際限なく多様に展開される展覧会は、巡回展もあるが、それぞれの美術館が開催趣旨を踏まえ、魅力的な展示内容を盛り込んでいる。今回取り上げる三つの展覧会は、タイトルも趣旨も異なるが、世界に三碗しかないという国宝の《曜変天目》をほぼ同時期に展示していて注目される。滋賀のMIHO MUSEUMが「大徳寺龍光院 国宝 曜変天目と破草鞋(はそうあい)」を5月19日まで開催。今月13日からは、奈良国立博物館で「国宝の殿堂 藤田美術館展―曜変天目茶碗と仏教美術のきらめき―」が6月9日まで、静嘉堂文庫美術館でも「日本刀の華 備前刀」が6月2日まで開かれ、《曜変天目》が特別出品されている。各地を巡る鑑賞者向けに相互割引もあり、三館の粋な計らいに拍手を贈りたい。

 

天目茶碗について、いくつかの文献から引用する。中国の南宋時代(12-13世紀)に、浙江省天目山の禅院で使用され、建盞(けんさん)と呼ばれていた。福建省建陽県水吉鎮の建窯(けんよう)などで焼かれた鉄質黒釉の茶碗のことだ。天目という名前は、鎌倉時代に中国の天目山にある禅刹へ日本から多くの僧が留学し、帰国に際して寺で使われていた茶碗を日本に持ち帰り、天目山の茶碗ということで天目茶碗と呼びならわしたことが由来とされている。

 

曜変天目は、漆黒の釉色の中に大小の銀色の斑点が連なり、その周囲を暈(かさ)状に神秘的な瑠璃色の光彩を放つ、窯内で偶然に美しい結晶が生じたものを指す。ところが中国では、「窯変」を天災の兆しと捉え、不吉なものとして毀されたとされる。本来なら窯から出ると、すぐさま消されるべき茶碗が商人などを通じ、日本に渡来したと推測できる。

 

文化の違いなのか、日本では希少で貴重な茶碗として伝世した。もともと「窯変」なのだが、「曜」は日・月と火・水・木・金・土の五星を指し、世にも稀なる美しさを表現したようだ。唐物全盛の室町時代には、茶碗の中で最高峰に位置付けられた。世界で日本にのみ存在する《曜変天目》の所蔵先は、大徳寺龍光院のほか、藤田美術館と静嘉堂文庫美術館。まずは《曜変天目》の三碗をひとまとめに画像で紹介する。その輝きや違いをみてほしい。

 

大徳寺龍光院の国宝《曜変天目茶碗》(南宋時代 12-13世紀)右)見込み(内側全体)

左)大徳寺龍光院の国宝《曜変天目》(南宋時代 12-13世紀)
右)大徳寺龍光院の国宝《曜変天目》(南宋時代 12-13世紀) 見込み(内側全体)

藤田美術館の国宝《曜変天目茶碗》(南宋時代 12-13世紀) 右)見込み

左)藤田美術館の国宝《曜変天目茶碗》(南宋時代 12-13世紀)
右)藤田美術館の国宝《曜変天目茶碗》(南宋時代 12-13世紀)見込み

静嘉堂文庫美術館の国宝《曜変天目茶碗》(南宋時代 12-13世紀)

静嘉堂文庫美術館の国宝《曜変天目茶碗》(南宋時代 12-13世紀)

MIHO MUSEUMの「大徳寺龍光院 国宝曜変天目と破草鞋」
400年間守られてきた寺宝を、初の一挙公開

大徳寺龍光院の国宝《曜変天目茶碗》(南宋時代 12-13世紀)部分

大徳寺龍光院の国宝《曜変天目》(南宋時代 12-13世紀)部分

《曜変天目》を所蔵する龍光院は、京都紫野の禅刹・大徳寺の塔頭である。一般の拝観を受け付けておらず、これまで目に触れる機会がなかった至宝など約200点を初めて一挙に公開する。タイトルの「破草鞋」とは、破れた草鞋(わらじ)を表す言葉だ。転じて、自らが学んだ法や修めた道をちらつかせることなく、人知れず平凡に、破れた草鞋のように生きていくことこそが禅の修行の境地である、という意味を持ち、禅の心を伝える。

 

重要文化財の大徳寺龍光院兜門をくぐる小堀月浦和尚

重要文化財の大徳寺龍光院兜門をくぐる小堀月浦和尚

 

龍光院は、武将の黒田長政が父・黒田孝高(如水、官兵衛)の菩提を弔うため、江月宗玩(こうげつ・そうがん)和尚(1574~1643)を実質的な開祖として慶長11年(1606年)に建立された。大坂堺の豪商で茶人でもある天王寺屋・津田宗及の次男として生まれた江月は、高い教養と優れた禅風で知られる。当時の龍光院には、高松宮好仁親王、小堀遠州、松花堂昭乗ら一流の文化人が集う寛永文化の発信地でもあった。また天王寺屋伝来の名宝は、江月によって大坂夏の陣の難をくぐり抜け、現在その多くが龍光院に伝えられている。

 

狩野探幽筆《江月宗玩頂相 衆徒請》(江戸時代 1635年、大徳寺龍光院蔵)

狩野探幽筆《江月宗玩頂相 衆徒請》(江戸時代 1635年、大徳寺龍光院蔵)

 

今回の展覧会は、観光客の訪問を受け入れていない非公開の龍光院の全面協力を得て実現した。国宝の《曜変天目》は他の二碗と違い、天王寺屋から龍光院に寄進されてから約400年間、所蔵者が変わることなく、門外不出の、貴重すぎる名茶碗である。重要文化財の《油滴天目》(南宋時代 12-13世紀)もすばらしい。津田宗及が所持した天王寺屋の名宝で、琉球螺鈿が施された《螺鈿唐草文天目台》(16-17世紀)が付いての展示だ。

 

国宝《油滴天目》(南宋時代 12-13世紀)と、附属の《螺鈿唐草文天目台》(16-17世紀、いずれも大徳寺龍光院蔵)

国宝《油滴天目》(南宋時代 12-13世紀)と、附属の《螺鈿唐草文天目台》(16-17世紀、いずれも大徳寺龍光院蔵)

 

このほか《大井戸茶碗(龍光院井戸)》(朝鮮王朝時代 16世紀)や《唐物丸壷茶入(宗及丸壷)》(元-明時代 14-15世紀)、野々村仁清による《肩衝長(かたつきなが)茶入》(江戸時代 17世紀)、《津田宗及茶杓》(桃山時代 16世紀)など茶道具の名品には目を奪われる。

 

《大井戸茶碗(龍光院井戸)》(朝鮮王朝時代 16世紀、大徳寺龍光院蔵)

《大井戸茶碗(龍光院井戸)》(朝鮮王朝時代 16世紀、大徳寺龍光院蔵)

左)《丸壷茶入(宗及丸壷)》(元-明時代 14-15世紀、大徳寺龍光院蔵) 右)《津田宗及 竹茶杓》(桃山時代 16世紀、大徳寺龍光院蔵)

左)《丸壷茶入(宗及丸壷)》(元-明時代 14-15世紀、大徳寺龍光院蔵)
右)《津田宗及 竹茶杓》(桃山時代 16世紀、大徳寺龍光院蔵)

 

展示品には、禅の教えを伝える数多くの墨蹟や頂相(禅宗の高僧の肖像)も展示されている。国宝の《密庵咸傑(みったん・かんけつ)墨蹟 璋禅人宛法語》(南宋時代 1179年、4月7日まで展示)は、禅宗の修行全般について書かれ、日本に伝存する中国禅僧墨蹟の中でも最も名高いものなのだという。

 

ともに重要文化財である《柿栗図》(伝牧谿筆)や、《山水図》(伝馬遠筆)いずれも(南宋時代 13世紀)、さらに、天王寺屋伝来の名宝、寛永文化の美を伝える江月所用の品や江月に帰依した人々ゆかりの文物、歴代寺伝の什物、江月の時代から脈々と受け継がれる禅の法燈、龍光院の現在も紹介している。

 

左)伝牧谿筆 重要文化財《柿・栗図(柿)》(南宋時代 13世紀) 右)伝牧谿筆 重要文化財《柿・栗図(栗)》(南宋時代 13世紀)

左)伝牧谿筆 重要文化財《柿・栗図(柿)》(南宋時代 13世紀)
右)伝牧谿筆 重要文化財《柿・栗図(栗)》(南宋時代 13世紀)

奈良国立博物館の「国宝の殿堂 藤田美術館展―曜変天目茶碗と仏教美術のきらめき―」
国宝・重要文化財の美術品62件オンパレード

《曜変天目茶碗》をはじめ、世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵する藤田美術館は、まさに国宝の殿堂と称される。美術館建替えのために、2022年まで一時閉館中であり、国宝9件、重要文化財53件を含む128件の美術品がまとめて奈良国立博物館に出陳(前期~5月12日、後期5月14日~)される。

 

藤田美術館の国宝《曜変天目茶碗》(南宋時代 12-13世紀)部分

藤田美術館の国宝《曜変天目茶碗》(南宋時代 12-13世紀)部分

 

藤田美術館は、明治期に大阪で活躍した旧男爵で実業家の藤田傳三郎(1841~1912)と息子平太郎、徳次郎兄弟の親子二代によって収集された美術工芸品を公開するため、昭和29年(1954年)に大阪市の中心部に開館した。

 

藤田傳三郎の肖像

藤田傳三郎の肖像

 

美術愛好家だった傳三郎は、明治維新を機に、旧家や神社仏閣などに伝わった美術品が数多く流出し、それらが粗雑に扱われ、海外へ流出している状況を憂い、その散逸を防ぐため収集に乗り出したという。約2000件におよぶコレクションは、茶道具、墨蹟、水墨画、能装束、絵巻、仏像、仏画、仏教工芸、経典、考古資料など多岐にわたる。

 

今回の展覧会では、奈良の地での開催にふさわしく、仏教美術にも焦点をあてている。展覧会の構成は、第1章の「曜変天目茶碗と茶道具」に始まり、「墨蹟と古筆」「物語絵と肖像」「仏像」「尊像と羅漢」「荘厳と法具」「仏典」「面と装束」、そして「多彩な美の殿堂」の9章立てだ。主な展示品を取り上げる。

 

まず国宝の《曜変天目茶碗》は、徳川家康が所蔵し、これを譲り受けた水戸徳川家、藤田家を経て今日に伝えられた。これまで数度しか館外に出たことのない珠玉の名品だ。重要文化財の《交趾(こうち)大亀香合》は、付属の盆に千利休の花押があり、傳三郎が憧れ続け、亡くなる直前に入手したそうだ。  国宝の《玄奘三蔵絵》(鎌倉時代 14世紀、巻第1・2:前期展示、巻第3・4:後期展示)は、西遊記の三蔵法師のモデルとなった、唐代の高僧・玄奘三蔵の生涯を描いた全12巻の長大な絵巻で、鮮やかな色彩や人物・景観が描写されている。かつて興福寺の大乗院に所蔵されていた。

 

国宝《玄奘三蔵絵》巻第三 部分(鎌倉時代 14世紀、藤田美術館蔵)

国宝《玄奘三蔵絵》巻第三 部分(鎌倉時代 14世紀、藤田美術館蔵)

 

こちらも国宝の《大般若経(薬師寺経)》(奈良時代 8世紀)は、玄奘三蔵が翻訳した全600巻に及ぶ最大の経典。朝野魚養(うおかい)が書写したとの伝承があり「魚養経」と呼ばれ、387巻を藤田美術館が所蔵する。巻第五十七・二百五十一・四百四十六・五百・五百四の5巻が出陳される。

 

国宝《大般若経(薬師寺経)》(奈良時代 8世紀、藤田美術館蔵)

国宝《大般若経(薬師寺経)》(奈良時代 8世紀、藤田美術館蔵)

 

筆者が朝日新聞時代に企画した「西遊記のシルクロード 三蔵法師の道」(1999年)で、藤田美術館から《玄奘三蔵絵》と《大般若経》の一部を借用しており、何度も訪館した思い出がある。藤田邸跡地に建ち、庭園も藤田邸跡公園として整備されていて、美術館観賞の後も散策を楽しめた。

 

藤原宗弘筆の《両部大経感得図》(平安時代 1136年)も国宝。密教の胎蔵・金剛界の両部曼荼羅の典拠となる『大日経』と『金剛頂経』の伝来をめぐる説話を描いている。快慶作の《地蔵菩薩立像》(鎌倉時代 13世紀)は重要文化財。極彩色に彩られた地蔵菩薩の像だ。

 

重要文化財 快慶作《菩薩立像(部分)》(鎌倉時代 13世紀、藤田美術館蔵)

重要文化財 快慶作《菩薩立像(部分)》(鎌倉時代 13世紀、藤田美術館蔵)

 

国宝《仏功徳蒔絵経箱》(平安時代 11世紀)は、経巻を入れるための木製の箱だが、法華経の説話の場面が蒔絵で美しく描かれている。このほか《紫式部日記絵詞》(鎌倉時代 13世紀)、《柴門(さいもん)新月図》(室町時代 1405年)、《深窓秘抄》(平安時代 11世紀)など、ずらり国宝のオンパレードだ。

 

国宝《仏功徳蒔絵経箱》(平安時代 11世紀、藤田美術館蔵)

国宝《仏功徳蒔絵経箱》(平安時代 11世紀、藤田美術館蔵)

左上) 国宝《紫式部日記絵詞》(鎌倉時代 13世紀、藤田美術館蔵) 左下)国宝《深窓秘抄》(平安時代 11世紀、藤田美術館蔵) 右)国宝《柴門(さいもん)新月図》(室町時代 1405年、藤田美術館蔵)

左上) 国宝《紫式部日記絵詞》(鎌倉時代 13世紀、藤田美術館蔵)
左下)国宝《深窓秘抄》(平安時代 11世紀、藤田美術館蔵)
右)国宝《柴門(さいもん)新月図》(室町時代 1405年、藤田美術館蔵)

静嘉堂文庫美術館の「日本刀の華 備前刀」
名刀や刀装具の名品に加え、《曜変天目》特別展示

最後の《曜変天目》の由来は、徳川将軍家所蔵であったものが、三代将軍・家光の時代、春日局を経て、後に淀藩主となる稲葉家へ伝えられたとされる。静嘉堂文庫美術館では今回、外光の入る空間に展示されるため、朝から夕方にかけて、日の光によって刻々と変化していく光彩を楽しめる。

 

今回の展覧会は、「備前刀の宝庫」といわれる静嘉堂所蔵の重要文化財4振、重要美術品11振を含む、30振が顔揃いする企画展に、《曜変天目茶碗(稲葉天目》を、前記二館に合わせ、特別出品という形だ。その趣旨について、プレスリリースを参考に記す。

 

重要文化財《古備前高綱太刀》(鎌倉時代 12-13世紀、静嘉堂文庫美術館蔵)

重要文化財《古備前高綱太刀》(鎌倉時代 12-13世紀、静嘉堂文庫美術館蔵)

 

日本刀の主要製作地として山城・大和・備前・相模・美濃のうち、備前(岡山県南東部)は、上質な原料や水運の利に恵まれ、平安時代より優れた刀工を輩出し、圧倒的な生産量を誇ったことから、現在「刀剣王国」と称されている。

 

備前刀の特徴は、「腰反(こしぞ)り」の力強い姿と、杢目(もくめ)を主体とした精緻な地鉄(ぢがね)に、「丁子乱(ちょうじみだ)れ」と呼ばれる変化に富んだ刃文とされている。その豪壮にして華やかな作風は、鎌倉武士や戦国武将たちをはじめ、多くの人々を魅了してきた。

 

静嘉堂所蔵の刀剣は、創設者の岩﨑彌之助が、廃刀令直後の明治10年頃から蒐集したものを基礎に、息子の小彌太が拡充した。彌之助による刀剣蒐集は生涯で数百振に及んだというが、刀剣鑑定家・今村長賀の影響もあって、備前の古名刀が多く蒐まった。現在、静嘉堂が所蔵する刀剣約120振のうち約4割を備前刀が占めている。

 

展覧会では、「古備前」と呼ばれる備前刀初期の刀工群から、一文字・長船・畠田・吉井・鵜飼など各流派による作風の展開をたどっている。併せて江戸時代に幕府の御用をつとめた後藤家歴代とその門流(脇後藤)による刀装具にも着目している。

 

後藤家は、室町時代中期の足利義政以来、足利将軍家、戦国時代の織田信長、豊臣秀吉、江戸幕府260年の間、16代にわたって時の権力者に重用され、その作品は、武家の装う金工の中でも最高の格式をもつとされていた。

 

《朱塗鞘打刀拵(古備前高綱太刀附属)》(桃山時代 16世紀、静嘉堂文庫美術館蔵)

《朱塗鞘打刀拵(古備前高綱太刀附属)》(桃山時代 16世紀、静嘉堂文庫美術館蔵)

 

主な展示品(いずれも静嘉堂文庫美術館蔵)を列記する。重要文化財の《古備前高綱太刀》(鎌倉時代 12-13世紀) は、織田信長の重臣・滝川一益が信長から拝領したとされる名作。《朱塗鞘打刀拵(古備前高綱太刀附属)》(桃山時代 16世紀)と並べての展示だ。《嘉禎友成太刀(銘 五月六日友成)》(鎌倉時代 1237年)も重要文化財で古備前名工の作。

 

重要文化財《嘉禎友成太刀(銘 五月六日友成)》(鎌倉時代 1237年、静嘉堂文庫美術館蔵)

重要文化財《嘉禎友成太刀(銘 五月六日友成)》(鎌倉時代 1237年、静嘉堂文庫美術館蔵)

 

同じく重要文化財の《長船真長小太刀》(鎌倉時代 13-14世紀)には、幕末明治期に流行した《黒糸巻柄突兵拵》(明治時代 19世紀)が附いている。《一文字守利太刀(銘 守利〔金象嵌〕本多平八郎忠為所持之)》(鎌倉時代 13世紀)も並ぶ。

 

重要文化財の《長船真長小太刀》(鎌倉時代 13-14世、静嘉堂文庫美術館蔵)

重要文化財《長船真長小太刀》(鎌倉時代 13-14世、静嘉堂文庫美術館蔵)

《黒糸巻柄突兵拵》(明治時代 19世紀、静嘉堂文庫美術館蔵)

《黒糸巻柄突兵拵》(明治時代 19世紀、静嘉堂文庫美術館蔵)

《一文字守利太刀(銘 守利〔金象嵌〕本多平八郎忠為所持之)》(鎌倉時代 13世紀、静嘉堂文庫美術館蔵)

《一文字守利太刀(銘 守利〔金象嵌〕本多平八郎忠為所持之)》(鎌倉時代 13世紀、静嘉堂文庫美術館蔵)

 

刀装具では、名工が到達した技と芸に魅了される。伝後藤乗真の《十二支図三所物》(室町時代 16世紀)は、超絶技巧の高彫り色絵が施されている。また後藤方乗の《宇治川先陣図三所物》(江戸時代 16世紀)は、源平合戦の宇治川の戦い(1184年)をテーマに巧みに制作している。

 

伝後藤乗真の《十二支図三所物》(室町時代 16世紀、静嘉堂文庫美術館蔵)

伝後藤乗真の《十二支図三所物》(室町時代 16世紀、静嘉堂文庫美術館蔵)