「超絶」とは、広辞苑によると、他よりとびぬけてすぐれること、とある。そうした形容詞を冠した二つの展覧会を取り上げる。「吉村芳生の世界展~超絶技巧を超えて~」が、東京ステーションギャラリーで新年1月20日まで開かれている。1年間毎日描き続けた365枚の自画像や、1文字1文字をすべて書き写した新聞紙など、見る者の度肝を抜く。一方、「驚異の超絶技巧!明治工芸から現代アートへ」は、大阪・あべのハルカス美術館で1月26日から4月14日まで開かれる。こちらは本物と見まがう野菜や果物、自在に動く動物や昆虫、精緻な装飾や細かなパーツで表現された器やオブジェ…などが並ぶ。こうした作品を目にすると、「超絶」の意味を超え、「神技」と表現した方がしっくりする。百聞は一見にしかずではあるが、その凄腕を画像とともに紹介する。

東京ステーションギャラリーの「吉村芳生の世界展~超絶技巧を超えて~」
質量圧巻の自画像、700点で全貌に迫る

吉村芳生は1950年に山口県防府市で生まれ、地元の芸術短大卒業後、広告代理店にデザイナーとして勤務。その後、上京して創形美術学校で版画を学び、27歳で本格的な画業に入った。版画と鉛筆による細密描写で数多くの作品を手がけ、30~40代に国内外のコンクールで高い評価を得るが、知名度は高くなかった。

 

1985年から山口市内に居を定め、主に地元の公募展などを発表の場としていた一地方画家に転機が訪れたのは、東京・六本木ヒルズの森美術館での「六本木クロッシング2007:未来への脈動」展だった。出品した作品が一躍注目を集め、再ブレイクのような形で、その名がアートの世界で知れ渡るようになった。この時、吉村はすでに57歳になっていた。

 

吉村の作品は高知など県外の美術館で展示されるようになり、2010年には、出身地の山口県立美術館で大規模個展「吉村芳生展 ─とがった鉛筆で日々をうつしつづける私」が開かれ、40日間の会期中に約4万3000人もの観客があった。しかし、その3年後に63歳で病のため逝去した。

 

今回は東京初の一大回顧展で、日常のありふれた風景をモノトーンのドローイングや版画で描いた初期の作品群、色鉛筆を駆使してさまざまな花を描いた後期の作品群、そして生涯を通じて描き続けた自画像など700点以上を、3章で構成している。章ごとに作風が大きく変化するのも見どころだ。主な作品を紹介する。

 

事前に届いたプレスリリースに着目し、開会前日のプレス向け内覧会に駆けつけた。本展の監修を務めた東京ステーションギャラリーの冨田章館長と、芳生の息子でアーティストの吉村大星が作品について解説。冨田館長によると、「吉村が東京で学んだ版画の原理を応用し、対象を直接描くというスタイルではなく、版を使うという方法が、制作の基盤になった」と強調していた。

 

まず「ありふれた風景」の章では、展示室を入ってすぐ《365日の自画像 1981.7.24-1982.7.23》(1981-90、山口県立美術館蔵)が展示されている。自画像は吉村がライフワークとした題材で、「世界一多く自画像を描いた画家」であろう。1年365日、毎日撮った自分の顔写真を鉛筆画で写したもの。しかし毎日1枚描いた訳ではなく、完成までには9年の歳月がかかっている。1年ではそれほど変わらない自分の顔を描く行為にあきれるが、その執着心に驚嘆する。

 

《365日の自画像 1981.7.24-1982.7.23》(1981-90、山口県立美術館蔵)

《365日の自画像 1981.7.24-1982.7.23》(1981-90、山口県立美術館蔵)

 

続いて《ドローイング 金網》(1977年)は、展示室の壁をつたうように横幅は約17メートルもある。本物の金網を紙に重ねプレス機にかけて、その金網の跡をなぞって描いたという。こちらは70日間かけ、描いた網目の数は1万8000に及ぶそうだ。《河原№9》(1978年)や《SCENE 85-8》(1985年、東京ステーションギャラリー蔵)などの連作も目立つ。

 

《ドローイング 金網》(1977年)

《ドローイング 金網》(1977年)

左)《河原№9》(1978年) 右)《SCENE 85-8》(1985年、東京ステーションギャラリー蔵)

左)《河原№9》(1978年)
右)《SCENE 85-8》(1985年、東京ステーションギャラリー蔵)

 

さらに《ジーンズ》(1983年)は、写真を拡大したプリントの上に鉄筆で2.5ミリ四方のマス目を引き、その各マス目に鉛筆で細密描写した作品。この章では、通りや駐車場、友人たち、灰皿など日常のありふれた情景をモノクローム作品が並ぶ。当時の制作手法について、吉村は新聞で、「機械が人間から奪っていった感覚を取り戻したい」と説明している。

 

《ジーンズ》(1983年)

《ジーンズ》(1983年)

 

次の章「百花繚乱」は、一転してカラフルで華やかな世界へ変わる。吉村は黒鉛筆から、ファーバーカステル社の120色の色鉛筆を駆使し、色とりどりの花々を描くことに挑む。写実的に描かれた《バラ》(2004年、みぞえ画廊蔵)や《ケシ》(2005年)をはじめコスモスやタンポポ、ヒマワリが咲き誇る。そこには自らの進む道への迷いもありつつ、これといった定職を持たなかった吉村は、生活をするために売れる絵を描く側面もあったようだ。

 

《バラ》(2004年、みぞえ画廊蔵)

《バラ》(2004年、みぞえ画廊蔵)

《ケシ》(2005年)

《ケシ》(2005年)

 

《未知なる世界からの視点》(2010年)は、山口県の仁保川に浮かぶような中州の風景を描いた全長10メートル22センチの超大作。曇天下に咲く菜の花の群生が風に揺らぐ川面を、あえて天地逆にして完成とした。吉村大星さんの話では、「水面を現実の世界として表現し、あえて逆さまに置くことで死後の世界を意識したのではと思います」と話していた。

 

《未知なる世界からの視点》(2010年)

《未知なる世界からの視点》(2010年)

 

もう一点《無数の輝く生命に捧ぐ》(2011-13年)も幅7メートル14センチの大画面。東日本大震災後に書かれた作品で、犠牲になられたかたがたの魂を藤の花々として表現したという。左端から右端へと順々に埋めていくように描いているが、右端の方が消えていくように描かれている。

 

《無数の輝く生命に捧ぐ》(2011-13年)

《無数の輝く生命に捧ぐ》(2011-13年)

 

最後の章は「自画像の森」。吉村の代名詞とも言える自画像が再び登場する。ステーションギャラリー特有の回廊型の展示スペースの壁は自画像で埋め尽くされている。インド各地を旅した作品は《ニューデリーの自画像》や《ジャルマハルの自画像》、《エレファンタの自画像》(いずれも1986年)などと題して、それぞれの景色を背景にした自画像をカラーで描いている。

 

壁を埋め尽くす《新聞と自画像》の展示

壁を埋め尽くす《新聞と自画像》の展示

《ニューデリーの自画像》(中央、1986年)などの展示

《ニューデリーの自画像》(中央、1986年)などの展示

 

2000年代に入ると、新聞の上に自画像を描くシリーズ《新聞と自画像》全364点(2009年)などに着手する。既存の新聞紙上に自画像を描く形式と、実寸より拡大して描いた新聞紙の上に自画像を描いた形式もある。例えばノーベル賞 日本人3氏の見出しで掲載された《新聞と自画像 2008.10.8 毎日新聞》(2008年)を報じた紙面は、新聞活字も鉛筆で一字一字描かれている。

 

《新聞と自画像 2008.10.8 毎日新聞》(2008年)

《新聞と自画像 2008.10.8 毎日新聞》(2008年)

 

吉村が目を通した新聞1面を拡大コピーし、カメラで自身の顔を撮影する。その紙面と表情を同じ紙に重ねて描き写す。新聞の文字や写真、広告も細部にわたって写し取っている。英字新聞の《新聞と自画像 2009.1.22 ジャパンタイムズ》(2009年)や、「3.11」の紙面を使った自画像など多種多様な自画像のオンパレード。その紙面の内容に連動するかのように、吉村の自画像も変化する。初期の作品と異なり、豊かな表情は、まるで100面相。その数や「凄い」の一語だ。

 

《新聞と自画像 2009.1.22 ジャパンタイムズ》(2009年)などの展示

《新聞と自画像 2009.1.22 ジャパンタイムズ》(2009年)などの展示

「3.11」の紙面を使った自画像では驚きや憤りの表情

「3.11」の紙面を使った自画像では驚きや憤りの表情

 

膨大な時間を費やして制作された、写真と見紛うほどの圧倒的な描写力は、見る者の心を打つ。「吉村芳生 超絶技巧を超えて」と題された今回の展覧会は、超絶技巧のその先にある意味に迫る。会場には、制作過程が分かるような資料も展示されている。吉村が意味と無意味の間で探り続けた、描くこと、表現すること、生きることとは何かのメッセージは…。会場に足を運んで、個々確かめていただきたい。

 

《新聞と自画像》の展示を前に解説する東京ステーションギャラリーの冨田章館長

《新聞と自画像》の展示を前に解説する東京ステーションギャラリーの冨田章館長

 

展覧会は、奥田元宋・小由女美術館(2019年2月22日~4月7日)、美術館「えき」KYOTO(5月11日~6月2日)、水野美術館(2020年4月11日~5月31日)に巡回する。

 

大阪・あべのハルカス美術館の「驚異の超絶技巧!明治工芸から現代アートへ」
木工や金工、七宝など多ジャンルの造形の数々

「超絶技巧」でとんでもないレベルの絵画を描いた吉村芳生同様に、木工や金工、七宝、陶磁、自在置物などで、超人的な作品を生み出した明治期の職人たちや、そのDNAを受け継いだ現代の工芸作家もいる。「驚異の超絶技巧展」は、現代の若手作家のアートにもスポットを当てている。すでに東京の三井記念美術館を皮切りに、岐阜、山口、富山を回り、新年の大阪会場が最終となる。

 

明治維新の影響で、それまで藩のお抱えだった蒔絵師や、刀装具に関わる金工師などの職人たちは、幕藩体制が崩壊し、パトロンを失い窮地に陥った。そこで彼らは、外国人の好みを取り入れた工芸品を作り始め、新たな販路を求めた。その「超絶技巧」とも形容される技術によって生まれた作品は、万国博覧会などでも好評を博し、政府により殖産興業として位置づけられ、華やかな色彩で飾られた欧米向けの輸出製品が数多く制作された。

 

近年、陶磁や七宝、金工、牙彫、刺繍絵画など、主に輸出用としてつくられた工芸作品が海外から里帰りし、その緻密な技巧を目にする機会が増えた。「没後100年 宮川香山」展や、「明治有田 超絶の美―万国博覧会の時代―」展なども開催され、いずれも好評で脚光を浴びた。

 

今回の展覧会は、2014~15年に全国6会場を巡回した「超絶技巧!明治工芸の粋」展の第2弾で、国外に流出した明治工芸を精力的に収集する村田理如氏(京都・清水三年坂美術館館長)のコレクションなどから、多岐にわたるジャンルの作品を展示し、古今の驚異の造形に迫っている。主なジャンル別出品作を、プレスリリースを参考に取り上げる。

 

まずは明治を代表する工人の一人、並河靖之(1845-1927)は、器胎に金属線を貼って文様の輪郭線を作り、釉薬をさして、窯で焼き付ける有線七宝において、精緻な文様と洗練された色彩表現を極めた。《蝶に花の丸唐草文花瓶》や、《紫陽花図花瓶》(いずれも清水三年坂美術館蔵)が目を引く。

 

左)並河靖之《蝶に花の丸唐草文花瓶》 右)並河靖之《紫陽花図花瓶》    (清水三年坂美術館蔵)

左)並河靖之《蝶に花の丸唐草文花瓶》(清水三年坂美術館蔵)
右)並河靖之《紫陽花図花瓶》(清水三年坂美術館蔵)

 

明治期の漆工では、もとは蒔絵師だった柴田是真(1807-91)は新技法の研究、開発でも知られる。《古墨形印籠》は、一見墨とみせかけ、ひび割れや、欠けた様子も漆でわざと作っている。大正期に活躍した赤塚自得(1871-1936)の《藤花蒔絵提箪笥》(清水三年坂美術館蔵)は縦横無尽に藤花が施されていて絶品だ。

 

柴田是真《古墨形印籠》

柴田是真《古墨形印籠》

赤塚自得《藤花蒔絵提箪笥》(清水三年坂美術館蔵)

赤塚自得《藤花蒔絵提箪笥》(清水三年坂美術館蔵)

 

牙彫では、安藤緑山(1885-1959)が異彩を放つ。《胡瓜》や《パイナップル、バナナ》(清水三年坂美術館蔵)など精緻な彫刻と入念な着色で本物そっくりに作られている。木彫の旭玉山(1843-1923)の《銀杏鳩図文庫》(清水三年坂美術館蔵)は、第54回美術展覧会で一等賞金牌を受賞した。

 

左)安藤緑山《胡瓜》 右)安藤緑山《パイナップル、バナナ》(清水三年坂美術館蔵)

左)安藤緑山《胡瓜》
右)安藤緑山《パイナップル、バナナ》(清水三年坂美術館蔵)

旭玉山《銀杏鳩図文庫》(清水三年坂美術館蔵)

旭玉山《銀杏鳩図文庫》(清水三年坂美術館蔵)

 

自在作品では、高瀬好山(1869-1935)の《飛鶴吊香炉》の丹頂鶴の飛ぶ姿をリアルに表現していて羽が伸縮できる。陶磁では、宮川香山(1842-1916)の《崖ニ鷹大花瓶》(眞葛ミュージアム蔵)は高浮彫の薔薇の下に猫の姿が精緻に表わされている。金工作品では、宗金堂の《象嵌銅香炉》や、正阿弥勝義の《群鶏図香炉(蟷螂摘)》(いずれも清水三年坂美術館蔵)などが並ぶ。

 

高瀬好山《飛鶴吊香炉》

高瀬好山《飛鶴吊香炉》

左)宗金堂《象嵌銅香炉》(清水三年坂美術館蔵) 右)正阿弥勝義《群鶏図香炉(蟷螂摘)》(清水三年坂美術館蔵)

左)宗金堂《象嵌銅香炉》(清水三年坂美術館蔵)
右)正阿弥勝義《群鶏図香炉(蟷螂摘)》(清水三年坂美術館蔵)

 

ここからは現代作家で、稲崎栄利子(1972-)の陶磁作品《Arcadia》(2016年)ほか、前原冬樹(1962-)の木彫《一刻:皿に秋刀魚》(2014年)、同じく木彫で大竹亮峯(1989-)の《飛翔》(2017年)、高橋賢悟(1982-)の金工作品《origin as a human》(2015年)など、世間的にはさほど知名度がないが機知に富んだ「超絶技巧」の作品が目白押しだ。

 

左)稲崎栄利子《Arcadia》(2016年) 右)大竹亮峯《飛翔》(2017年)

左)稲崎栄利子《Arcadia》(2016年)   右)大竹亮峯《飛翔》(2017年)

前原冬樹《一刻:皿に秋刀魚》(2014年)

前原冬樹《一刻:皿に秋刀魚》(2014年)

髙橋賢悟《origin-as-a-human》(2015年)

髙橋賢悟《origin-as-a-human》(2015年)

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誰もがデジタルカメラやスマートフォンを持ち風景や人物を撮影しすぐ見ることでき、デジタル画像に加工すると油彩画風の画像になる技術などもある時代、写実はどのような意味をもっているのであろうか。アートの世界では、まず独創的・個性的・コンセプチュアルであることが求められ、「写実的であること」「技巧的であること」に対しては、評価されなかった傾向がある。

 

しかし今回二つの「超絶技巧」を駆使した写実作品を目にすれば、その表現力と存在感に圧倒されるであろう。究極の技術で生み出された美しい作品は、作家の「魔力」であり、作家の精神性や、メッセージ性を感じる。まさに「百聞は一見に如かず」であると強調しておこう。