中国から小包到着。コロナ禍で航空便もままならぬ中、何事かと開けると、新疆文化庁の書記だった徐華田さんの回想録『路漫漫』でした。B5版238頁の写真集。冒頭の略歴に「1942年江蘇省淮安に生まれ、63年国家分配により新疆へ赴任。66年中国共産党に入党、機械工場勤務や新疆党委員会弁公庁副主任などをへて、98年新疆ウイグル自治区文化庁(トップの)書記に就任、2003年定年」などと。

 

北京で夫人ら家族と穏やかに過ごす写真が配された「序」には「あっという間の新疆を振り返ると、広い道も狭い道もあり、不順な道も回りくねった道も険しい道もあったが、強い意志で歩み続け、勝利の彼岸に達した。新疆50年余の人生を『路漫漫』とまとめることとした。ありがとう新疆、私の魂と夢を燃やした第二の故郷!」(意訳)と記されています。

 

徐華田書記『路漫漫』の一部

徐華田書記『路漫漫』の一部

 

両親・夫人・子供・孫のこと、党・仕事のこと、同僚・友人のことなど大量の記事の中に「我が日本の友人-小島康誉さん」と題した11頁もの特集。その冒頭が上の写真。写真5点ご説明。『外国友人中国情…』は新疆政府「小島氏新疆訪問20周年記念大会」(2001)の一環で出版された記念誌の表紙の一部。「徐書記との握手」は新疆政府・新疆文化庁・新疆文物局と設立した「新疆文化文物優秀賞」授与式で。「5人記念撮影」は上記「20周年記念活動」で王楽泉新疆党書記を中心に、左が杉本信行日本国駐中国大使館公使(故人)、右端が徐書記。「徐氏挨拶」は不明。

 

日中諸氏のご指導ご協力をえて実践してきた国際協力。ギクシャク続きの日中関係の中、なぜ40年近くも続けてこられたのでしょう? その一端が「徐書記にプレゼント渡す女性」写真に。女性は我が愛する妻。招聘した新疆文化庁代表団の東京での活動が終わり、京都へ向かう途中の名古屋駅1分停車を妻に待ってもらいプレゼント、添乗中の私が写し次の新疆訪問時に渡した写真。このような行動が信頼につながり、協力が続きます。

 

特集の最後は「親愛的小島康誉兄弟, 謝謝您対我工作的支持, 我們永遠是好朋友! 衷心祝福您佛安!」と。退職して北京へ転居し20年近い徐氏から回想録が届き、外国人で唯一人特集が組まれるのは、口や頭だけでなく、心の交流を実践してきたから。

 

感謝の手紙を書き、徐氏との活動写真も載せた拙著『中国新疆36年国際協力実録』や私が報じられた最近の「人民日報」「環球時報」「人民網」などをEMS発送。郵便局「国際便ようやく引受再開しましたが、何時着くかは分かりません」と。オマケ:NHKが40年前の「シルクロード」を7~8月再放送。懐かしい喜多郎のテーマ音楽と石坂浩二の語りでキジル千仏洞・ニヤ遺跡なども登場しました。

ドンドン 朝令暮改! 臨機応変!

新型コロナ収束に向かうかと思ったら、再拡大。日本だけでなく世界各地で。私の第二の故郷新疆でも5ヵ月をへて再発症。嗚呼なんとしつこい憎い奴! 未知の敵に向かって、日本政府は次々と対策。知事「朝令暮改だ」「冷房と暖房だ」発言に代表される批判も多々。しかししかし小僧は思う。朝令暮改おおいに結構、次々変化するコロナ局面に対応するには朝令暮改しかない。冷房と暖房おおいに結構、抑制と経済対策の両面作戦しかない。

 

「船の科学館」駐車場に建設されたコロナ患者用療養施設(撮影・PCペイント:筆者)

「船の科学館」駐車場に建設されたコロナ患者用療養施設(撮影・PCペイント:筆者)

 

臨機応変とも言います。朝令暮改!冷房と暖房!と批判するだけでなく、朝令暮改・冷房と暖房に至った要因も考えたいですね。人生ドンドン朝令暮改!臨機応変!で行きましょう。変化への対応こそ幸せの秘訣!

 

写真は日本財団がコロナ患者用に7月中旬に完成させた療養プレハブ140室。本日08/10時点で運用は開始されていませんが、今後も使われないですむと良いですね。オマケ:「特別給付金10万と持続化給付金200万円もらった。国の親が驚いている」と東京の中国人。日本は良い国ですね。ほんわかほんわか。