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キジル石窟第8窟

2007年、私は新疆文物局と小島康誉氏の御高配により、キジルの主要な石窟を調査する得難い機会に恵まれた。ブルーを基調とする色のあふれる石窟で、その尽きせぬ魅力に圧倒され、時を忘れる日々であった。従来のキジル石窟壁画の研究は、主として図像に関して行われてきたといってよいだろう。本生図の豊富さはもとより、入口上部に弥勒菩薩を表わし、奥に涅槃図を配することがキジルの特色だとされる。これはインドにもガンダーラにも見られず、中央アジアで創始されたものと考えられている。

 

絵画を構成する主たる要素は「色」と「線」である。キジル石窟の色といえば、誰もがラピスラズリを用いたブルーを想起するだろう。窟によって色味は異なるが、この深く鮮やかなブルーがキジル石窟を強く印象づけている。そしてブルーに白と白緑を加え、さらに黒をアクセントに用いた配色が目につく。線はいわゆる鉄線描と称されるものに近い。肥痩のないこの描線は尊像の輪郭線として用いられ、画面に程よい緊張感を与えている。鉄線描は法隆寺金堂旧壁画など日本の仏画にも用いられるが、その源流は西域に求められる。

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キジル石窟第14窟

それを示す作例が近年、西域南道のダンダンウィリク遺跡やタマゴウ仏寺跡から出土し、注目された。それらより古いと考えられるキジル壁画の描線がおしなべて鉄線描に近いことは、アジアの仏画研究にとってきわめて重要である。

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キジル石窟第38窟

 

私が特に着目したいのは、キジル石窟における炎の表現である。とりわけ両肩から火焔を出す仏像(焔肩仏)の数の多さは特筆に価する。このような焔肩の作例は近年増加しており、炎が三角形に抽象化されたものがダンダンウィリク遺跡やタマゴウ仏寺から発見され、その拡がりが確認されつつある。炎はエネルギーの究極の形象であり、宗教美術にとって不可欠な要素である。キジルの涅槃図場面に現れる炎の表現とあわせて、今後の研究課題としたい。

 

キジル石窟の魅力の源泉はどこにあるのだろうか。それはギリシア・ローマ美術の流れにあるガンダーラ様式を基本とし、その上に地域の独自性が加わって成った重層のなかにあることは疑いない。異文化の融合によってこそ生まれた魅惑の世界なのだ。

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キジル石窟第92窟

 

1980年代からその修復保存に特段の尽力をされた小島康誉氏の志と行動力に対し、一研究者として今改めて深く頭を垂れたいと思う。守られたキジル壁画は、その制作年代を始め、今後検討されるべき多くの問題を抱えている。この度の世界文化遺産への登録を契機としてキジル壁画研究がさらに進展することを切に願う。

(撮影:安藤佳香)