贈呈も各紙で報道されました。

 

 

二次にわたり3,000をこえる個人や企業からの浄財1億544万円を新疆政府に贈呈することができました。ちなみに当時の中国での物価などからすると贈呈した1億円余は現在の1億人民元(約20億円)に相当すると言われています。

 

王副主席からは親書「貴方は中日人民の友誼と文化交流の使者として、キジル千仏洞を修復し貴重な歴史文化遺産を保護するために、三年近く苦労を厭わず1億円という巨額を寄贈し、たいへん大きな貢献をした、中国新疆の各族人民は忘れることはできない。名誉顧問の中山太郎先生が外務大臣となられたことを熱烈にお祝いし、新疆を訪問されることを歓迎する」をいただきました。

 

寄付いただいた多くの企業や個人の方々、尽力たまわった協力会の役員諸氏の芳名は「最終報告」に記載し感謝を表しました。この方々や事務局企業の諸氏のお力添えあればこそ募金活動が成就しました。この機会に改めて心からの感謝を申し上げます。

 

文化財の保存には大金が必要です。しかし現実は厳しいものがあります。「シルクロード」と同じ年に世界遺産となった「富岡製糸場」でも大雪で崩れた屋根は暫くの間、放置されたままでした。入場料も500円から倍に値上げされました。世界遺産「富士山」では環境保全のため任意協力費(入山料)を集めていますが、半数程度の方は払わないとか。ご自身が登るのに1,000円でさえこの有様です。まして日本でよく知られていないキジル千仏洞への修復保存募金、しかも約30年前の活動。どれほど悪戦苦闘したかはご理解いただけるでしょう。感謝×感謝×感謝です。