新型コロナ禍、感染者数が急増し第二波の様相だ。目下、再開した美術・博物館などへの自粛要請がないものの不安は拭えない。そうした中、兵庫県内の2館で、布や繊維をモチーフに活動を続ける対照的な現役作家の回顧展が催されている。特別展「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」が、兵庫県立美術館で11月8日まで開催中(ただし日時指定による事前予約制、詳しくは公式サイトで確認を)。姫路市立美術館では特別展「志村ふくみ展 いのちを織る」が8月30日まで開かれている。デザイナーの皆川はファッション・テキスタイルを中心に1995年から活動をスタートし、インテリアや食器、空間デザインなど次第にその領域を生活全般へと拡げている。一方、志村は約60年にわたって、ひたすら草木からの自然染料で染めた糸と独自の図案で織り上げ作品を生み出してきた。そうした創作の足跡をたどり、その精神をこれまでにない規模で紹介する展覧会だ。

兵庫県立美術館の特別展「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」
25年間、アーカイブ400着以上の「森」出現

「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」展のチラシ表面のイメージ   Photograph Yoshihiko Ueda

「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」展のチラシ表面のイメージ   Photograph Yoshihiko Ueda

 

皆川明は1995年にミナ ペルホネンの前身となるミナを立ち上げた。それ以降、一過性の流行ではない普遍的な価値を持つ「特別な日常服」をコンセプトとし、日本各地の生地産地とコミュニケーションを重ねながらものづくりを続けてきた。今では、服だけでなく、ライフスタイル全般に関わるクリエーションを行っている。

 

この展覧会は、「せめて100年つづけたい」という想いからはじめたブランドが、今年で25周年をとなり、目標の4分の1を迎えたのを機に開かれた。「つづく」というタイトルは、100年後を見つめ続けるミナ ペルホネンの時間的な継続性とともに、つながる、重ねる、循環するなど、ものごとが連鎖して何かを生み出していく様を予感させる。

 

会場入り口前を埋め尽くすクッション

会場入り口前を埋め尽くすクッション

 

皆川は1967年、東京都出身。神奈川県立港北高等学校を経て、在学中は陸上長距離の選手であったが、怪我で長距離ランナーへの道を断念する。進学を中止し、ヨーロッパ各地を旅する。輸入家具を扱う祖父母の影響からフィンランドなど北欧のデザインやライフスタイルに興味を持つ。またパリ・コレクションに関するアルバイトの機会を得ることもあり、ファッションを志すきっかけとなった。帰国後、19歳で文化服装学院Ⅱ部服装科(夜間)に入学。ファッションデザイナーを目指す。27歳で独立し、ミナを設立する。

 

「実」の展示室でギャラリートークの皆川明

「実」の展示室でギャラリートークの皆川明

服をはじめ、家具や器といったプロダクトデザインまで幅広く手がけてきた活動が評価され、2006年に「毎日ファッション大賞」を、2016年には「2015毎日デザイン賞」、「平成27年度 芸術選奨文部科学大臣新人賞」をそれぞれ受賞している。

 

本展覧会では、多義的な意味をもつ「つづく」をキーワードに、生地や衣服、インテリア、食器等のプロダクトに加えて、デザインの原画、映像、印刷物、皆川の挿絵など創作の背景を浮き彫りにする作品群や資料も併せて展示している。今年1月、NHK日曜美術館の番組「デザイナー 皆川明 100年つづく人生(デザイン)のために」を見て注目し、2月に上京の際、東京都現代美術館で観賞した。巡回先の神戸では日程を大幅に変更(当初6月27日~8月16日)しての会期で、内覧会には皆川自身がギャラリートークを行った。

 

会場は、建築家の田根剛が展示構成を担当し、「実」「森」「芽」「風」「根」「種」「土」「空」の8つの展示室で展開。まず会場入り口前の空間に、皆川がこれまで手掛けてきたアーカイブのテキスタイルを使ったクッションを壁一面に敷き詰め、色とりどりの温もりある演出で鑑賞者を出迎える。

 

「実」のセクションでは、ミナ ペルホネンの代表的なパターンである25個の小さなドットを輪っか状に並べた刺繍柄「tambourine(タンバリン)」に焦点をあて、一つのデザインが生まれてから、生地になり、洋服やインテリアといった様々なプロダクトに変化していく様子を紹介している。

 

“tambourine” 2005-06→AW

“tambourine” 2005-06AW

 

続く「森」は圧巻だ。ブランド設立当初から2020年秋冬コレクションまで25年分の中から、約400着以上服が空間を囲むように展示され、まるで木々が生い茂る森をイメージしている。流行に左右されず、長年着用できる普遍的な価値を持つ「特別な日常服」の魅力が量的に伝わってくる。

 

約400着の衣服が空間を囲む「森」の展示

約400着の衣服が空間を囲む「森」の展示

 

「芽」には、プリント用原画や織物用のデザイン、刺繍用図案などが並ぶ。「風」では映像作家の藤井光が山形県、沖縄県、東京都、パリの4つの都市を舞台に、それぞれの都市で暮らす愛用者たちを捉えた映像作品「着る喜びの風景」を放映している。

 

「芽」の展示室

「芽」の展示室

 

「種」の展示室では、ファッションをはじめ、家具や食器など、幅広い活動の根幹にある皆川とミナ ペルホネンのものづくりの哲学やアイデアを紹介していて、制作の舞台裏を目にすることができる。一角に設置された「shell house シェルハウス」(設計:中村好文)は、皆川が将来の夢として構想している「簡素で心地よい宿」のプロトタイプだ。

 

左)「種」の展示室 右)「種」の一角に設置された「shell house シェルハウス」(設計:中村好文)

左)「種」の展示室
右)「種」の一角に設置された「shell house シェルハウス」(設計:中村好文)

 

さらに、皆川の個人活動にスポットを当てた「根」には、新聞連載のために描いてきた挿画や新作ペインティングを展示。「土」では、その人に寄り添い時を重ねていく服と持ち主の関係性を、最後の「空」では、皆川がこの展覧会に込めた思いをインタビュー映像で伝えている。

 

「高揚」朝日新聞・日曜に想う 2016 年 8 月 28 日掲載 挿画

「高揚」朝日新聞・日曜に想う 2016 年 8 月 28 日掲載 挿画

左)「土」の展示室 右)「空」の展示室には皆川のインタビュー映像も

左)「土」の展示室         右)「空」の展示室には皆川のインタビュー映像も

 

同展では、“sky flower” 2012-13AW 原画や、“forest parade” 2012SS、“pot-au-feu” 2015-16AW、“symphony” 2019-20AWなどが出品されている。

 

左)“sky flower” 2012-13→AW 原画 photo Yurie Nagashima 右)“forest parade” 2012→SS photo L.A.TOMARI

左)“sky flower” 2012-13AW 原画 photo Yurie Nagashima
右)“forest parade” 2012SS photo L.A.TOMARI

左)“pot-au-feu” 2015-16→AW photo Yasutomo Ebisu 右)“symphony “ 2019-20→AW photo sono (bean)

左)“pot-au-feu” 2015-16AW photo Yasutomo Ebisu 
右)“symphony “ 2019-20AW photo sono (bean)

 

ところで「ミナ」は皆川の略称かと思いきや、フィンランド語で「私」。「ペルホネン」は「蝶」を指す言葉だ。ミナ ペルホネンと皆川明のものづくりとその思考を盛り込んだ本展覧会は、私たちの日常生活やその先にある社会の仕組みについて新たな視点と示唆をもたらすことだろう。

姫路市立美術館の特別展「志村ふくみ展 いのちを織る」
『源氏物語』シリーズなど約60年の足跡

志村は野山から採取した草木で糸を染めることを「植物の命の色をいただく」と言い、「蚕の命の糸を紡いで織る」と語るほど植物を尊び、自然に対して純粋で真摯な創作姿勢を貫いてきた。

 

今回、コロナ禍での展覧会に際しても、志村は「人間の自然に対する関係、畏敬の念というものを、どう私たちは語り継ぎ、実行して行かないとならないかという、非常に大きな責任感と言うか、力を持たなければならないという時代に来ているように思います。手仕事を、自然を生かしながら、美しいものを作って行くということは、人間の幸せな事なんですが、それをして行くという事の覚悟が、新たに要求されたような気がしています」とのビデオメッセージを寄せている。

 

 

「志村ふくみ展」のプレス内覧会で挨拶する染織家で長女の志村洋子さん

「志村ふくみ展」のプレス内覧会で挨拶する染織家で長女の志村洋子さん

志村は1924年、滋賀県近江八幡市生まれ。32歳の時、若い頃に柳宗悦の民芸運動に共鳴して織物を習っていた母の小野豊の影響で、織物を始める。1957年の日本伝統工芸展に初出品で入選し、4度も受賞を重ねる。1990年に紬織で国指定重要無形文化財保持者(人間国宝)の保持者に認定された。

 

2014年に第30回京都賞を受賞し、翌年には文化勲章を受章しました。また随筆の名手としても知られ、『一色一生』で大佛次郎賞を、『語りかける花』で日本エッセイスト・クラブ賞をそれぞれ受賞している。

 

今回の展覧会は、滋賀県近代美術館のコレクションを中心に紬織着物100点、裂帖や染糸を、前期(8月2日まで)と後期(8月4日から)の2期に分けて紹介している。昨春の茨城県立美術館、昨秋の郡山市立美術館に続いての開催で、姫路が最終会場となる。

 

プレス内覧会で作品解説をする志村洋子さん

プレス内覧会で作品解説をする志村洋子さん

姫路独自の取り組みとして、志村の世界観を美しく表現した映像・サウンドインスタレーション『つむぎの思想―志村ふくみの世界―』、作家本人のメッセージ、高階秀爾氏はじめとした有識者ら公開ビデオレクチャーなど、多角的な視点から志村の芸術世界の魅力を伝える展示となっている。

 

2016年に京都国立近代美術館で「志村ふくみ ―母衣(ぼろ)への回帰」展が催されて以来、関西では約5年ぶりだ。この時は、志村の出発を後押しし支えた、陶芸家の富本憲吉や木漆工芸家の黒田辰秋らの名品も着物に合わせた形で展示され、彩を添えていた。内覧会では、志村さんの創作したドレスを着たギタリスト村治佳織さんが演奏を披露し、紅花や藍で染めた着物を身に纏ったモデルが紬織の魅力を披露するファッションショーも催された。

 

今回の見どころのひとつは、自らの紬織の集大成として『源氏物語』の各帖を題材にして作られた紬織着物の連作である。従来、染織品で文学作品をテーマとする場合、その場面に現れる人物や植物を暗示する文様を染や織、刺繍などで表現することが多い。しかし志村は、文中での草木や衣装などの色の記述に着目し、色のグラデーションや抽象的な文様により、それぞれの場面を表現している。本展では、《夕顔》や《明石》、《松風》(いずれも2003年、前期)、《朝顔》と《須磨》(ともに2003年、後期)など前期・後期あわせて14点が出品されている。

 

左)《夕顔》(2003年、滋賀県立近代美術館蔵) 中)《明石》(2003年、滋賀県立近代美術館蔵) 右)《松風》(2003年、滋賀県立近代美術館蔵)

左)《夕顔》 中)《明石》 右)《松風》
(2003年、滋賀県立近代美術館蔵)

 

展示は時系列に3章で構成。第1章は「近江八幡にて」(1956年~1967年)で、染織家・志村ふくみが誕生し、自立するまでの10年の軌跡をたどっている。ここでは、やや黄味のある独自の赤で表現された《茜》(1967年、後期)をはじめ、日本伝統工芸展初入選となった《方形文綴織単(ひとえ)帯》(1957年、個人蔵、通期)、《秋霞》(1958年、通期)、《鈴虫》(1959年、前期)などを出品。

 

《茜》(1967年、滋賀県立近代美術館蔵)

《茜》(1967年、滋賀県立近代美術館蔵)

 

第2章は「嵯峨Ⅰ」 (1968年~1989年)では、糸も織りも深まった発展期の作品の《梔子熨斗目(くちなしのしめ)》 (1970年、後期)や、《湖上夕照》(1979年、前期)、《匂蘭》(1987年、滋賀県立近代美術館蔵、前期)、《どんぐりグレイの段》(1988年、滋賀県立近代美術館蔵、後期)、《聖堂(みどう)》(1989年、前期)や、《湖上夕照》(1979年、前期)などが並ぶ。

 

左)《梔子熨斗目》(1970年、滋賀県立近代美術館蔵) 右)《湖上夕照》(1979年、滋賀県立近代美術館蔵)

左)《梔子熨斗目》(1970年、滋賀県立近代美術館蔵)
右)《湖上夕照》(1979年、滋賀県立近代美術館蔵)

左)《匂蘭》(1987年、滋賀県立近代美術館蔵) 中)《どんぐりグレイの段》(1988年、滋賀県立近代美術館蔵) 右)《聖堂(みどう)》(1989年、滋賀県立近代美術館蔵)

左)《匂蘭》(1987年、滋賀県立近代美術館蔵)
中)《どんぐりグレイの段》(1988年、滋賀県立近代美術館蔵)
右)《聖堂(みどう)》(1989年、滋賀県立近代美術館蔵)

 

第3章は「嵯峨Ⅱ」(1990年~)には、『源氏物語』シリーズなど日本文化や古典などを追求した新境地の作品のほか、《水門》(1994年、滋賀県立近代美術館蔵、後期)や、志村自らが裂を手に取り、配置や配色を考えながら制作した六曲の金屏風《雪輪屏風》(2003年、展示替え)も出品されている。

 

左)《水門》(1994年、滋賀県立近代美術館蔵) 右)《雪輪屏風》左隻(2003年、滋賀県立近代美術館蔵)

左)《水門》(1994年、滋賀県立近代美術館蔵)
右)《雪輪屏風》左隻(2003年、滋賀県立近代美術館蔵)

姫路市美の長い展示室にズラリ並んだ草創期から円熟期にいたる各時期の紬織作品の展示は壮観だ。自然との共生という人間にとって根源的な価値観を思索し続けるそれぞれの作品には、鮮やかな色彩や繊細さ、独特の気品が漂う。日本文化における着物の素晴らしさを再認識する機会でもある。

 

長い展示室に紬織作品がズラリ

長い展示室に紬織作品がズラリ

 

なお会期中、美術館前の庭園において兵庫県指定伝統工芸品「明珍火箸」、なかでも日本刀に使用する玉鋼(たまがね)を素材とした玉鋼火箸の深遠な響きをテーマにしたアートプロジェクト「たまはがねの響-音と光のインスタレーション」を催している。

 

 

「姫路城」を背景に音吐光のアートプロジェクト「たまはがねの響」

「姫路城」を背景に音吐光のアートプロジェクト「たまはがねの響」

 

13点の彫刻が置かれた庭園と国登録有形文化財である姫路市立美術館、そして世界遺産・国宝「姫路城」を一望に収める景観に、菅野由弘氏作曲「星雲光響2020」の音響空間が立ち現われ、光のインスタレーションとともに幻想的な空間を楽しめる。「明珍火箸」の制作者・明珍敬三氏と音響工学の観点からも明珍火箸の音色を追究する作曲家・菅野由弘氏との出会いにより実現した、新たな価値の創造・発信への取り組みだ。