No.09 パスポート紛失にご注意!

先月のウルムチは真新しいパスポート。次に10年期限の来るときは85歳、紛失しないかぎりこれが最後のパスポートでしょう。もっとも昨年9月、ウズベキスタンで亡くなった加藤九祚氏のように94歳でも外国へ調査に出かける方もおられますが・・・。加藤氏は何年も前にホータンのラワック遺跡へ案内したことがあります。「大アジア88ヵ所」を制定したいとの申し出をうけ、佛教大学院生に手伝ってもらい候補一覧表を提出したことも。氏の愛唱歌「あざみの歌」を合唱したのは懐かしい思い出です。

 

日本の出国・帰国印は青インクで押されますが、中国のそれは赤インクです。これまでのパスポートはどれも真っ赤です。例えば2004年はNHK「新シルクロード」の番組や文物展の仲介などで14回も中国。押印だらけのためいろんなことがありました。入国時に「どうしてこんなに来るのだ!」と詰問されました。あれやこれやの活動を拙い中国語で答えるも納得してもらえず、新疆ウイグル自治区政府顧問の名刺と外事弁公室からの活動予定表を示しました。暫く見ていて、印を押してくれました。

 

またある出国時、係員が頁を何回もめくって入国印を探すも見つけられず、「待っていろ」と言われました。後ろの人たちが「この人、何か悪いことをしたのか?」といった顔で次々と押印をうけ過ぎていきます。30分もたつと少々不安に。通りかかった上司にパスポートが渡され、彼がどこかへ持って行きました。暫く待つと「ここに入国印がある」と元の係員にパスポートを戻しました。ようやくその横に出国印を押して返されました。見つけにくいほど押印されていたためです。

 

2017年は中国シルクロード観光年、ご訪問を。世界遺産「スバシ故城」(撮影:筆者)

2017年は中国シルクロード観光年、ご訪問を。世界遺産「スバシ故城」(撮影:筆者)

 

パスポートを紛失したことがあります。北京からウルムチへ向う機中で気づきました。中国では国内線でも身分証(外国人はパスポート)提示が必要ですので、ウルムチ便へ搭乗手続きをした後に失くしたことになりますが、思いあたるふしはありません。新疆到着後すぐに新疆政府に頼み「紛失証明書」を作成してもらいました。活動を終えて北京へ戻る際はその「紛失証明書」で搭乗し、北京の日本大使館領事部で「帰国のための渡航証」の手続き、さらに警察で手続きして・・・帰国まで数日かかりました。くれぐれもご注意くださいませ。

 

ゆったりゆったり

ゆったりゆったり。ほんわかほんわか。前号で「ためないスグヤル」と言っておきながら、今度は「ゆったりゆったり」とはこのおっさん矛盾しているのでは? 本当にそうですね。矛盾しているからこそ人間なのでしょうね。

 

でも案外「ためないスグヤル」と「ゆったりゆったり」は矛盾してなかったりして・・・。

 

小僧落書き、背景はアルマン・フェルナンデス※の作品(撮影:筆者)

小僧落書き、背景はアルマン・フェルナンデス※の作品(撮影:筆者)

 

あれもやらねば、これもやらねば・・・とイライラがつのります。仕事のこと家族のこと付き合いのこと近所のこと身体のことお金のこと・・・。頭はパンク状態!

 

テレビ・新聞・インターネットなどから情報が押し寄せます。詐欺・殺人・汚職・虐待・・・テロ・紛争・戦争・・・偽ニュース・大衆迎合・アホ番組・・・。疲れてしまいます。

 

悲しいこと怒りたくなること悔しいこと嘆かわしいこと・・・いっぱいの世の中ですね。適当に見送らないとパンクしてしまいます。

 

小僧だって同じこと。辛い事も悲しいこともあります。例えば、ほんわか日記No1に書いた継母、2月カウラ日本人墓地からの帰途、バンコクで乗り継ぎ便を待っていたら「亡くなった、明日葬儀」と妻(私は携帯も持っていないので)にメール着信。お十念。食糧難の戦後、松竹に勤め「君の名は」など映画館との交渉で出張つづきの父、その留守宅で沢山の子供(うち4人は前の母の子)を育て上げた継母の愛。高齢90で覚悟していて、出発前に見舞いに行った時は妻が誰かは分かりませんでしたが、私には「和尚、信者さん増えた?」と。嗚呼。ゆったりゆったり、生きましょうよ。

 

 

※Armand Pierre Fernandez(1928-2005):フランス南部ニース生まれ。後にアメリカへ移住。日用品や廃棄物を大量に集積した作品が評価された。この作品は紙ゴミをアクリルボックスに詰めたもの。