No.02  キジルとの出会い 人々のエナジーに感動

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1982年新疆初訪問以来、人々の熱い心と豊富な文化遺産に惹かれ、友好商社の堀尾さんや当社社員と度々訪問しました。良質なジュエリー原石はなく買付できませんでしたが、アンティークカーペットや玉・山水画などを輸入していました。山水画は謝家道氏の作品が中心でした。王子鈍居士から仏画を頂戴し、「お寺を建てたいが、今は仮設・・・」と聞き僅かばかりの資金協力、などもしていました。

 

1986年5月、新疆工芸品公司がキジル千仏洞へ案内してくれました。この出会いは30年経った今も鮮明に覚えています。同石窟は敦煌・雲崗・龍門とともに中国四大石窟のひとつに数えられています。

 

キジルは中国語では克孜尓と表記され、赤を意味するウイグル語です。天山山脈(2013年世界自然遺産登録。同じ年「富士山」も世界文化遺産登録)南麓クチヤ西方約70㎞、北緯41度47分・東経82度31分一帯に位置し、海抜は1,110m前後です。当時のクチャは対外開放されておらず「外国人旅行証」を取得したうえの参観でした。

 

ウルムチから約800㎞、殆どは未舗装のガタガタ道、揺られゆられての二日間。疲れた身体にその姿が飛び込んできました。

 

キジル千仏洞谷西区。初参観時に思わず撮った貴重な一枚(撮影:筆者)

キジル千仏洞谷西区。初参観時に思わず撮った貴重な一枚(撮影:筆者)

 

管理所員の説明では「谷西区・谷内区・谷東区・後山区あわせて236の石窟の大半に、1万㎡の壁画が残っている、早いものは3世紀に造営され、最盛期は6~7世紀、遅い窟は10世紀」とのことでした。天山山脈裾野がウィガン河(別名ムザルト河)に接する断崖約3㎞にわたって穿たれています。はるか彼方のシルクロードのことで分かりにくいかと、参観後に出版した拙著『シルクロードの点と線』(プラス1988)掲載の手書き図3点で説明します。

 

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登るのも怖い梯子を登り、壁画を拝しました。ラピスラズリの青で描かれた釈尊の前世の物語には圧倒されました。日が暮れて道に迷う旅人に自らの手を燃やす釈尊。飢えた虎の親子にわが身を差し出す釈尊・・・。石窟造営を発願した人たち、膨大な資金を提供した人たち、英知を絞り穿ち描いた人たち、仏の道を説いた人たち、そこで修行した人たち、その生活を支えた人たち・・・。陽はのぼり、陽はしずみ、風雪にたえ、異宗教にたえ、盗掘にたえ、千数百年。今なお色鮮やかに残る人々の願い。「人類共通の文化遺産」と直感しました。

 

そして、自らの生活も十分に賄えない環境の中で、それらの国宝級遺跡(全国重点文物保護単位・1961年指定)を保存しようと汗水を流す現地の人たち。まだまだ貧しかった30年前の中国、その辺境の辺境。掘っ立て小屋に住み、つぎはぎだらけの服、食べるものさえ事欠く中での細々とした保存活動・・・。このふたつの感動が私を動かしました。親の命名「康誉」(健康に生き名誉ある死を)実践に新しい火が点きました。

 

 

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