No.17  キジル千仏洞とパリ

先月はキジル千仏洞から戻るとすぐパリへ行きました。所用をおえてギメ東洋美術館を再訪。アジア各地から持ち出された貴重な文化財の数々が所蔵されています。ドイツ隊がキジルから剝ぎ取った壁画も展示されています。

 

当時はドイツのみならずフランス・ロシア・イギリス・アメリカなど各国の探検隊が「シルクロード文化財獲得競争」に参戦しました。日本の大谷探検隊も有名ですね。フランスのポール・ペリオが敦煌莫高窟から持ち帰った数千点の敦煌文書もよく知られています。それらは弱体化した清王朝から新疆一帯を奪い取ろうとする領土争奪戦「グレイト・ゲーム」の先兵の役割があったとも言われています。

 

ドイツ隊が剝ぎ取った壁画がなぜフランスにあるのか、ここにも歴史のひとこまがあります。ル・コックやアルベルト・グリュンヴェーデルなどのドイツ隊は1902年から14年に新疆で4回調査しクチャなどから大量の壁画を持ち帰りました。第一次世界大戦で敗れたドイツは疲弊し探検隊も収集品の一部を売却しました。その一部がフランスに渡ったわけです。日本人が購入した壁画もあり、幾代の相続を経て売却先を探しているとも聞きます。

 

私が注目した壁画はこのような経過でパリに展示されているわけです。その中の一点の「形」にピンときました。パリへ来る数日前に趙莉副院長の案内で参観したキジル千仏洞第224窟主室右壁の剥ぎ取られた多数の無残な跡、そのひとつの「形」がピッタリ!

 

ギメ東洋美術館展示中の壁画とその下半分、貴人の従者か(ガラス越しに撮影:筆者)

ギメ東洋美術館展示中の壁画とその下半分、貴人の従者か(ガラス越しに撮影:筆者)

 

 

数日前にキジルで撮った写真を開いてみるとやはりそうでした。老人のスキルでは壁画断片にそって切り抜けず展示壁面やガラスなども映り込んでいますが、合成すると下のようになります。描かれた物語や傷跡もつながります。専門家が詳しく発表していることでしょう。

 

痛々しい第224窟主室右壁、本稿のギメ展示品は点線部分から剥ぎ取られた(撮影:筆者)

痛々しい第224窟主室右壁、本稿のギメ展示品は点線部分から剥ぎ取られた(撮影:筆者)

 

仏の右下の供養者は国王夫妻と推測されている(撮影:筆者)

仏の右下の供養者は国王夫妻と推測されている(撮影:筆者)

 

第224窟は釈尊が鹿を前にして行った初説法「初転法輪」も描かれていて、度々参拝している大好きな窟です。この窟はキジルでも奥まった後山区にあり非公開、実見した人は多くはないでしょう。ギメ東洋美術館でキジル壁画を参観した人は数十万人?でしょうか。数日を挟んで両壁画を観た人はごく少数でしょうね。長年にわたり保存に協力してきたキジル千仏洞とパリが結びついた意義ある一日でした。流転した貴重な壁画が「里帰り」したひと時でした。

 

おまけの一枚:パリ年に一度の花火とエッフェル塔(撮影:筆者)

おまけの一枚:パリ年に一度の花火とエッフェル塔(撮影:筆者)

 

深深呼吸

 老人も求めに応じてあれこれ走り回っています。目先に追われてバタバタと。ついつい大事なことを見失いがちです。背を丸めてヨロヨロ歩いていることも時々。ますます老人ポク見えますね。でも良いこともあります。厳戒つづく新疆では度々検問。先日も全員下車してボディーチェック、「老人は降りなくても良い」と言われました。何故だかわかりませんが、敬礼さえされました。ほんわかほんわか。

 

目先に追われるとつい大事なことを見失いがち。受け継いだ「命を使う」ために何をなすべきか、自問するようにしています。胸をはって深呼吸するようにしています。大きく大きく深く深く呼吸するようにしています。

 

小僧落書き、背景はヴォルス※の作品(撮影:筆者)

小僧落書き、背景はヴォルス※の作品(撮影:筆者)

 

腹式呼吸で体に溜まった毒素?を吐き出します。そして英気を吸い込みます。日に数度。なんとなく気が軽くなります。なんとなく元気が出てきます。寝る前には必ず腹に手をあてやっています。吸うより吐くほうに重点を置いて。今日も頑張った、よくやったと自分で自分をほめ、明日も頑張るぞと言い聞かせ、お念仏しつつ寝ます。ほんわかほんわか。

 

 

※Wols(1913-51):ドイツに生まれフランスに移住、写真家として成功するも戦時中は敵国人として収監され、苦悩はドローイングや水彩画の作品に表現されている。前衛美術運動「アンフォルメル」を代表する一人。本名はAlfred Otto Wolfgang Schulze。今春、川村記念美術館で回顧展が開催された。