今年は猛暑だけでなく、豪雨や台風、地震と自然の猛威が続き災害列島と化してしまった。そんな異常な夏も過ぎ、やっと秋の気配。「美術の秋」の到来でもあり、関西の美術館も一斉に展示替えが進む。絵画展が主流の美術界にあって、今回は、古代の出土品や陶磁の名品、名刀を紹介する企画展にスポットをあてる。滋賀のMIHO MUSEUMでは、秋季特別展「アメリカ古代文明 超自然へのまなざし」が10月8日まで、大阪市立東洋陶磁美術館でも特別展「高麗青磁-ヒスイのきらめき」は、11月25日までそれぞれ開かれている。また京都国立博物館では、特別展「京(みやこ)のかたな 匠のわざと雅のこころ」が29日から11月25日まで開催。時代や地域も異なる多様な文化に触れられる催しは、いずれも巡回しない独自企画なので、行楽を兼ね足を運んで楽しんでいただきたい。

秋季特別展「アメリカ古代文明 超自然へのまなざし」
表情豊かな仮面など造形美100点

まずは古代アメリカから。私たちの世代では1492年にコロンブスがアメリカ大陸を発見という歴史を学んできたが、現在では通説ではない。諸説ある中、紀元15世紀に「新大陸」を“発見”した時、すでにそこには1万数千年に及ぶ人々の営みがあった。東アジアからアメリカ大陸北部に到達した人々は、数千年かけてアメリカ大陸南端まで到達し、各地で独自の文明を築いていたのだ。大陸最古の文明といわれるオルメカ文明を中心に、マヤ文明、アステカ文明など独自の文明が花開いたのだった。

 

現代に受け継がれた出土品は、儀礼に使われたものが多く、そのベースにあるのは高度な暦だった。古来、人々は神々を畏れ敬い、宇宙と自然の循環を体感した。厳しい自然環境の変化に応じた農耕や、天体の運行に人間(主に首長)が責任を担い、正しい時に正しく儀式を行うことが、彼らの生活を存続させるのに不可欠だった。

 

今回の展覧会では、彼らの残した石彫はじめ、陶器、金属工芸、さらに初公開となるアンデスの染織品4点を含む100余点を展示。彼らの精神世界を探るとともに、自然や宇宙の神秘に寄り添ってきたアメリカ古代文明を紐解こうという趣旨だ。仮面や神々、儀礼の宴、動物や染織など細かく10章で構成されているが、印象に残った主な展示品をピックアップして取り上げる。

 

まず図録やチラシの表面を飾っているのが、《仮面》(オルメカ、リオ・ペスケーロ、メキシコ・ベラクルス州、前900~前600年)だ。翡翠(ヒスイ)で作られたこの仮面は、まるで能面のように美しい。優れた材質を精巧に彫ったオルメカの工人の職人技といえよう。いつまでも若々しい仮面は王など身分の高い者が儀式などで使い、死後に奉納物として墳墓などに収められたのであろう。

 

 

《仮面》(オルメカ、リオ・ペスケーロ、メキシコ・ベラクルス州、前900~前600年)MIHO MUSEUM所蔵

《仮面》(オルメカ、リオ・ペスケーロ、メキシコ・ベラクルス州、前900~前600年)MIHO MUSEUM所蔵

 

《人物立像》(オルメカ、前900~前600年)も、翡翠で作られた高さ約23センチほどの小像だ。首が短く、頭部が大きく、姿は変形。目の下まぶたは膨らみ、曲がった口はやや開き、緊張した面持ちで表現されている。結んだ手と足の指は線刻で境目を施している。これも何らかの意味を持たせ儀式に使われたか、墓に供えられ、副葬されたのであろうか。

 

《人物立像》(オルメカ、前900~前600年)MIHO MUSEUM所蔵

《人物立像》(オルメカ、前900~前600年)MIHO MUSEUM所蔵

 

黄褐色の粘土で成形された《人物座像(一対)》(エルサルバドル、オルメカ様式、前1200~前350年)は、20センチ足らずと小さいが、保存状態が良い。左の小さい像の尖った頭に5つの穴があり、右の像の腹には皺を表した山形の溝が特徴的だ。他にも数多くの人物像が展示され、その表情がすべて異なり興味深い。

 

《人物座像(一対)》(エルサルバドル、オルメカ様式、前1200~前350年)MIHO MUSEUM所蔵

《人物座像(一対)》(エルサルバドル、オルメカ様式、前1200~前350年)MIHO MUSEUM所蔵

 

権威を示す仮面に《太陽の仮面と胸飾》(コロンビア、マラガナあるいはカリマ、前200~後200年)があり、こちらは金製だ。顔と胴を覆うだけの大きさがあり、首長兼神官が儀式用の装身具として使用したと考えられている。一方、銅製の《仮面》(ペルー、モチーカ、後200年~700年)は、人間を模してではなく、神の形状で、支配階級の人物が威厳を示すために用いたようだ。

 

左)《太陽の仮面と胸飾》(コロンビア、マラガナあるいはカリマ、前200~後200年)MIHO MUSEUM所蔵 右)《仮面》(ペルー、モチーカ、後200年~700年)MIHO MUSEUM所蔵

左)《太陽の仮面と胸飾》(コロンビア、マラガナあるいはカリマ、前200~後200年)
右)《仮面》(ペルー、モチーカ、後200年~700年)
MIHO MUSEUM所蔵

 

動物を模した《猿形容器》(ペルー、サリナール、前200~後100年頃)や《犬装飾四脚容器》(グアテマラ、中央マヤ低地、後300~600年)など、造形的に面白い。《幾何学文大甕》(アメリカ、ホホカム サカトン様式、10~11世紀)などは、現代にも通じる優れたデザインだ。

 

左)《猿形容器》(ペルー、サリナール、前200~後100年頃) 右)《犬装飾四脚容器》(グアテマラ、中央マヤ低地、後300~600年)MIHO MUSEUM所蔵

左)《猿形容器》(ペルー、サリナール、前200~後100年頃)
右)《犬装飾四脚容器》(グアテマラ、中央マヤ低地、後300~600年)
MIHO MUSEUM所蔵

《幾何学文大甕》(アメリカ、ホホカム サカトン様式、10~11世紀)MIHO MUSEUM所蔵

《幾何学文大甕》(アメリカ、ホホカム サカトン様式、10~11世紀)MIHO MUSEUM所蔵

 

今回の展示品はすべてMIHO MUSEUMコレクションで、これまでにも展示されているが、《貫頭衣 幾何的文様》(リオグランデ流域南部、ナスカ文化後期)や、《貫頭衣 小菱文様縞》(カマナ ぺルー、南部海岸地帯、汎海岸ワリ文化)は初めての出品だ。これらの布は獣毛で覆われ、身につける人物の霊力を高めたことであろう。

 

左)《貫頭衣 幾何的文様》(リオグランデ流域南部、ナスカ文化後期) 右)《貫頭衣 小菱文様縞》(カマナ ぺルー、南部海岸地帯、汎海岸ワリ文化)MIHO MUSEUM所蔵

左)《貫頭衣 幾何的文様》(リオグランデ流域南部、ナスカ文化後期)
右)《貫頭衣 小菱文様縞》(カマナ ぺルー、南部海岸地帯、汎海岸ワリ文化)
MIHO MUSEUM所蔵

特別展「高麗青磁-ヒスイのきらめき」
「幻のやきもの」約250件、一堂に

次は朝鮮半島の高麗王朝時代(918~1392年)へ。高麗青磁は王朝の滅亡とともに姿を消し、人々にも忘れさられた「幻のやきもの」だった。ところが500年の時を経た19世紀末から20世紀初頭にかけて、高麗の王陵をはじめとする墳墓や遺跡などが掘り起こされ、再び世に現れた。翡翠のきらめきにも似た美しい釉色の高麗青磁は、瞬く間に当時の人々を魅了し、その再現品もつくられるなど、一躍脚光を浴びたのだった。

 

高麗王朝では仏教が国教となったが、同時に道教も盛んだった。一方、中国から喫茶や飲酒文化が伝えられ王室や貴族、寺院で流行する。こうして祈りの場や儀礼、喫茶具や飲酒具などに用いられるものとして高麗青磁が生まれ、独自の発展を遂げた。こうした歴史を背景に、高麗青磁には人々の祈りや思いが込められ、王朝文化の精髄が見事に具現化された。

 

今年は、高麗王朝建国1100周年にあたることから、東洋陶磁美術館では所蔵の高麗青磁を中心に、国内の代表作も加えた名品約250件を一堂に会しての催しとなった。同館にとって約30年ぶりの開催で、今回は特別に20世紀初頭に作られた再現品も出品されている。

 

展示構成は、「近代における高麗青磁の『再発見』と再現」を序章に、第1章が「『茶具』の生産―高麗青磁と茶」、第2章が「麗しのうつわ―高麗の生活と青磁」、第3章が「祈りの場を荘厳する」となっている。こちらは章ごとに主な作品(いずれも高麗時代)を紹介する。

 

第1章の《青磁象嵌雲鶴文碗》(12世紀、大阪市立東洋陶磁美術館/李秉昌博士寄贈)は、器壁がほぼ直線的に大きく広がり、幽玄な趣をたたえた深い灰青緑色の釉色が白雲と白鶴を包み込み、一面に静けさが満ちる。《青磁陰刻花文輪花形碗・托》(12世紀前半、大阪市立美術館)は、黄蜀葵(おうしょっき)の花びらを捻花(ねじりばな)状に仕上げた盞(碗)と托のセットである。

 

左)《青磁象嵌雲鶴文碗》(12世紀、大阪市立東洋陶磁美術館/李秉昌博士寄贈) 写真 六田知弘 右)《青磁陰刻花文輪花形碗・托》(12世紀前半、大阪市立美術館) 写真 六田知弘

左)《青磁象嵌雲鶴文碗》(12世紀、大阪市立東洋陶磁美術館/李秉昌博士寄贈) 写真 六田知弘
右)《青磁陰刻花文輪花形碗・托》(12世紀前半、大阪市立美術館) 写真 六田知弘

 

第2章では、《青磁透彫唐草文箱》(12世紀、東京国立博物館)が、精緻な透彫技法が気品を漂わせる。蓋の中央には稜花形の窓に牡丹文、その周囲に唐草文など華麗な文様を施した化粧箱だ。《青磁象嵌竹鶴文梅瓶》(12世紀後半~13世紀前半、大阪市立東洋陶磁美術館/住友グループ寄贈[安宅コレクション])は、胴の中央で高く茂った竹の根元に鶴が遊び、叙情的で絵画的な文様構成を見せる。

 

《青磁透彫唐草文箱》(12世紀、東京国立博物館)Image : TNM Image Archives

《青磁透彫唐草文箱》(12世紀、東京国立博物館)Image : TNM Image Archives

《青磁象嵌竹鶴文梅瓶》(12世紀後半~13世紀前半、大阪市立東洋陶磁美術館/住友グループ寄贈[安宅コレクション])写真 六田知弘

《青磁象嵌竹鶴文梅瓶》(12世紀後半~13世紀前半、大阪市立東洋陶磁美術館/住友グループ寄贈[安宅コレクション])写真 六田知弘


この章では、重要文化財の。《青磁象嵌童子宝相華唐草文水注》(12世紀後半~13世紀前半、大阪市立東洋陶磁美術館/住友グループ寄贈[安宅コレクション])もすばらしい。蔓草にたわむれる童子の文様には、子孫繁栄の願いが込められている。《青磁輪花形盤(三点)》(12世紀前半、静嘉堂文庫美術館)は、10弁の輪花形の側面がゆるやかに立ち上がる、薄く精巧な作りの盤である。

 

左)《青磁象嵌童子宝相華唐草文水注》(12世紀後半~13世紀前半、大阪市立東洋陶磁美術館/住友グループ寄贈[安宅コレクション])写真 六田知弘 右)《青磁輪花形盤(三点)》(12世紀前半、静嘉堂《青磁陽刻龍波濤文九龍浄瓶》(12世紀、大和文華館)

左)《青磁象嵌童子宝相華唐草文水注》(12世紀後半~13世紀前半、大阪市立東洋陶磁美術館/住友グループ寄贈[安宅コレクション])写真 六田知弘
右)《青磁輪花形盤(三点)》(12世紀前半、静嘉堂文庫美術館)イメージアーカイブ/DNPartcom 写真 小林庸浩

第3章では、いずれも重要文化財の二つの浄瓶が並ぶ。浄瓶は仏前に供える浄水を入れる仏具だ。《青磁陽刻龍波濤文九龍浄瓶》(12世紀、大和文華館)は、お釈迦様が誕生したとき天から九龍が香水を降り注いだという説話にちなむ作品で、チラシの表面を飾る。《青磁陽刻蓮唐草文浄瓶》(12世紀、根津美術館)の胴一面に蓮唐草文は陽刻で浮き彫りが広がる。

 

左)《青磁陽刻龍波濤文九龍浄瓶》(12世紀、大和文華館)右)《青磁陽刻蓮唐草文浄瓶》(12世紀、根津美術館)

左)《青磁陽刻龍波濤文九龍浄瓶》(12世紀、大和文華館)写真 六田知弘
右)《青磁陽刻蓮唐草文浄瓶》(12世紀、根津美術館)

 

この章には、重要美術品の《青磁陰刻蓮花文三耳壺》(12世紀、大阪市立東洋陶磁美術館/住友グループ寄贈[安宅コレクション])や、《青磁象嵌童子葡萄唐草文瓢形水注》(13世紀、大阪市立美術館)なども展示されている。

 

左)《青磁陰刻蓮花文三耳壺》(12世紀、大阪市立東洋陶磁美術館/住友グループ寄贈[安宅コレクション])写真 六田知弘 右)《青磁象嵌童子葡萄唐草文瓢形水注》(13世紀、大阪市立美術館) 写真 六田知弘

左)《青磁陰刻蓮花文三耳壺》(12世紀、大阪市立東洋陶磁美術館/住友グループ寄贈[安宅コレクション])写真 六田知弘
右)《青磁象嵌童子葡萄唐草文瓢形水注》(13世紀、大阪市立美術館) 写真 六田知弘

特別展「京(みやこ)のかたな 匠のわざと雅のこころ」
国宝19件など著名刀工の代表作ずらり

最後の日本は、平安時代から現代にいたるまで、王城の地・京都が舞台。多くの刀工が工房を構え、多数の名刀を生み出してきた。これら京都で製作された刀剣は、常に日本刀最上位の格式を誇り、公家、武家を問わず珍重され、とりわけ江戸時代以降は武家の表道具として、大名間の贈答品の代表として取り扱われた。現存する京都=山城系鍛冶の作品のうち、国宝指定作品の17件と、著名刀工の代表作を中心にまとめて展示する京博120年の歴史上初の刀剣特別展だ。

 

この展覧会は、山城鍛冶を総括する初の試みで、山城鍛冶の技術系譜と、刀剣文化に与えた影響を探る。武家文化だけでなく、公家・町衆を含めた京文化の中で、刀工たちが果たした役割に迫る。国宝刀剣19件の出品が予定されているのをはじめ、後鳥羽天皇、織田信長、坂本龍馬など歴史上の偉人にゆかりのある刀剣も展示される。さらに戦乱を描く合戦絵巻の名品や、伊藤若冲の《伏見人形図》なども披露される。

 

章の構成と主な展示品を紹介する。第1章が「京のかたなの誕生」(平安時代)で、合戦絵巻や文書などから刀剣作成の背景をたどり、山城鍛冶の祖たる三条派・宗近をはじめ、そこから派生した五条派など、山城鍛冶の源流をたどる。国宝の《太刀 銘 三条(名物三日月宗近)》(東京国立博物館)がお目見え。

 

国宝《太刀 銘 三条(名物三日月宗近)》(東京国立博物館)   画像提供 東京国立博物館

国宝《太刀 銘 三条(名物三日月宗近)》(東京国立博物館) 画像提供 東京国立博物館

 

第2章は「後鳥羽天皇と御番鍛治」(鎌倉時代前期)。皇位継承の象徴である三種の神器(鏡、剣、玉)のうち剣を欠いたまま即位した後鳥羽天皇。この章では、失われた宝剣を求めて自ら作刀する天皇という伝説から生み出された重要文化財の《菊御作》(京都国立博物館)を中心に、刀鍛冶の社会的な立ち位置について言及する。国宝の《後鳥羽天皇像》(大阪・水無瀬神宮、9/29~10/14展示)も見どころだ。

 

重要文化財《太刀 菊御作》(京都国立博物館)

重要文化財《太刀 菊御作》(京都国立博物館)

国宝《後鳥羽天皇像》(大阪・水無瀬神宮、9/29~10/14展示)

国宝《後鳥羽天皇像》(大阪・水無瀬神宮、9/29~10/14展示)

 

第3章「粟田口派と吉光」(鎌倉時代中期)には、国宝の《太刀 銘 則国》(京都国立博物館)など、後鳥羽天皇の御番鍛冶を務めた粟田口派の作品と、豊臣秀吉に天下三作の筆頭と言わしめた粟田口派・吉光の作品が並ぶ。

 

国宝《太刀 銘 則国》(京都国立博物館)

国宝《太刀 銘 則国》(京都国立博物館)

第4章は「京のかたなの隆盛」(鎌倉時代中期~後期)で、粟田口派に並ぶ京都の名門鍛冶来派の作品と、この来派から巣立っていった多くの流派の作品が紹介される。その一つに《刀 銘 九州肥後同田貫上野介》(九州国立博物館/王貞治氏寄贈)も。

 

《刀 銘 九州肥後同田貫上野介》(九州国立博物館/王貞治氏寄贈) 画像提供 九州国立博物館、撮影 落合晴彦氏

《刀 銘 九州肥後同田貫上野介》(九州国立博物館/王貞治氏寄贈) 画像提供 九州国立博物館、撮影 落合晴彦氏

第5章の「京のかたなの苦難」(南北朝~室町時代中期)では、応仁の乱、天文法華の乱といった京都を主戦場とした多くの戦乱のさなか、作刀を続けた山城鍛冶を紹介する。重要文化財の《真如堂縁起 下巻》(京都・真正極楽寺、場面替えあり)や、戦乱の様子を描いた絵画などが出品される。

 

重要文化財《真如堂縁起 下巻(部分)》(京都・真正極楽寺、場面替えあり)

重要文化財《真如堂縁起 下巻(部分)》(京都・真正極楽寺、場面替えあり)

 

第6章に入ると、「京のかたなの復興」(室町時代後期~桃山時代)で、戦国時代の終焉と、それに伴う上方の発展にともなって、京都の鍛冶も再び活気を取り戻す。「新刀の祖」とうたわれる埋忠明寿や、「日本鍛冶総匠」伊賀守金道(三品派)、堀川国広(堀川派)の作品を通じて豪壮華麗な桃山文化の粋が堪能できる。重文の《太刀 銘 山城国西陣住人埋忠明寿(花押)/慶長三年八月日他江不可渡之》(京都国立博物館)なども展示される。

 

《太刀 銘 山城国西陣住人埋忠明寿(花押)/慶長三年八月日他江不可渡之》(京都国立博物館)

《太刀 銘 山城国西陣住人埋忠明寿(花押)/慶長三年八月日他江不可渡之》(京都国立博物館)

 

第7章は「京のかたなの展開」(桃山時代~江戸時代前期)。一世を風靡した京都の鍛冶のもとで技術を学んだ多くの門人たちは全国へ展開し、各地で新たな新刀文化を生む。重文の《刀 銘 慶長九年十一月吉日信濃守国広作/依賀茂祝重邦所望打之》(黒川古文化研究所)などが出る。

 

重要文化財《刀 銘 慶長九年十一月吉日信濃守国広作/依賀茂祝重邦所望打之》(黒川古文化研究所)

重要文化財《刀 銘 慶長九年十一月吉日信濃守国広作/依賀茂祝重邦所望打之》(黒川古文化研究所)

 

最後の第8章は「京のかたなと人びと」(江戸時代中期~現代)。京都の人々は刀剣をどのように捉え、受け入れてきたのか。京都の人々の生活と密接な関係にある古社寺に伝来した奉納刀剣や、祇園祭の町衆との関係など、京の人々との関わりを紹介し、現代にいたって京都大学と立命館大学で製作された刀と、そこから巣立った最後の山城鍛冶にして人間国宝・隅谷正峯の作品が紹介される。いずれも重文の《騎馬武者像》や《阿国歌舞伎図屛風》(ともに京都国立博物館)も注目だ。

 

重要文化財《騎馬武者像》(京都国立博物館)

重要文化財《騎馬武者像》(京都国立博物館)

重要文化財《阿国歌舞伎図屛風》(京都国立博物館)

重要文化財《阿国歌舞伎図屛風》(京都国立博物館)