No.20 シルクロード・壁画の道をゆく

東京芸術大学美術館でシルクロードの文化財を特殊技術で再現したシルクロード特別企画展「素心伝心-クローン文化財 失われた刻の再生」が10月26日まで開催され、法隆寺の国宝「釈迦三尊像」の再現像やアフガニスタン・バーミヤン遺跡や敦煌の復原壁画など約70点が展示されています。内覧会で観てきました。

 

キジル千仏洞第212窟のクローン高精密復原画も展示されています。これには私も協力しました。国際貢献の一環として行っている仲介ボランティアの一例として紹介します。

 

2004年にNHK「新シルクロード」取材班の要請により「日中共同ダンダンウイリク遺跡学術調査」第2次調査への同行取材を受け入れたことに始まります。翌年の「新シルクロード展」への協力も求められ、「西域のモナリザ」壁画はじめチェルチェンのミイラなどの展示も実現させました。いくつかの関連番組や「ラジオ深夜便」にも出演しました。

 

昨年末、NHKと東京芸大からキジル千仏洞第212窟撮影・調査への協力要請がありました。私は1986年以来、キジル千仏洞の修復保存に協力していて、新疆政府顧問でもあり、一定の影響力があるためです。第212窟はグリュンヴェーデルなどのドイツ隊がほとんどの壁画を剥ぎ取った石窟です。ドイツ隊は「航海者窟」と名付けています。

 

中島木祖也エグゼクティブ・プロデューサー・井上隆史特任教授・劉豆コーディネーターと2月末に新疆訪問。任華新疆文化庁書記主催歓迎宴に続き、王衛東新疆文物局長らと交渉。事前に文物局とあれこれ調整していたので、スムースに基本合意に達しました。その後、新疆文物局およびキジル千仏洞を管理する亀茲研究院と細部をつめた協議書を締結。

 

6月末には新疆文物局から亀茲研究院へ撮影協力依頼書を出してもらい、7月初めに私と松田奈月秘書・劉豆氏ら中国人クルーが現地入りし、徐永明院長・趙莉副院長らの歓迎をうけ活動開始。ドイツ隊により剥ぎ取られた212窟の壁面などを5Kや大型カメラで撮影。それを活用して、東京芸大はドイツ隊が持ち帰った壁画の写真などとでクローン復原画を作成…といった経過です。当初は東京芸大も現地入りして調査する計画でしたが、種々の要因で中止となりました。

 

趙莉副院長とキジル後山区第212窟へ、右奥は中国撮影クルー(撮影:松田奈月氏)

趙莉副院長とキジル後山区第212窟へ、右奥は中国撮影クルー(撮影:松田奈月氏)

壁画が剥ぎ取られ痛々しい第212窟で調査中の亀茲研究院(撮影:筆者)

壁画が剥ぎ取られ痛々しい第212窟で調査中の亀茲研究院(撮影:筆者)

ドイツ隊が第212窟より剥ぎ取り持ち帰った壁画の一部 (新疆ウイグル自治区文物管理委員会ほか編『中国石窟 キジル石窟』第3巻・平凡社1985より転載)

ドイツ隊が第212窟より剥ぎ取り持ち帰った壁画の一部
(新疆ウイグル自治区文物管理委員会ほか編『中国石窟 キジル石窟』第3巻・平凡社1985より転載)

 

上は『中国石窟 キジル石窟』第3巻のドイツ隊持ち出し部分に「第212窟 主室左壁 コーティカルナ本生(MIKⅢ8401)」と紹介されている壁画です。30年以上も前の本ですので、写真は鮮明ではありません。三段になっていますが横一列に描かれていたものです。また写真の一部分は重複しています。

 

文化財は元々あった所で保存されるのがベスト。この壁画も剥ぎ取られなかったら良かったですね。空白となった石窟壁面にこの壁画を当てはめ描かれた1500年ほど昔を想像ください。なおドイツ隊が各地から持ち帰った壁画の一部は第二次世界大戦のベルリン空襲で焼失してしまいました。

 

この重い本を久しぶりに開きました。1987年に「日中友好キジル千仏洞修復保存協力会」を設立し、各界の著名人に役員をお願いした際、キジルの重要性を理解いただくため贈呈。高額本の20数セット発注に書店から間違いではないかと言われたのは懐かしい思い出です。

 

以上、まとめて書けば簡単ですが実際は糸が絡んだように複雑。今年は中国共産党の5年に一度の党大会も予定され、思わぬ影響も。国際間の活動はいずれの場合も中々大変ですね。ビジネスでも大変ですし、政府間の外交はもっともっと困難でしょう。

 

NHK BSプレミアムで「シルクロード・壁画の道をゆく」的タイトルで10月14日ごろ放映予定と中島氏より聞きました。詳細日時など広報されるでしょうから是非ご覧ください。私メも少しぐらいは登場すると思います。東京芸大展へもお出かけを。

 

なおこのシリーズNo.16でも少し紹介しています。No.17ではドイツ隊が別の窟から持ち帰った壁画について紹介しています。参照くださいませ。

 

ほんわかほんわか

 「パートで疲れて帰宅、子供を寝かせてビールを飲みながらネット開いて笑ったり癒されたりしているバツイチママです。ほんわか日記の背景が絵なのは何故?よく知らない画家ばかりで…」との質問にお答えします。

 

私の趣味です。小僧の落書きだけでは面白くないので、「なにか元気の出そうな背景はないか」と考え部屋の片隅に積んである作品を適当に選んでいます。全体を写すと版権問題が生じる可能性がありますので、「部分を背景」として借用しているわけです。あまり知られていないアーティストなのは、現代美術の分野の人たちだからでしょうか。その分野ではそれなりに有名な作家たちだと思います。ほんわかほんわか。

 

ナゼそれらが手元にあるかと言えば、20年ほど前に退任した社長時代にさかのぼります。ジュエリー専門店チェーン事業で今日の業績をあげ、アート事業で明日の業績のタネをまいていた頃、現代美術作品を大量に買い付けていました。異文化紹介も企業の役割ととらえて、作品を東京国立近代美術館や北九州市美術館・グッケンハイム美術館・ベルリン美術館などへ貸し出しもしていました。数代後社長時代に殆どが売却されたようです。福岡市などの美術館や世界のセレブに渡った作品も多いと聞いています。

 

その一点が昨年、クリスティーズNYオークションで、57,285,000ドル(当日レート約62.4億円)で落札されたバスキア。日本人実業家が落札したこともあり報道されました。ほんわかほんわか。下は玉川高島屋へ貸し出したフランク・ステラ作品の展示風景です。

 

ツルカメコーポレーション(現As-meエステール)会社案内1994から転載

ツルカメコーポレーション(現As-meエステール)会社案内1994から転載

 

印象に残っている展覧会として「ファルマコン’90 幕張メッセ 現代の美術展」があります。畏友・池田昭氏が主催した大型展です。図録『PHARMAKON ’90』(尼ヶ崎紀久子・アキライケダコーポレーション・1990)を久しぶりに開きました。当時を思い出しつつ躍動感あふれる作品を堪能。社長を務めていた会社はバチュラー・バルセロ・バゼリッツ・バスキア・バスキア+ウォーホル・ブレックナー・ブラウン・コンドー・クッキ・ガロ・マーティン・ペンク・ラウシェンバーグ・シャーフ・シュナーベル・スミス・スターン・ステラ・高松次郎・山本富章らの作品30数点を貸出していました。

 

会社ビジネスの影響で個人でも少しばかり作品を持っているわけです。小さな安いものばかりですが。国際貢献資金に困り売りに出している昨今です。ほんわかほんわか。

 

ご質問により昔々にさかのぼることが出来ました。ありがとうございます。子育てと仕事…ご苦労多いと思いますが、笑ってほんわかほんわかお暮しくださいませ。