No.42 ご縁つながり、ドンペリニヨン

国際貢献もご縁かさねてと先回話しました。私はご縁を大事にして生きています。今日はその一例を紹介します。シャンパンといえばドンペリニヨン。ワインを飲まない方も一度や二度は聞かれた名前ですね。私もフランス観光でそのカーブ(ワイン貯蔵庫)を見学したことがあります。

 

寓居マンション一階にメルボルン帰りの女性がカフェを開店したのは数年前。キーマーカレー食べつつ論文校正などで度々利用。飾ってあるご主人のPOPアートに「もっと大きい作品を」などと勝手な発言。これがCampbell La Pun氏との出会い。

 

氏がオーストラリアでステンシルアートの賞をえたと聞き、ドンペリ2003年ビンテージをプレゼント。初個展の際には2002年で祝いました。ある時はトゥール・ダルジャンで一家をマグナムでもてなしました。彼が東京から鎌倉へ転居しアトリエを開いた時もマグナムを持参しました。(だそうです。すっかり忘れていましたが、彼の下記プレゼンレジュメに書いてありました。その頃は小僧も金があったようで…)

 

彼はそれらに刺激を受けドンペリのエチケット(ラベル)を題材とした作品を制作、各国で売れたようです。それがドンペリの目に留まり、夫妻で招かれ(ビジネスクラス、さすがドンペリ)、6月末チューリッヒでのパーティーで作品を披露。ドンペリとの縁をPPTで紹介。その出だしはなんとHow Dom Pérignon has inspired my work begins with a story of two monks. Of course, the monk we all know named Dom Pérignon, and a 76-year-old Japanese monk named Yasutaka Kojima. Whom I call Kojima Sensei.

 

素人が訳せば、「ドンペリニヨンの我が作品への示唆は、2人の修道士の物語で始まる。もちろん一人は我々皆が知っているドンペリニヨンであり、もう一人は小島康誉という76歳の日本の僧侶である。私は小島先生と呼んでいる」でしょうか。

 

自作を背にプレゼンするキャンベル・ラ・プン氏       彼の作品の前で歓談する皆さん

自作を背にプレゼンするキャンベル・ラ・プン氏       彼の作品の前で歓談する皆さん

それにつづきキジル千仏洞の世界遺産登録への尽力なども映像で紹介、世界的ブランド経営者ファミリーや脳外科医など30人ほどが興味津々だったと富慈子夫人から聞きました。嬉しいというか恥ずかしいというか……。ご縁がつながった一例でしょうか。

 

彼は国献男子が金欠で困っていると知りコラボしてくれました。ニューヨークのオークションで約62億円で落札されたバスキア作品を30年ほど前に2000分の1ぐらいで買い付けた私のアート眼力を評価してくれたのです。コラボ作品はアメリカやカナダで売れ、大助かりです。これもドンペリつながりのご縁ですね。

 

ドンペリを醸造しているモエ・エ・シャンドン社の玄関に立つドン・ピエール・ペリニヨンさんの像を次に拝する時は、親しみを感じることでしょう。地下には一大カーブが広がっています。総延長は約28㎞と案内人が言っていました。同社の迎賓館などと共に、2015年世界遺産に登録されました。キジル千仏洞世界遺産登録の翌年のことです。

 

左:ドンペリ2009、ロゼ2005、P2-2000がふるまわれ皆さんワイワイグイグイ 右:ドンペリの依頼でキャンベル氏が制作した30本限定ボトル  写真提供:Campbell La Pun氏

左:ドンペリ2009、ロゼ2005、P2-2000がふるまわれ皆さんワイワイグイグイ
右:ドンペリの依頼でキャンベル氏が制作した30本限定ボトル  写真提供:Campbell La Pun氏

人間いたるところ青山あり

山谷ありのこの人生。それぞれの旅立ち。北へ行く人。南へ飛ぶ方。みんなみんな素晴らしい人生、青山あり。この「青山」は語源的には墳墓を指すとも聞きますが、よく使われるのは「活躍する場所はどこにでもある」といった感じですね。ほんわかほんわか。

 

小僧落書き:背景は羽田空港(撮影:筆者)

小僧落書き:背景は羽田空港(撮影:筆者)

 

私は起業し上場し退任。またシルクロードで文化財保護研究。小僧にもなり。どれもこれも青山ありです。失意の時もありました。今も研究活動の継承を願っていますが……順調ではありません。生きている以上、苦労はつきものですね。これからも命ある限り、青山ありの気持ちで漸進します。今週はニューヨークへ飛びます。ほんわかほんわか。