アール・ヌーヴォーと印象派。ともに19世紀末にフランスを中心に広まった国際的な芸術運動だ。「新しい芸術」を意味するアール・ヌーヴォーを代表するミュシャの作品と、モネやシスレーらの印象派の画家たちからピカソ、カンデンスキーらのモダンアートの作品の展覧会が関西で催されている。特別展「2020 日・チェコ交流100周年 ミュシャと日本、日本とオルリク」は、和歌山県立近代美術館で12月15日まで開催中だ。一方、姫路市立美術館では「ストラスブール美術館展 印象派からモダンアートへの眺望」が、新年1月26日まで開かれている。いずれも時代とともに大きく変化した美術表現の変遷と多様さを鑑賞できる豊富な内容となっている。

和歌山県立近代美術館の「2020 日・チェコ交流100周年 ミュシャと日本、日本とオルリク」
グラフィックを介しジャポニスムとその還流

この展覧会は、日本でも人気の有名なミュシャだけでなく、あまり知られていないオルリクというチェコ出身の二人のアーティストに光をあて、日本との関連を主眼に置いている。ジャポニスム(日本趣味)の影響を受けて展開した同時代のチェコの美術とともに、逆にミュシャとオルリクから影響を受けた日本の作家たち、さらにはオルリク周辺で木版画を制作したウィーンやボヘミア地方の作家たちを取り上げ、400点を超す版画やポスターなど、グラフィックを舞台に展開した東西の交流を検証する趣旨だ。

 

アルフォンス・ミュシャ(1860-1939)は、チェコの小さな町に生まれた。19歳の時、ウィーンに出向き、舞台装置工房で働きながら、夜間にデッサンを学ぶ。1894年末に、舞台女優サラ・ベルナールの公演ポスター《ジスモンダ》をデザインしたことで、一躍大人気画家となる。その評判は日本にも伝えられ、ミュシャの描く女性像が文芸美術誌『明星』に掲載され、藤島武二や中澤弘光、洋画団体「白馬会」周辺の画家たちに大きな影響を与えた。

 

1900年には、パリ万国博覧会で活躍し、アール・ヌーヴォーの代表的な芸術家として成功を収める。一時、アメリカにも住むが、1910年に故国チェコに帰郷。20点から成る壮大な連作《スラヴ叙事詩》の制作に着手し、16年の歳月を費やし完成した。その全20点が一昨年、東京の国立新美術館の「ミュシャ展」にチェコ国外で初めて公開され、65万人以上が鑑賞した。筆者もその超大作に眼を見張り、ミュシャの非凡さに感銘を受けたのだった。

 

もう一人のキーパーソン、エミール・オルリク(1870-1932)は、プラハに生まれ、ミュンヘンで絵を学ぶ。プラハを拠点にベルリンやウィーンでジャポニスムの潮流にふれて日本への憧れを募らせ、1900年から翌年にかけて来日する。浮世絵版画の彫りや摺りを学び、自ら多色摺の木版画を制作したほか、滞日中にオルリクが制作した石版画は、画家による版画への取り組みという新しい意識を一部の日本人に呼び起こし、日本の創作版画が誕生する機縁となる。

 

帰国後は自作や日本で得た資料をプラハやウィーン、ベルリンなどで展示し、それぞれの開催地の芸術家に影響を与え、ヴァルター・クレムやカール・ティーマンといった作家を木版画制作に駆り立てた。

 

今回の展覧会期中には、チェコ、ドイツをはじめ、日本各地の美術館など40カ所から集めた作品529点が展示される。前、後期に分けて展示替えがあり、すでに後期展示に入っているが、章ごとの解説と主な展示品を画像とともに紹介する。

 

序章が「ジャポニスム――光琳、型紙、そして浮世絵」で、ヨーロッパにおける日本美術の影響である「ジャポニスム」につながった尾形光琳を祖とする琳派の版本、染色用の型紙、葛飾北斎と歌川広重の浮世絵などが展示されている。何度も目にしている北斎の傑作《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》(1831-33年頃、千葉市美術館蔵)も出品されている。

 

葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》(1831-33年頃、千葉市美術館蔵)

葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》(1831-33年頃、千葉市美術館蔵)

 

第1章は「チェコのジャポニスム」。ミュシャやチェコの近代美術を主導した芸術家たちの作品が並ぶ。ミュシャの大型パネルは迫力があり、女性の表情が豊かに表現されている。ミュシャ作品のどの部分にどんな形で日本文化が関連しているのかなどが見どころだ。ヴォイチェク・プライシクの銅版画が数多く展示されていて、樹木や雲の装飾的な描き方も興味深い。

 

この章では、ミュシャの〈宝石〉より《「トパーズ」「ルビー」「アメジスト」「エメラルド」》(1900年、インテック蔵)のほか、アルノシュト・ホフバウエルの《「マーネス美術家協会第2回展覧会」ポスター》(1898年、チェコ国立プラハ工芸美術館蔵)、ヴォイチェフ・プライシクの《少女の思い》(1903年 チェコ国立プラハ工芸美術館蔵)などが展示されている。

 

アルフォンス・ミュシャ《「トパーズ」「ルビー」「アメジスト」「エメラルド」》〈宝石〉より、左から(1900年、インテック蔵)

アルフォンス・ミュシャ《「トパーズ」「ルビー」「アメジスト」「エメラルド」》〈宝石〉より、左から(1900年、インテック蔵)

左)アルノシュト・ホフバウエル《「マーネス美術家協会第2回展覧会」ポスター》(1898年、チェコ国立プラハ工芸美術館蔵) 右)ヴォイチェフ・プライシク《少女の思い》(1903年、チェコ国立プラハ工芸美術館蔵)

左)アルノシュト・ホフバウエル《「マーネス美術家協会第2回展覧会」ポスター》(1898年、チェコ国立プラハ工芸美術館蔵)
右)ヴォイチェフ・プライシク《少女の思い》(1903年、チェコ国立プラハ工芸美術館蔵)

 

第2章が「ミュシャと日本」。『明星』などミュシャを受容した日本の木版や石版、書物が多数並ぶ。『ココリコ』や『ラ・プリュム』などの雑誌も目に入る。オルリクと『明星』を結びつけたとされる長原孝太郎の挿絵・装幀、中澤弘光の書籍表紙・装幀なども展示されている。

 

ここでは、ミュシャの《「ジョブ」ポスター》(1898年、宇都宮美術館蔵)と、類似の構図で描かれた一條成美の《『明星』第6号表紙》(1900年、個人蔵)、藤島武二の《与謝野晶子著『みだれ髪』表紙》(1906年、個人蔵)の、いずれも女性をモチーフにした画像を取り上げる。

 

左)アルフォンス・ミュシャ《「ジョブ」ポスター》(1898年、宇都宮美術館蔵) 中)一條成美《『明星』第6号表紙》(1900年、個人蔵) 右)藤島武二《与謝野晶子著『みだれ髪』表紙》(1906年、個人蔵)

左)アルフォンス・ミュシャ《「ジョブ」ポスター》(1898年、宇都宮美術館蔵)
中)一條成美《『明星』第6号表紙》(1900年、個人蔵)
右)藤島武二《与謝野晶子著『みだれ髪』表紙》(1906年、個人蔵)

 

第3章の「日本とオルリク」では、木版の技法を知るために来日したオルリクの表現をたどる。同じく「ジャポニスム」影響が考えられているフェリックス・ヴァロットンやウィリアム・ニコルソンの作品も比較できるように展示されている。またオルリクの影響を受けた織田一磨の《東京風景》や《大阪風景》も並ぶ。

 

3章の主な作品では、オルリクの《「ポトロフスキー手袋店」ポスター》(1897年、宇都宮美術館蔵)や、日本滞在中に描いた石版で、《富士山への巡礼》(1901年)と《築地第一ホテルの前の人力車》(1900-01年 ともにパトリック・シモン・コレクション、プラハ)のほか、織田一磨《州崎之景》〈東京風景〉より) 1916年 和歌山県立近代美術館蔵)などで、東西の作家による表現の交流が見てとれる。

 

左)エミール・オルリク《「ポトロフスキー手袋店」ポスター》(1897年、宇都宮美術館蔵) 中)エミール・オルリク《富士山への巡礼》(1901年、パトリック・シモン・コレクション、プラハ) 右)エミール・オルリク《築地第一ホテルの前の人力車》(1900?01年、パトリック・シモン・コレクション、プラハ)

左)エミール・オルリク《「ポトロフスキー手袋店」ポスター》(1897年、宇都宮美術館蔵)
中)エミール・オルリク《富士山への巡礼》(1901年、パトリック・シモン・コレクション、プラハ)
右)エミール・オルリク《築地第一ホテルの前の人力車》(1900?01年、パトリック・シモン・コレクション、プラハ)

織田一磨《州崎之景》〈東京風景〉より(1916年、和歌山県立近代美術館蔵)

織田一磨《州崎之景》〈東京風景〉より(1916年、和歌山県立近代美術館蔵)

 

最後の第4章は「オルリク、日本の思い出/後継者たち」。プラハに戻ったオルリクは個展だけでなく、ウィーン分離派展などでも多数の木版画を出品し、日本滞在の成果が衆目を集める。後進のクレムとティーマンは、共同のアトリエを構え、多色木版画の技術を受け継ぎ、切磋琢磨する。

 

この章では、オルリク《雨の日》〈日本便り〉より(1902-03年、宮城県美術館蔵)のほか、クレムの《山の湖》(1905年、ダッハウ市、ティーマンコレクション/ダッハウ絵画館蔵)と《潜る鴨》(1909年、ダッハウギャラリー博物館協会/ダッハウ絵画館蔵)、ティーマンの《港にて》(1923年 ダッハウ市、ティーマンコレクション/ダッハウ絵画館)を画像で紹介する。

 

左)オルリク《雨の日》〈日本便り〉より(1902-03年、宮城県美術館蔵) 右)ヴァルター・クレム《山の湖》(1905年、ダッハウ市、ティーマンコレクション/ダッハウ絵画館蔵)

左)オルリク《雨の日》〈日本便り〉より(1902-03年、宮城県美術館蔵)
右)ヴァルター・クレム《山の湖》(1905年、ダッハウ市、ティーマンコレクション/ダッハウ絵画館蔵)

左)ヴァルター・クレム《潜る鴨》(1909年、ダッハウギャラリー博物館協会/ダッハウ絵画館 右)カール・ティーマン《港にて》(1923年、ダッハウ市、ティーマンコレクション/ダッハウ絵画館蔵)

左)ヴァルター・クレム《潜る鴨》(1909年、ダッハウギャラリー博物館協会/ダッハウ絵画館
右)カール・ティーマン《港にて》(1923年、ダッハウ市、ティーマンコレクション/ダッハウ絵画館蔵)

 

展覧会を企画・担当した和歌山県立近代美術館の青木加苗学芸員は「チェコ芸術家たちは、ジャポニスムのモチーフやスタイルを消化して、自分の表現に吸収した。日本の芸術家たちと互いに影響し合って、発展していった変化を感じてもらいたい」と強調している。

 

左)グラフィックだけでなく書籍や雑誌、しりょうなどの展示も 右)展覧会を企画し担当した和歌山県立近代美術館の井上芳子学芸課長(右から2人目)と青木加苗学芸員(左から2人目)

左)グラフィックだけでなく書籍や雑誌、しりょうなどの展示も
右)展覧会を企画し担当した和歌山県立近代美術館の井上芳子学芸課長(右から2人目)と青木加苗学芸員(左から2人目)

姫路市立美術館の姫路市制施行130周年記念 國富奎三コレクション受贈25周年記念「ストラスブール美術館展 印象派からモダンアートへの眺望」
フランスの近現代絵画の流れを辿る約100点

こちらの展覧会は、欧州の中でも19世紀から20世紀の西洋美術の潮流に沿った豊かなコレクションを形成しているストラスブール美術館の所蔵品展だ。西洋近代美術の潮流を語る上では欠かせないモネ、シスレーら印象派の画家たちから、20世紀のモダンアートを代表するピカソ、ブラックらのキュビスム、カンディンスキーの抽象絵画など厳選された約100点が出品されていて、フランスの近現代絵画の主要な流れを辿ることが出来る。

 

フランス北東部アルザス地方の中心都市ストラスブールはドイツとの国境沿いに位置し、その地理的環境から仏・独の文化が融合された独自の文化を育んできた。この地には10館にも及ぶ美術館・博物館(総称 ストラスブール美術館)を擁するが、なかでもストラスブール近現代美術館は、1万8千点に及ぶコレクションを誇り、フランスの公立美術館における最初のコレクションとなったジョルジュ・ブラックの作品を所蔵するなど、フランス国内でも屈指の規模の美術館として知られている。

 

今回の展覧会では、ストラスブール近現代美術館のコレクションの他、姫路市立美術館からも國富奎三コレクション受贈25周年を記念し、印象派の巨匠、ルノワールの《母性》や、モダンアートの旗手といわれるマティスの晩年の代表作である版画連作作品『ジャズ』の全点を公開している。さらに常設展示室ではルオーが1909年に制作した絵画《町外れ》の裏面に描かれた《老女》を初公開するなど、充実した内容となっている。

 

展覧会は3章で構成。章の概要と主な作品を取り上げる。第1章の「印象派とポスト印象派」では、風景画に着目し、印象派以前の風景画、印象派の風景画、筆触という3つのテーマに分け作品を展示。主な作家はコロー、モネ、シスレー、シニャック、ゴーギャンだ。

 

第1章の冒頭を飾るのが、クロード・モネの《ひなげしの咲く麦畑》(1890年頃)。パリ郊外のジヴェルニー周辺のひなげし畑の風景で、1日の様々な時間帯を同一地点から描いた5つの連作のうちの一点だ。

 

クロード・モネ《ひなげしの咲く麦畑》(1890年頃、Musée d’Art Moderne et Contemporain de Strasbourg, Photo Musées de Strasbourg)

クロード・モネ《ひなげしの咲く麦畑》(1890年頃、Musée d’Art Moderne et Contemporain de Strasbourg, Photo Musées de Strasbourg)

 

この章には、ジャン=バティスト・カミーユ・コローの《オルレアン、窓から眺めたサント=パテルヌの鐘楼》(1830年頃)や、アルフレッド・シスレーの《家のある風景》(1873年)の風景画、タッチを重視した筆触によるポール・ゴーギャンの《ドラクロワのエスキースのある静物》(1887年頃)、ポール・シニャック《アンティーブ、夕暮れ》(1914年)なども出品されている。

 

左)ジャン=バティスト・カミーユ・コロー《オルレアン、窓から眺めたサント=パテルヌの鐘楼》(1830年頃、Musée des Beaux-Arts de Strasbourg, Photo Musées de Strasbourg) 右)アルフレッド・シスレー《家のある風景》(1873年)以下の画像は、Musée d’Art Moderne et Contemporain de Strasbourg, Photo Musées de Strasbourg

左)ジャン=バティスト・カミーユ・コロー《オルレアン、窓から眺めたサント=パテルヌの鐘楼》(1830年頃、Musée des Beaux-Arts de Strasbourg, Photo Musées de Strasbourg)
右)アルフレッド・シスレー《家のある風景》(1873年)以下の画像は、Musée d’Art Moderne et Contemporain de Strasbourg, Photo Musées de Strasbourg

左)ポール・ゴーギャン《ドラクロワのエスキースのある静物》(1887年頃) 右)ポール・シニャック《アンティーブ、夕暮れ》(1914年)

左)ポール・ゴーギャン《ドラクロワのエスキースのある静物》(1887年頃)
右)ポール・シニャック《アンティーブ、夕暮れ》(1914年)

 

第2章は「近代絵画におけるモデルの関わり」。モダンアートにおけるモデル(現実)との関係に焦点を当て、ロダンやロートレック、レジェやルノワール、さらにピカソまで、名だたる巨匠が制作した名画が登場する。

 

モーリス・ドニ《内なる光》(1914年頃)

モーリス・ドニ《内なる光》(1914年頃)

 

例えばモーリス・ドニの《内なる光》(1914年頃)は、3人の娘の母親で妻を中心に家族が憩う食堂の穏やかな情景が描かれている。ほかにマリー・ローランサンの《マリー・ドルモワの肖像》(1949年)や、ウジェーヌ・カリエール《ガブリエル・セアイユと娘の肖像》(1893年)も目を引く。

 

マリー・ローランサン《マリー・ドルモワの肖像》(1949年)

マリー・ローランサン《マリー・ドルモワの肖像》(1949年)

ウジェーヌ・カリエール《ガブリエル・セアイユと娘の肖像》(1893年)

ウジェーヌ・カリエール《ガブリエル・セアイユと娘の肖像》(1893年)

 

第3章「アヴァン=ギャルド」では、近代性と前衛思想が絵画にどのような影響を与えたかを、キュビスム、抽象絵画、シュルレアリスムから考察する。作家は、カンディンスキー、アルプ、マグリットなどだ。

 

展覧会のポスターやチラシを飾るヴィクトール・ブラウナーの《求婚者》(1955年)は、花束を持つ横顔の男性の上半身が幾何学的に捉えられている。ブラウナーの作品は7点を数える。ヴァシリー・カンディンスキー《コンポジション》(1924年)も幾何学的な作品だ。

 

ヴィクトール・ブラウナー《求婚者》(1955年)

ヴィクトール・ブラウナー《求婚者》(1955年)

ヴァシリー・カンディンスキー《コンポジション》(1924年)

ヴァシリー・カンディンスキー《コンポジション》(1924年)

 

この展覧会は、宮城を皮切りに姫路に続いて豊橋、いわき、博多にも巡回するが、第3章に出品されているアンリ・マティスの『ジャズ』(1947年、國富奎三コレクション 姫路市立美術館蔵)の全20点は姫路会場限定だ。切り紙絵の集大成で、色彩・造形・構図の豊かさを追求した晩年のマティスの渾身の一作で、版画作品集として制作された100部中のエディションナンバー26の作品だ。

 

アンリ・マティスの《ジャズ》の前で挨拶するストラスブール近現代美術館のエステル・ピエトジック館長、國富奎三氏、姫路市立美術館の永田萌館長(左から)

アンリ・マティスの《ジャズ》の前で挨拶するストラスブール近現代美術館のエステル・ピエトジック館長、國富奎三氏、姫路市立美術館の永田萌館長(左から)

 

姫路会場の開会式に来日していたストラスブール近現代美術館のエステル・ピエトジック館長は「豊富な収蔵品の中から厳選された多彩な作品を日本の皆様にお見せでき、喜んでもらえたら幸いです。できれば世界遺産の美しい街並みのストラスブールを訪ねてほしい」と、インタビューに応じた。