世界的な新型コロナ禍、日本も第二波、第三波の感染拡大の不安があるものの、緊急事態宣言が解除され、美術・博物館が軒並み再開し、多彩な展覧会が戻りつつある。奈良国立博物館では御大典記念 特別展「よみがえる正倉院宝物 再現模造にみる天平の技 」が9月6日まで開催されている。京都府立堂本印象美術館はコレクション展「おしゃべりな絵画―感じてみよう!作品から聞こえる音・声・会話―」を9月22日まで、神戸の横尾忠則現代美術館でも「兵庫県立横尾救急病院展」を8月30日まで」開催中だ。前回取り上げている大阪市立東洋陶磁美術館の特別展「天目―中国黒釉の美」11月8日まで長期開催中だ。いずれも日程を大幅に変更して実現した。こうした時代も、美術・博物館では作品の保存・継承・研究とともに公開が大きな役割だ。入場に当たって、検温をはじめマスクの着用や手指消毒などが必要だが、困難を乗り越えての開催を支援し、日常とは異なる空間で豊かな時間を過ごしていただきたい。

奈良国立博物館の御大典記念 特別展「よみがえる正倉院宝物 再現模造にみる天平の技 」
人間国宝らが精巧に模造した正倉院宝物の公開

「よみがえる正倉院宝物」展会場入り口

「よみがえる正倉院宝物」展会場入り口

天皇陛下の御即位をはじめとする皇室の御慶事を記念し、正倉院宝物の精巧な再現模造品を一堂に公開する展覧会だ。これまでに製作された数百点におよぶ模造作品の中から、人間国宝らが手がけた選りすぐりの約90件が展示されている。再現された天平の美と技に触れ、継承された日本の伝統技術の意義を実感していただこうと企画された。奈良国立博物館での開催(当初4月18日~6月14日)が一時危ぶまれたが、奈良を皮切りに、名古屋、沖縄、福岡、新潟、北海道、東京などに巡回予定だ。会期中展示替えがある。

 

正倉院宝物とは、奈良・東大寺の倉であった正倉院正倉に伝えられた約9000件におよぶ品々。聖武天皇ゆかりの品をはじめ、その多くが奈良時代の作で、調度品、楽器、遊戯具、武器・武具、文房具、仏具、文書、染織品など、多彩な内容をもつ。中には、西域や唐からもたらされた、国際色豊かな品々も含まれる。しかし、1300年近くという長い時代を経て現在に伝わる正倉院宝物は、きわめて脆弱であるため、毎年秋に奈良国立博物館で開催される「正倉院展」で一部が展覧される以外はほとんど公開されていない。

 

正倉院正倉 外観

正倉院正倉 外観

 

 

正倉院宝物の模造製作は、明治時代から殖産興業政策や、宝物の大規模な修理と一体の事業として取り組まれた。その後、1923年(大正12年)の関東大震災からの復興や、1928年(昭和3年)の昭和天皇の御即位が契機となり、帝室博物館により再現模造事業が企画された。その時の文書には、罹災(りさい)に備え模造の重要性が再認識されている。

 

正倉院宝物の本格的な模造製作は、明治時代に奈良で開催された博覧会を機に始まる。当初、模造製作は修理と一体の事業として取り組まれていたが、1972年(昭和47年)からは、正倉院事務所により、宝物の材料や技法、構造の忠実な再現に重点をおいた模造製作が行われるようになった。以来、人間国宝ら伝統技術保持者の熟練の技と、最新の調査・研究成果との融合により、芸術性・学術性の高い優れた作品が数多く生み出されてきた。

 

今回の展示は作品の種別に分けられ、「楽器・伎楽」「仏具・箱と几・儀式具」「染織」「鏡・調度・装身具」「刀・武具」「筆墨」の6章で構成されている。主な模造作品を、プレスリリースなどを参考に取り上げる。

 

左)《模造 螺鈿紫檀五絃琵琶》表(正倉院事務所蔵) 右)《模造 螺鈿紫檀五絃琵琶》裏(正倉院事務所蔵)

左)《模造 螺鈿紫檀五絃琵琶》表(正倉院事務所蔵)
右)《模造 螺鈿紫檀五絃琵琶》裏(正倉院事務所蔵)

 

まずは楽器・伎楽で、西域文化の意匠が特徴の《模造 螺鈿紫檀(らでんしたんの)五絃琵琶》(正倉院事務所蔵)の美しさが際立つ。原宝物は正倉院宝物を代表する優品として知られている。漆芸の人間国宝・北村昭斎(しょうさい)さんらが実際に演奏可能な楽器として再現することを重視し、8年がかりで完成させた。《模造 磁鼓》(正倉院事務所蔵)は、陶製のつつみの胴で、原宝物は5片に割れたものを漆で接合している。

 

《模造 螺鈿紫檀五絃琵琶》の螺鈿に線彫りを施している様子

《模造 螺鈿紫檀五絃琵琶》の螺鈿に線彫りを施している様子

《模造 磁鼓》(正倉院事務所蔵)

《模造 磁鼓》(正倉院事務所蔵)

 

《模造 酔胡王面》(正倉院事務所蔵)も目を引く。酔ったペルシアの王のことで、劇中では多数の従者とともに登場し、酔っぱらった所作を演じたとという。桐材を用いて高い鼻を強調した彫りの深い顔立ちを造り出し、原宝物では失われていた髭や色鮮やかな冠帽が再現されている。《伎楽人形 呉公》(奈良国立博物館蔵)は、呉公役の面と装束である。

 

左)《模造 酔胡王面》(正倉院事務所蔵) 右)《伎楽人形 呉公》(奈良国立博物館蔵)

左)《模造 酔胡王面》(正倉院事務所蔵)
右)《伎楽人形 呉公》(奈良国立博物館蔵)

 

仏具では、《模造 黄銅合子》(正倉院事務所蔵)が出品されている。仏前で香を焚くための香合の模造。蓋のつまみ部分が美しい五重相輪の塔形に造られている。模造の製作を通じて、塔には50枚以上の座金が用いられていることや、塔の各層に暈繝(うんげん)彩色やガラス玉の装飾が施されていることが確認された。原宝物ではほとんど失われている装飾を再現している。

 

左)《模造 黄銅合子》(正倉院事務所蔵) 右)《模造 黄銅合子》の表面を削っている様子

左)《模造 黄銅合子》(正倉院事務所蔵)
右)《模造 黄銅合子》の表面を削っている様子

 

また《模造 蘇芳(すおう)地金銀絵箱》(正倉院事務所蔵)は、仏前に捧げる供物を入れた献物箱で、箱自体に貴重材を用いたり、華麗な装飾が施された。蘇芳染めで紫檀風に仕上げたこの箱は、金銀泥の文様が不明瞭だったが、模造によって宝相華(ほうそうげ)唐草のなかで奏楽する童子の姿が鮮やかによみがえった。

 

《模造 蘇芳地金銀絵箱》(正倉院事務所蔵)

《模造 蘇芳地金銀絵箱》(正倉院事務所蔵)

 

染織もすばらしい。《模造 赤地唐花文錦》(正倉院事務所蔵)は、仏殿を荘厳する幡ばんに使われていた錦。唐花文様は、中国から伝来した。緯錦(ぬきにしき)の技法で文様を織り表している。幅が古代の通常の錦に較べて2倍(約115センチ)あり、天平期の高度な織り技術がうかがえる。《模造 七条織成樹皮色袈裟》(正倉院事務所蔵)の「七条」は袈裟の形式、「織成」は技法名、「樹皮色」は多色が入り交じる色合いをそれぞれ表している。光学顕微鏡で細部を観察して復元したという。

 

 

左)《模造 赤地唐花文錦》(正倉院事務所蔵) 右)《模造 七条織成樹皮色袈裟》(正倉院事務所蔵)

左)《模造 赤地唐花文錦》(正倉院事務所蔵)
右)《模造 七条織成樹皮色袈裟》(正倉院事務所蔵)

左)《模造 螺鈿玉帯箱》(東京国立博物館蔵) 右)《模造 黄金瑠璃鈿背十二稜鏡 背》(正倉院事務所蔵

左)《模造 螺鈿玉帯箱》(東京国立博物館蔵)
右)《模造 黄金瑠璃鈿背十二稜鏡 背》(正倉院事務所蔵)

 

このほか鏡・調度・装身具では、宝物中でも希少な漆地螺鈿を施した《模造 螺鈿玉帯箱》(東京国立博物館蔵)や、鏡背を七宝で飾った《模造 黄金瑠璃鈿背十二稜鏡》(正倉院事務所蔵)も目を見張る。刀・武具では、《模造 金銀荘横刀(かざりのおうとう)》(奈良国立博物館蔵)や《模造 金銀鈿荘唐大刀(かざりのからたち》(正倉院事務所蔵)があり、筆墨でも《模造 続修正倉院古文書 第20巻》(国立歴史民俗博物館製作)などが並ぶ。

 

左)《模造 金銀荘横刀》(奈良国立博物館蔵) 右)《模造 金銀鈿荘唐大刀》(正倉院事務所蔵)

左)《模造 金銀荘横刀》(奈良国立博物館蔵)
右)《模造 金銀鈿荘唐大刀》(正倉院事務所蔵)

《模造 続修正倉院古文書 第20巻》(国立歴史民俗博物館製作、正倉院事務所蔵)

《模造 続修正倉院古文書 第20巻》(国立歴史民俗博物館製作、正倉院事務所蔵)

 

正倉院宝物の種類はじつに多種多様だ。明治・大正・昭和・平成と続き今日にいたる再現模造事業では、継承された伝統の技に加え、CTスキャンなどの最新の技術が融合することにより、内部構造までも再現した逸品が次々と製作されている。今回の模造展では、特殊な技法や素材に焦点を当て、模造製作の際の映像や関連資料なども紹介されており、再現模造事業を通じて継承された日本の伝統技術も注目だ。

京都府立堂本印象美術館のコレクション展「おしゃべりな絵画―感じてみよう!作品から聞こえる音・声・会話―」
「耳を澄まして絵を見ると…何か聞こえてきますよ」

京都府立堂本印象美術館は、予定の展覧会を中止して、この企画展で再開した。堂本印象は、約60年にわたる画業において、花鳥、人物、風景、神仏など幅広いテーマで、伝統的な日本画から抽象画に至るまで、多彩な絵画作品を描いている。同館の所蔵品の中から、印象と同時代の人々をはじめ、歴史上の人物から神、仏、仙人まで、「作品に描かれた多彩な登場人物たちになりきって、会話やつぶやきを想像してみましょう」との趣旨だ。作品ごとに、学芸員の想像した「おしゃべり」が紹介されているが、鑑賞者が作品を見て思い浮かべてみれば、印象作品に親しみを感じ、新たな魅力に出会えるかもしれない。

 

印象の代表作《木華開耶媛》(1929年)の下絵が12年ぶりに展示されている。日本神話に登場する女神を描いた本作は、昨年度実施の人気投票では3位にランクされた人気作品。本画では女神は人間を超越した表情で描かれているのに対し、下絵では初々しい女性の親しみやすい表情が読み取れる。この作品のつぶやきは、「私の名は、このはなさくやひめと申します。」と、記されている。

 

《木華開耶媛》下絵(1929年)京都府立堂本印象美術館蔵

《木華開耶媛》下絵(1929年)京都府立堂本印象美術館蔵

 

《運命の始めと終り(受胎告知・刑架)》(1954年)は、それぞれが172×378センチの大作だ。金屏風に聖母の生と、キリストの死が描かれ、印象独自の構図が劇的な場面として表現されている。《受胎告知》で、ガブリエルが「あなたは神の子を身ごもりましたよ。」と伝え、マリアは「承知しました。」と、《刑架》では、マリアが「ああ、、、なんいうことでしょう!…」と記されている。

 

《運命の始めと終り(受胎告知)》(1954年)

《運命の始めと終り(受胎告知)》(1954年)京都府立堂本印象美術館蔵

《運命の始めと終り(刑架)》(1954年)京都府立堂本印象美術館蔵

《運命の始めと終り(刑架)》(1954年)京都府立堂本印象美術館蔵

《椅子による二人》(1949年)は、青いソファに座る洋装の婦人と少女を、椅子と同系色でまとめ、重なった手足を透かした不思議な表現だ。まさに語らいの場面を捉えており、婦人が「髪が伸びたわね」と言えば、少女が「体が透けているけど、大丈夫なの?」と問いかけている。

 

《椅子による二人》(1949年)京都府立堂本印象美術館蔵

《椅子による二人》(1949年)京都府立堂本印象美術館蔵

《最后の日のガラシャ夫人》(1964年)京都府立堂本印象美術館蔵

《最后の日のガラシャ夫人》(1964年)京都府立堂本印象美術館蔵

このほか、大阪玉造教会の壁画の下絵として描かれた《最后の日のガラシャ夫人》や《ルソン行途上の高山右近》(いずれも1964年)、《仙人図》シリーズの6作品(1922年)、《阿蘭陀人持渡 牝五才 牡四才(索心画冊より)》(1925年)、《観音と勢至》(1960年)など合わせて41点が出品されている。

 

《阿蘭陀人持渡 牝五才 牡四才(索心画冊より)》(1925年) 京都府立堂本印象美術館蔵

《阿蘭陀人持渡 牝五才 牡四才(索心画冊より)》(1925年) 京都府立堂本印象美術館蔵

横尾忠則現代美術館の「兵庫県立横尾救急病院展」
頭や心よりも肉体感覚で描いた作品の変遷

「兵庫県立横尾救急病院展」ポスター(デザイン:横尾忠則)

「兵庫県立横尾救急病院展」ポスター(デザイン:横尾忠則)

この展覧会は、大幅に延期(当初2月1日~5月10日)された。美術家・横尾忠則の肉体と生活・創作との関係を探ることを目的に、展覧会を病院に見立てて実施された。コロナ禍がこれほど感染拡大しなければ、パロディとはいえ、「救急病院展」とはタイムリーな企画展だった。緊急事態宣言が発令され、美術館は休館となり、休院に追い込まれていた。

 

「横尾救急病院展」では、頭や心よりも肉体感覚を通して得られるものに信頼を置く横尾の生き方を基本理念に、「眼科」や「小児科」、「外科」など様々な“診療科”が設けられ、絵画、版画、ドローイング、著書や愛読書といった幅広い作品と資料が展示されている。また、「入院病棟」では、喘息、不眠、骨折、帯状疱疹、顔面神経麻痺など大小様々な病歴を持つ横尾の病気にまつわる作品や、病床での日記、入院中のスケッチなどを見ることができる。

 

展覧会は横尾の美術家としての変遷と関連付けて構成させている。コロナ禍にも反応し、横尾は現在ツィッターでもマスクのイメージを展開させたヴィジュアル・メッセージ“With Corona”シリーズ約180点を発表している。その画像データをA3の大きさでプリントし、会場各所に展示している。

 

 

左)“With Corona”シリーズ 横尾がマスクをした合成画像 右)“With Corona”シリーズ

左)“With Corona”シリーズ 横尾がマスクをした合成画像
右)“With Corona”シリーズ

 

「横尾救急病院展」は、まず「小児科|記憶装置としての肉体」から始まる。10代までの記憶が横尾の創造に於けるインスピレーション源となって、頭ではなく肉体こそが記憶装置だったそうだ。《今夜の酒には骨がある》(1998年、作家蔵〔横尾忠則現代美術館寄託〕)が出品。「外科|肉体の冒険」では、横尾がデザイナーから画家宣言をして後、森=自然の中で裸体のパフォーマンスを演じさせ、それを絵画化する主題に取り組む。《滝の中の男》(1984年、兵庫県立美術館蔵)などの作品が展示されている。

 

《今夜の酒には骨がある》(1998年、作家蔵〔横尾忠則現代美術館寄託〕)

《今夜の酒には骨がある》(1998年、作家蔵〔横尾忠則現代美術館寄託〕)

 

続いて「眼科・皮膚科・耳鼻咽喉科|五感の叫び」に移り、作品の中に現われる目や耳、口などの感覚器官など五感を通じた作品が並んでいる。《二十九の瞳》(1995年、作家蔵〔横尾忠則現代美術館寄託〕)や、《すべて泉声を聞け》(1994年、横尾忠則現代美術館蔵)などだ。

 

「入院病棟|病の神様」では、横尾にとって病気や怪我は、次の段階へ脱皮するためのチャンスと捉えられている。「病気は悪魔ではなく、じつは神様が差し出した贈り物かもしれない」と、エッセイに綴っているほど。ここでは松葉杖を描いた《Crutch》(1981年、作家蔵)もある。

 

《Crutch》(1981年、作家蔵)

《Crutch》(1981年、作家蔵)

 

 

さらに「老年病科|老いと遊び」には、老いて身につく「遊び」の精神を強調し、「遊び」こそ、横尾の創造における重要な要素であると、言う。実体験をもとに制作した《突発性難聴になった日》(2019年、作家蔵)や、《エジソンと点滴》(2018年、作家蔵)が出ている。

 

 

《突発性難聴になった日》(2019年、作家蔵)

《突発性難聴になった日》(2019年、作家蔵)

《エジソンと点滴》(2018年、作家蔵)

《エジソンと点滴》(2018年、作家蔵)

 

最後の「スポーツ外来|運動する肉体」では、画家を肉体労働者と考える横尾にとって、スポーツは関心の的になっています。画家とスポーツ選手は心と体が一体化した状態が最も力を発揮できるという意味で共通しているとし、健康であるための日常の運動に心がけているとか。大リーガーで活躍する大谷翔平をモデルにした《二刀流》や、卓球をモチーフにした《PLAY PINPON》(いずれも2018年、作家蔵)などが展示されていて、楽しく鑑賞できる。