新型コロナウイルスの感染はあっという間に世界に広がった。本来なら花見や行楽シーズン。スポーツやイベントへの影響だけではなく、公立の美術館も軒並み休館に追い込まれている。こうした時期に、京都市立芸術大学退任記念の「京都芸大と私たち」が京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAで3月22日まで開かれている。今春退任の4人の作品展だ。このうちの一人、中ハシ克シゲ教授は2006年に面識を得て以来、いくつかの個展を鑑賞してきた。その度に斬新な作品に出会う。常に「彫刻とは何だ」、「芸術とは何だ」を自らに問いかけ挑戦を続ける現代美術作家なのだ。今回はいつもと趣向を変え、一人のアーティストの軌跡を、過去の個展作品を含め追跡してみたい。(文中敬称略)

《あなたの時代》と題した昭和天皇像
「彫刻とは何か」を問う、作品の変遷

まず今回の展覧会について触れておく。退任するのは彫刻の中ハシほか、日本画の浅野均(ひとし)と大野俊明、染織の三橋遵(じゅん)教授だ。いずれも美術作家として活躍中だ。三人の代表的な出品作品をそれぞれ画像で紹介しておく。この展覧会と並行して、退任の4教授は、高島屋大阪店(3月11-17日)と高島屋日本橋本店(4月29-5月5日)のいずれも6階美術画廊で開催の「同時代の表現」にも、別作品を出品する。

 

浅野均《雲湧深処》(2001年)

浅野均《雲湧深処》(2001年)

大野俊明《夕映》(2017年)

大野俊明《夕映》(2017年)

三橋遵《雨席》(2014年)

三橋遵《雨席》(2014年)

 

中ハシの作品は、新作をはじめこれまでの代表作で構成されている。作家の案内で分散展示の作品を見る。1階の広い空間の片隅に、《Second Marriage》(1990年、和歌山県立近代美術館蔵)が設置されている。再婚した父親像がモデルで、ブロック塀と松、灯ろうの間に立つ。中ハシの原風景でもある。父は戦時、ゼロ戦の整備士だった。これが後ほどの「ゼロ・プロジェクト」に繋がる。

 

左)中ハシ克シゲ《Second Marriage》(1990年、和歌山県立近代美術館蔵) 右)中ハシ克シゲ《Second Marriage》のブロック塀と松

左)中ハシ克シゲ《Second Marriage》(1990年、和歌山県立近代美術館蔵)
右)中ハシ克シゲ《Second Marriage》のブロック塀と松

 

《BONSAI》(1985年、和歌山県立近代美術館蔵)の松は、なんとブロンズで出来ている。先の作品のブロック塀はトタンで、松は銅線の錆で巧みに表現されている。こうしたモチーフを彫刻にする挑戦は、次々と新たな作品を生み出していく。《不二》(2000年)は写真プリントだが、同じ位置から撮影した富士山を切断し反転させて、左右を相似形に合成し、二つの作品を並べている。

 

中ハシ克シゲ《BONSAI》(1985年、和歌山県立近代美術館蔵)

中ハシ克シゲ《BONSAI》(1985年、和歌山県立近代美術館蔵)

中ハシ克シゲ《不二》(2000年)

中ハシ克シゲ《不二》(2000年)

 

次に目に飛び込んできたのが《あなたの時代》(2000-2001年)と題したブロンズ像二体だ。一体は金色だ。モデルは昭和天皇。ほぼ実物大で、かけているメガネは度が入っている。中ハシにとっては、時代を象徴するモチーフとなった。何かを意図してというより、多くの人に様々な視点で問いかける作品だった。

 

中ハシ克シゲ《あなたの時代》(2000-2001年)

中ハシ克シゲ《あなたの時代》(2000-2001年)

《あなたの時代》と中ハシ克シゲ

《あなたの時代》と中ハシ克シゲ

 

しかし昭和天皇像は、これまで一部画廊で展示されたことがあるが、公的な場所では初めてのお出ましという。実は金色の方は、後ほど記す美術館で姿を隠し展示されていた。昨年話題となった、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」に一脈通じる問題が、やはり公立美術館などに存在するからだろう。

 

2階の展示室には、「ゼロ・プロジェクト」に関する資料展示がある。壁面には世界各地で展示したプロジェクトの写真パネルなどが紹介されている。その一つ、大津市の滋賀県立近代美術館で2006年に開催された「中ハシ克シゲ展 ZEROs-連鎖する記憶-」を鑑賞しているので概要を記す。

 

そもそも「ゼロ・プロジェクト」とは、第2次大戦中に闘った艦上戦闘機である零戦などの戦歴を辿り、その型式、色、機体番号や搭乗員などを克明に調査しプラモデルにより精巧に再現したのち、その機体を特殊なレンズで細かく撮影し、現像してできた写真をつなぎ合わせて、実物大の零戦を制作し、その機体にまつわる歴史的場所や日にちに、焼却するという構想だった。

 

 

滋賀の美術館展示室の床に、打ちひしがれた零戦《ZERO #BII-124》や桜花《OHKA-43b》などが横たわっていた。《#BII-124》は零戦のプラモデルを2万5000枚も接写して撮影し、ボランティアの協力のもとにつなぎ合わせて実物大に作られていた。その零戦のモデルは、第二次世界大戦中のオーストラリアで被弾し不時着したものだ。日本軍は北部の街ダーウィンに延べ64回も空爆したという。戦争の虚しさを象徴するような無残な姿だ。主翼の日の丸が印象的だった。

 

中ハシ克シゲ《ZERO #BII-1244》(2006年)

中ハシ克シゲ《ZERO #BII-1244》(2006年)

中ハシ克シゲ 桜花《OHKA-43b》(2006年)

中ハシ克シゲ 桜花《OHKA-43b》(2006年)

 

展覧会後、桜花《OHKA-43b》は制作に参加したボランティアらとともに桜花の秘密基地があった比叡山で焼却した。中ハシは、「プロジェクト作品には参加者それぞれの記憶が重なり合い、一つの作品体験へと結集していくのです。そして燃えてゼロになる過程が作品ともいえる。消滅することで、より強く記憶に焼き付けられる」という。

 

比叡山で燃やされる桜花《OHKA-43b》

比叡山で燃やされる桜花《OHKA-43b》

 

タイトルの「ZEROs」は西暦2000年代を表すということで、一連の「ゼロ・プロジェクト」は、第二次大戦体験者の高齢化を考慮して、2009年までの10年間、日本、海外合わせて12回行われた。期間中に企画しながら、実現出来なかったプロジェクトもあった。その一つが「Missing ZERO Project」である。

 

2012年に青森県立美術館の企画展「アーツ&エア」に招待された中ハシは、この未完のプロジェクトを改めて申し出て、番外編の「ゼロ・プロジェクト」を行なった。中ハシは、青森の制作ボランティアと共に約1ヶ月かけて写真をつなぎ合わせ、その機体に中ハシが彩色する行為を公開した。今回、京都に展示されている《Missing ZERO Project》は、BI―05機の左主翼の付け根部分である。イギリス空軍に塗装された本来の零戦実機の部分と中ハシがプラモデルの写真の上から彩色した部分を同時に見ることができる。

 

中ハシ克シゲ《Missing ZERO Project》(2012年)

中ハシ克シゲ《Missing ZERO Project》(2012年)

 

 

こうした作品制作のこだわりについて、中ハシは「父の世代に対して感じている愚かで勇ましい戦争のイメージ、そして私自身の子どもの頃の無邪気な追憶、それから続く世代の<オタク文化の>平和ぼけに対する私のイキドオリそのものかもしれません」と綴った文章がある。

 

戦争を実体験しない首相が登場し、異例の長期政権となり、憲法改正を唱える。一方、21世紀に入っても、アフガニスタンやシリアで戦火が絶えず、北朝鮮の核やミサイルが、平和ニッポンに暗い影を投げかけている。戦争は記憶の世界ではなく、現実の深刻な問題として想起させる。

 

A6M_Zeros_over_Malayaのコピー

A6M_Zeros_over_Malayaのコピー

 

再び1階の展示室に、近年取り組んでいる二つのプロジェクトが展開する。「干泥」と名付けられた作品群が台の上に並ぶ。合わせて16点あり、それぞれ両手で持てるほどの粘土の塊だ。中ハシは写実的な彫刻でさえ、モデルや写真などに頼ることなく、記憶のイメージをたどり具象化する。個々の作品には《招福神》とか《ブタの視線》、《ウサギの反乱》(いずれも2016年)といったタイトルが付けられているが、自由気ままに造形したように見受けられる。とりわけ実在の彫刻家《小清水漸の肖像》(2013年)や、新作の現代美術家《野村仁の肖像》(2020年)は、寸法的には作っていないので、本人と似ていないと思う人もいるかもしれない。

 

「干泥」の作品群.

「干泥」の作品群

左)中ハシ克シゲ《招福神》(2016年) 右)中ハシ克シゲ《ブタの視線》(2016年)

左)中ハシ克シゲ《招福神》(2016年)   右)中ハシ克シゲ《ブタの視線》(2016年)

左)中ハシ克シゲ《小清水漸の肖像》(2013年) 右)中ハシ克シゲ《野村仁の肖像》(2020年)

左)中ハシ克シゲ《野村仁の肖像》(2020年)          右)中ハシ克シゲ《小清水漸の肖像》(2013年)

 

最後の展示は、《オムツ同盟》(2020年)。五つの立体作品を布で覆い、鑑賞者が手触りで、その造形が何であるかを探る。新型コロナウイルス禍だけに、超薄手の手袋が用意されている。実際に試みて見ると赤ん坊の姿は分かったが、後ろの胴体を細くした老犬は判別出来なかった。

 

中ハシ克シゲ《オムツ同盟》(2020年)

中ハシ克シゲ《オムツ同盟》(2020年)

 

この二つのプロジェクトの別バージョンの個展は、大阪の画廊と神戸の美術館で鑑賞しているので後述する。今回の展示には、作品の解説がない。鑑賞者が作風の異なるプロジェクトを、それぞれに想像して見て、考えればいいのかもしれない。現代美術はそうした作り手と受け手で成り立っているのであろう。

「時代」と「日本」をテーマに制作
彫刻の原点を追求し新境地を拓く

中ハシは1955年に香川県に生まれ、現在は滋賀県大津市に在住する。東京造形大学へ進み、彫刻家の佐藤忠良に師事する。上野公園に立つ西郷隆盛像を造った高村光雲を尊敬し、その息子の高村光太郎の作品《手》に魅かれ、彫刻作品を手がける。最初はブロンズ作品を造っていたが、街中にある彫刻が日本の風土に溶け合ってないと気づき、迷うようになったと言う。

 

次第に人の手が加わった自然に関心を抱き、刈り込んだ松や鑑賞用のコイも主題としてきた。初期作品に、粗末な小屋の前で首をうなだれる犬の肖像《Dog・Nights》がある。巨漢力士だった小錦を実物大で造った作品は、その肉塊をばらばらにすることができる。《NIPPON cha cha cha》の一部として展示可能な作品だ。

 

小錦を実物大で造った作品

小錦を実物大で造った作品

中ハシ克シゲ《NIPPON cha cha cha》(1993年)

中ハシ克シゲ《NIPPON cha cha cha》(1993年)

 

現代美術作家として中ハシの存在感をアピールしたのは、2000年に西宮市大谷記念美術館で開かれた「中ハシ克シゲ展―あなたの時代」であろう。この展覧会は鑑賞していないが、後日カタログを入手した。B4判二つ折り、広げると約38×54センチにもなる。わずか20ページに過ぎないのだが、いかにスケールの大きい作品を制作してきたかが一目瞭然で分かる。

 

ここでも零戦が登場しているが、《On 19th- February》(2000年)と題した作品は、アメリカ軍が硫黄島へ上陸した日に、沖縄の八重山のふもとでヒカンザクラの散り敷き詰めた地面を日の出から日没まで撮影した約5000枚の写真を貼り合わせている。この作品は「On the Day project」初期のもので、展示後に燃やしたり、切り分けられたりしなかったためオリジナルが残った。

 

中ハシ克シゲ、《On 19th- February》

中ハシ克シゲ、《On 19th- February》

 

また《2nd September》(2000年)は、1945年に戦艦ミズーリ号で日本が降伏文書に調印した日だ。ダグラス・マッカ-サーが総司令部を置いた現存する建物をやはり一日かけて7200枚を撮影し貼り合わせた作品だ。《ZERO #03-09》(2000年)の零戦も展示された。

 

中ハシ克シゲ《ZERO #03-09》(2000年)

中ハシ克シゲ《ZERO #03-09》(2000年)

 

そして展覧会名の標題でもある《あなたの時代》(2000年)は、一見、半透明のシリコンの茎の上に巨大な菊の花が咲いている形状で、インパクトがある作品だ。その菊が厳かな蓮の仏教世界、あるいは原爆のキノコ雲にも見え不思議な感じがする。しかし茎の根元に金の靴が見えて、茎の中に誰かがいることが想像できる。かつては神であった一人の人物をかたどった、等身大の彫像が隠されているのだ。この彫像こそ、今回展示された金箔を貼り付けた昭和天皇像というわけだ。

 

中ハシ克シゲ《あなたの時代》(2000年)

中ハシ克シゲ《あなたの時代》(2000年)

 

「時代」と「日本」をテーマにした作家の意図が色濃く反映された展覧会だった。このカタログの中で、美術評論家の中村敬治は「このように中ハシはいつも彫刻にその責務を超えた要求をし、あえて自虐的ともいえる困難な方向を選び続けてきた。だが、そのような彼にとって、近年のインスタレーションの方法は好都合であったのではないか。(中略)インスタレーションにおいては、造形と叙述、オブジェと物語を同一の空間に共存させること、ある時間に裏うちされた空間を現出させることが容易にできる」と言及している。

 

先述した2006年の「中ハシ克シゲ展 ZEROs-連鎖する記憶-」以来、年賀状などのやりとりを継続している中ハシから、2016年に大阪の画廊SUNABA GALLERYでの「もっと面白くなるかもしれない。」展の案内が届いた。あの壮大なンスタレーション作品を発表してきた中ハシが、自身の原点である塑造に立ちかえり、粘土による実験的な制作に力を注いでいたのだ。

 

 

今回京都の展示では新作された「干泥」の小さな作品が数多く出品されていた。粘土の塊をただつかむ、ねじる、切るといった最小限の動作で作った作品だ、この時代、この国にとっての彫刻とは何かを問い続けている中ハシのたどり着いた一つの帰結かも知れないと思った。

 

アイマスクを着用して造形する中ハシ克シゲ

アイマスクを着用して造形する中ハシ克シゲ

 

さらに2018年、兵庫県立美術館が取り組んでいる「美術の中のかたち―手で見る造形」というシリーズの一環で、「触りがいのある犬―中ハシ克シゲ」展に、日々愛犬と接するなかで記憶に刻まれたポーズを造形化した作品8点を展示した。

 

この企画を受けた中ハシは、目隠しで視覚を遮断し、触覚だけで造形することを試みたのだ。視覚障害者にとって、目で見る美術鑑賞はハンディーがある。「美術の中のかたち」が趣旨の展覧会だと、絵画と違って、彫刻作品は触ることができ、美術を楽しむ有効な手段でもある。しかし彫刻作品のほとんどが女性や動物、様々な形象を視覚的に表現している。そこで中ハシは、彫刻における触覚的なものとは何かという改めて考え、あえて触覚によって造形することに思い及んだという。

 

モデルになったのは中ハシの愛犬・サンだ。なるほどペットは、日常人と触れ合う格好のモチーフと言える。アイマスクを着用して粘土で造形した。会場には、《お座り犬》《抱きつき犬》《添い寝犬》(いずれも2018年)といった、さまざまなポーズの作品が出品されていた。《お出掛け犬》は、中ハシが、軽トラックの助手席に乗せてアトリエに通う様子を表現していた。

 

中ハシ克シゲと《お出掛け犬》(2018年)

中ハシ克シゲと《お出掛け犬》(2018年)

中ハシ克シゲ《お座り犬》(2018年)

中ハシ克シゲ《お座り犬》(2018年)

 

目隠しをしないで作った愛犬の頭部もあったが、通常目で確認しながら作る彫刻作品と比べ、いびつな部分もある。中ハシは「見た感じの視覚的な仕上げとまるっきり遠く離れていますが、触るとかえってリアルです」と、コメントしていた。この企画の延長が、今回の《オムツ同盟》でもある。

 

触って楽しむ鑑賞者

触って楽しむ鑑賞者

 

中ハシは昨年、紀要に提出した原稿「ブラインドモデリングから見えてきたこと ―触覚の奥行きー」に、次のような文章(抜粋)を寄せている。

 

世の中に溢れる視覚情報の中で、彫刻表現も視覚化の方向へ大きく舵を切っている。しかし、そうだとしても人はそれを実際に確かめることからは離れられないと思える。作品は「観なくっちゃわからないよ。」とは言うが、もっと進めて、「触らないとわからないじゃない。」というような会話があってほしいものだ。

 

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中ハシの過去の作品を知り、展覧会に行く度に驚きと新しい発見があった。まさに「彫刻」も「芸術」も奥が深い。中ハシは、15年務めた京都市立芸術大学の前にも、成安造形大学で学生らに教鞭をとっていた。長い教師生活から解放され、いよいよ作家活動に専念する。さてこれからどんな作品世界が展開するのであろう。