印象派の巨匠、モネの名作が横浜で、名古屋で、大阪で見られる。いずれも個展ではなく、他の画家たちの作品も数多く展示されているが、モネの作品を中心に取り上げる。まず横浜美術館では、モネが最晩年の大作《睡蓮》に着手してから約100年、その独創性や革新性が現在の作家たちに影響をもたらせていることに着目した「モネ それからの100年」が、名古屋市美術館では幅が4メートルを超す大作《睡蓮の池、緑の反映》を日本で初公開の「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」が、ともに9月24日まで開催中だ。さらに国立国際美術館では、魅力あふれる《草上の昼食》が初来日の「プーシキン美術館展──旅するフランス風景画」が、10月14日まで開かれている。この三つの展覧会とも国内最終会場と鳴っている。モネ作品の知られざる魅力を探るとともに、展覧会ごとに主な展示品などをリポートする。

横浜美術館「モネ それからの100年」
先駆のモネ、共鳴の美術作品約90点

「モネは、いまも生きている。」と謳う今回の「モネ それからの100年」は、名古屋市美術館と2館で企画された一味違った趣向の展覧会だ。モネの初期から晩年までの絵画26点とともに、後世代の26作家による絵画・版画・写真・映像など66点が出品され、現代の視点からモネを見直すことにより、その新たな価値を検証している。

 

クロード・モネ(1840~1926)は、200点以上の「睡蓮」を制作しているが、死の直前まで取り組んだ『朝』『雲』『柳』など8構図22点の大装飾画《睡蓮》は、86歳で生涯を閉じた翌年の1927年に、パリのオランジュリー美術館で公開された。公開当時、人々の反応は冷淡だった。しかしモネの斬新な絵画表現は次第に理解者を増やし、21世紀の現代作家たちを魅了し、刺激し続けているのだ。

 

4章構成で、第1章は「新しい絵画へ―立ちあがる色彩と筆触」。眼前の光景を、明暗や遠近法より、筆致や色彩を重視して再構成する「筆触分割」に主眼を置いた手法で描いたモネの前半の作品が展示されている。《ヴィレの風景》(1883年、個人蔵)は日本初公開。木立の間から河と山が抽象的に描かれている。

 

クロード・モネ《ヴィレの風景》(1883年、個人蔵) (C) Christie's Images / Bridgeman Images

クロード・モネ《ヴィレの風景》(1883年、個人蔵) (C) Christie’s Images / Bridgeman Images

 

この作品と対比されるのが、丸山直文の《puddle in the woods 5》(2010年、作家蔵)で、木々に囲まれた水辺の情景をステイニング(滲み)という独自の技法で描いている。

 

丸山直文《puddle in the woods 5》(2010年、作家蔵)   (C)Naofumi Maruyama,Courtesy of ShuqoArts

丸山直文《puddle in the woods 5》(2010年、作家蔵) (C)Naofumi Maruyama,Courtesy of ShuqoArts

 

この章では、画面中央に道を配した遠近法で描かれたモネの初期作品《サン=シメオン農場の道》(1864年)や、筆触分割手法の《モンソー公園》(1876年、いずれも泉屋博古館分館)、《サン=タドレスの断崖》(1867年、松岡美術館)など、現代へと通じるモネの芸術の先駆性を示す作品が並ぶ。

 

こうしたモネの色彩と筆触は、具象・抽象を問わず現代の画家たちが関心をよせる諸課題へと結びつく。ヴィレム・デ・クーニングの《風景の中の女》(1966年、東京国立近代美術館)はじめ、堂本尚郎の《1960-5》(1960年、いわき市立美術館)、中西夏之の《G/Z 夏至・橋の上 To May VⅡ》(1992年、名古屋画廊)などが出品されている。

 

第2章は「形なきものへの眼差し―光、大気、水」。モネと言えば、「睡蓮」と「積みわら」の連作が思い浮かぶ。しかし最も執着したのが「形なきもの」ではなかったかの視点で捉えている。《セーヌ河の日没、冬》(1880年、ポーラ美術館)は、刻々と変化する大気、光線、水面の表情を描く。《霧の中の太陽》(1904年、個人蔵)は、霧に包まれたテームズ河畔の光景を、淡い色彩で描き、まるでヴェールに覆われたような空間表現だ。「睡蓮」とともに連作の《ジヴェルニーの積みわら、夕日》(1888-89年、埼玉県立美術館)も出品されている。

 

クロード・モネ《霧の中の太陽》(1904年、個人蔵)

クロード・モネ《霧の中の太陽》(1904年、個人蔵)

 

ここではゲルハルト・リヒターの《アブストラクト・ペインティング(CR845-5)》と《アブストラクト・ペインティング(CR845-8)》(いずれも1997年、金沢21世紀美術館)、ロスコの《赤の中の黒》(1958年、東京都現代美術館)や、モーリス・ルイスの《ワイン》(1958年、広島市現代美術館)、松本陽子の《振動する風景的画面》(1993年、倉敷市立美術館)などが並ぶ。

 

ゲルハルト・リヒター《アブストラクト・ペインティング(CR845-8)》(1997年、金沢21世紀美術館)撮影:木奥惠三 画像提供:金沢21世紀美術館   (C)Gerhard Richter 2018(0005)

ゲルハルト・リヒター《アブストラクト・ペインティング(CR845-8)》(1997年、金沢21世紀美術館)撮影:木奥惠三 画像提供:金沢21世紀美術館(C)Gerhard Richter 2018(0005)

 

第3章の「モネへのオマージュ―さまざまな『引用』のかたち」は、モネの「睡蓮」や「積みわら」などのモチーフを引用した画家の作品で、堂本尚郎《連鎖反応―クロード・モネに捧げる》(2003年、個人蔵)をはじめ、ロイ・リキテンスタインの《日本の橋のある睡蓮》(1992年、国立国際美術館)や、ルイ・カーヌの《睡蓮》(1993年、ギャラリーヤマキファインアート)など興味深い作品が展示されている。

 

《睡蓮》(1906年、吉野石膏株式会社[山形美術館に寄託])

《睡蓮》(1906年、吉野石膏株式会社[山形美術館に寄託])

最後の第4章「フレームを越えて―拡張するイメージ」では、「睡蓮」の連作を軸に、モネの後期の作品を展示し、色彩や形態の反復、空間の拡張への志向などを切り口に現代アートとの接点を探っている。《睡蓮》(1906年、吉野石膏株式会社[山形美術館に寄託])や《柳》(1897-98年頃、個人蔵[国立西洋美術館に寄託])など、なじみの作品とともに、《バラの小道の家》(1925年、個人蔵[ロンドン])が日本で初公開だ。

 

クロード・モネ《バラの小道の家》(1925年、個人蔵[ロンドン])

クロード・モネ《バラの小道の家》(1925年、個人蔵[ロンドン])

この章でも、サム・フランシスの《Simplicity [SEP80-68]》(1980年、セゾン現代美術館)や、鈴木理策の《水鏡14,WM-77》と水鏡14,WM-79》(いずれも2014年、作家蔵)、小野耕石のインスタレーション作品《波絵》(2017年、作家蔵)など、モネに共鳴する作品が数多く出品されている。

 

鈴木理策《水鏡14,WM-77》(左)と水鏡14,WM-79》(2014年、作家蔵) (C)Risaku Suzuki, Courtesy of Taka Ishi Gallery

鈴木理策《水鏡14,WM-77》(左)と水鏡14,WM-79》(2014年、作家蔵)(C)Risaku Suzuki, Courtesy of Taka Ishi Gallery

 

とりわけ福田美蘭は名古屋会場で《睡蓮の池》(2018年3月、作家蔵)の新作を出品していたが、さらに横浜会場に限って、《睡蓮の池 朝》(2018年6月、作家蔵)を特別出品している。

 

福田美蘭《睡蓮の池》(2018年3月、作家蔵)

福田美蘭《睡蓮の池》(2018年3月、作家蔵)

 

福田美蘭《睡蓮の池 朝》(2018年6月、作家蔵)

福田美蘭《睡蓮の池 朝》(2018年6月、作家蔵)

 

作家は新作について次のようなコメントを寄せている。

《睡蓮の池》で描いた日没後の一瞬という「時間」に触発されて、その時間の推移を明確に表現するためにモネが構想した「連作」として、光や色や大気が移ろう夜明けの景色を描いた。高いところから見下ろしながら、手前と遠方を対比してみること、また描きたい対象に限って、構図を決めることで、消えていく水面のテーブルを通して水底の街をのぞき見る感覚といった極めて短い時間における光のもとでの様相を描き出そうとしたのだが、その景色は私の目に映ったものではなく、絵画から得た主観的なイメージであることで、よりモネ作品のもつ、自由な視点を持った表現について考えることができたように思う。

名古屋市美術館「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」
傑作64点中、約半数が日本初公開

西洋絵画の中でも印象派は日本人好みだ。毎年のように各地の美術館で切り口を変え展覧会が開催されている。これぞ世界最高峰の印象派コレクションと銘打つ「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」は、モネをはじめ、ルノワール、セザンヌ、ファン・ゴッホら著名な巨匠の傑作64点中、約半数が日本初公開という。この展覧会は東京の国立新美術館、福岡の九州国立博物館を巡回した。

 

エミール・ゲオルク・ビュールレ(1890-1956年)はドイツに生まれ、学生時代は文学、哲学、美術史を学んだ。1937年にスイスに移り住み、実業家として財をなした。心の拠りどころとして美術作品を収集し、チューリヒの邸宅の壁を飾った。生涯を通じ絵画収集に情熱を注いだ。主に17世紀オランダ絵画から20世紀の近代絵画に至るコレクションは質が高く、中でも印象派・ポスト印象派の作品は傑作が揃う。

 

彼の死後、遺族が財団を設立し、作品を自邸の隣の邸宅に移し、1960年から個人美術館としてオープンした。しかし、2008年の名画が盗まれるという事件があり、セキュリティ上の事情でやむなく閉館し、その後は月に一度の予約ガイドツアーのみの限定公開に制限されていた。このコレクションの全ての作品が近くチューリヒ美術館に移管されることになり、日本での展覧会が実現することとなった。

 

展示は細かく10章に分けて構成されているので、主な作品を画家ごとに取り上げる。まずスイス国外で展示されるのは初めてというモネの大作《睡蓮の池、緑の反映》(1920~26年)は、高さも2メートルあり、圧倒的な装飾画だ。

 

クロード・モネ《睡蓮の池、緑の反映》(1920~26年)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

クロード・モネ《睡蓮の池、緑の反映》(1920~26年) (C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

 

ビュールレはパリ郊外のジヴェルニーに実際に足を運んでおり、モネの睡蓮を主題とする作品に特別な関心を持っていた。1951年にビュールレは亡きモネのジヴェルニーのアトリエに保管されていた「睡蓮の池」を描いた2点を購入し、チューリヒ美術館に寄贈している。その翌年、モネの大回顧展がチューリヒ美術館で開催され、その際に出品されていた《睡蓮の池、緑の反映》を目にし、モネの遺族から購入したという。

 

他にモネの作品は3点ある。《ジヴェルニーのモネの庭》(1895年)は、モネが終の棲家としたジヴェルニーの庭でシャクヤクやバラ、アイリスなど、色とりどりの花を愛でるモネの義理の娘を描く。点描のような細かい筆触からは、印象派絵画の新たな展開がうかがえる。

 

クロード・モネ《ジヴェルニーのモネの庭》(1895年)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

クロード・モネ《ジヴェルニーのモネの庭》(1895年)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

 

《ヴェトゥイユのヒナゲシ畑》(1879年頃)は、自然の光景を捉える印象派絵画の典型例の作品で、夏の日の光を浴びて咲き誇るヒナゲシ畑に遊ぶ母子を描く。《陽を浴びるウォータールー橋、ロンドン》(1901年)は、霞がかる橋を幻想的に表現している。

 

モネの作品

モネの作品

 

モネ以外の作家と作品のラインナップが凄い。展覧会チラシを飾るのが、絵画史上、最も有名な少女像ともいわれるピエール=オーギュスト・ルノワールの《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)》(1880年)は、裕福な銀行家の娘で、8歳の少女の気品あふれる美しさを、緑の茂みを背景に引き立てた作品だ。

 

ピエール=オーギュスト・ルノワールの《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)》(1880年)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

ピエール=オーギュスト・ルノワールの《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)》(1880年)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

 

チラシのもう1面を飾るのが、ポール・セザンヌの代表作とされる高名な《赤いチョッキの少年》(1888~90年)で、不自然に長く伸ばされた腕が、絵画としての構成美を高めていると評価されている。《パレットを持つ自画像》(1890年頃)は、自画像のなかで最大のサイズで、50歳頃のセザンヌが描かれている。

 

ポール・セザンヌ《赤いチョッキの少年》(1888~90年)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

ポール・セザンヌ《赤いチョッキの少年》(1888~90年)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

 

フィンセント・ファン・ゴッホの《日没を背に種まく人》(1888年)は、ミレーの作品からヒントを得て、油彩や素描で繰り返し取り組んだ。浮世絵からの影響を示した作品で、今年1月の「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」展にも、同じ図柄の作品が出品されていた。晩年の《花咲くマロニエの枝》(1890年)も展示されている。

 

フィンセント・ファン・ゴッホ《日没を背に種まく人》(1888年)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

フィンセント・ファン・ゴッホ《日没を背に種まく人》(1888年)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

 

このほかポール・ゴーギャンの《贈りもの》(1902年)をはじめカミーユ・ピサロの《ルーヴシエンヌの雪道》(1870年頃)やエドゥアール・マネの《ベルヴュの庭の隅》(1880年)などが、いずれも日本初公開だ。さらにエドガー・ドガの《リュドヴィック・ルピック伯爵とその娘たち》(1871年頃)といいたように名画の競演だ。

 

ポール・ゴーギャン《贈りもの》(1902年)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

ポール・ゴーギャン《贈りもの》(1902年)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

 

カミーユ・ピサロ《ルーヴシエンヌの雪道》(1870年頃)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

カミーユ・ピサロ《ルーヴシエンヌの雪道》(1870年頃)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

 

エドゥアール・マネ《ベルヴュの庭の隅》(1880年)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

エドゥアール・マネ《ベルヴュの庭の隅》(1880年) (C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

 

エドガー・ドガ《リュドヴィック・ルピック伯爵とその娘たち》(1871年頃)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

エドガー・ドガ《リュドヴィック・ルピック伯爵とその娘たち》(1871年頃)(C) Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland) Photo: SIK-ISEA, Zurich (J.-P. Kuhn)

国立国際美術館「プーシキン美術館展─旅するフランス風景画」
「旅」をキーワードに多様な65点

「プーシキン美術館展─旅するフランス風景画」でも目玉は、印象派の序章とされる、26歳の若きモネの作品だ。珠玉のフランス絵画コレクションで知られるモスクワのプーシキン美術館が所蔵する17世紀から20世紀の風景画を、神話に始まり、身近な自然や都市、果ては想像の世界に至るまで、「旅」をキーワードに65点が出展されている。2005~06年時、マティスの《金魚》などが展示された「プーシキン美術館展」と同じく、東京都美術館に続いての開催だ。

 

ロシアの美術館といえば、サンクト・ペテルブルクのエルミタージュ美術館があまりにも有名だが、プーシキン美術館も、それと並ぶナシュナルミュージアムだ。これまでまとまった海外出展をしなかったため、知られていないが、壮麗な外観を誇る名建築に一大コレクションが詰まっている。

 

「プーシキン美術館展 フランス絵画300年」は2011年に企画されたが、東日本大震災と原発事故の影響により延期に。2013年春から秋にかけて横浜美術館、愛知県美術館、神戸市美術館を巡回して以来、久々の開催となった。

 

プーシキン美術館には、日露国交回復50周年の記念にあたる2006年秋に現地を訪ねた。重厚な建物を入ると、博物館を思わせる彫刻が威風堂々と展示され、入り口をはさんで2、3階に古典絵画や版画、写真に至るまで多種多様な作品が所狭しと並んでいます。所蔵品は古代エジプト・メソポタミアやギリシャ・ローマ美術、ルネサンスからヨーロッパ絵画、東洋美術など50万点に及ぶ。

 

今回の展示は、二部6章立てで、第一部が「風景画の展開―クロード・ロランからバルビゾン派まで」。神話や聖書の物語などの背景として描かれてきた風景は、17世紀のネーデルラント始まった。画家たちも次第に自然に関心を示し、イタリアで目にした古代の遺跡や旅先の目新しい風景を描く。19世紀に入るとバルビゾン派の画家たちによる純粋な風景画が人気を博すようになる。

 

第1章は「近代風景画の源流」で、クロード・ロランのギリシャ神話を題材にした《エウロペの掠奪》(1655年)が冒頭に展示されている。

 

クロード・ロラン《エウロペの掠奪》(1655年) (C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

クロード・ロラン《エウロペの掠奪》(1655年) (C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

 

ユベール・ロベールの《水に囲まれた神殿》(1780年代)は、古代ギリシア・ローマ時代の遺跡パエストゥムにのこるポセイドン神殿を水で囲み、叙情的に浮かび上がらせる描き方だ。

 

ユベール・ロベール《水に囲まれた神殿》(1780年代)(C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

ユベール・ロベール《水に囲まれた神殿》(1780年代)(C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

 

第2章の「自然への賛美」では、ギュスターヴ・クールベの《山の小屋》(1874年頃)がスイスへ亡命直後に、自然の大地でいやす日常を描いたのだろうか。

 

ギュスターヴ・クールベ《山の小屋》(1874年頃)(C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

ギュスターヴ・クールベ《山の小屋》(1874年頃) (C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

 

ここからは第二部「印象派以後の風景画」で、第3章として「大都市パリの風景画」に移る。アルベール・マルケの《パリのサン=ミシェル橋》(1908年頃)には、詩情豊かにパリの街角が表されている。

 

アルベール・マルケ《パリのサン=ミシェル橋》(1908年頃)(C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

アルベール・マルケ《パリのサン=ミシェル橋》(1908年頃) (C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

 

ピエール=オーギュスト・ルノワールは《庭にて、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの木陰》(1876年)で、大都市の喧騒から少し離れた木陰で、男女5人が楽しげに語らう様子が描く。

 

ピエール=オーギュスト・ルノワール《庭にて、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの木陰》(1876年)(C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

ピエール=オーギュスト・ルノワール《庭にて、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの木陰》(1876年)(C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

 

第4章の「パリ近郊―身近な自然へのまなざし」で、クロード・モネの4点が登場する。26歳で描いた《草上の昼食》(1866年)は、戸外の陽光の下、紳士淑女がくつろぐ構図だ。同名のマネ作品に刺激を受けた作品だが、当初は高さ4メートル、幅6メートルもの大作に挑んでいて、その下絵説もあるそうだ。

 

クロード・モネ《草上の昼食》(1866年)(C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow.

クロード・モネ《草上の昼食》(1866年)(C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

 

このほか《陽だまりのライラック》(1872-73年)、《ジヴェルニーの積みわら》(1884-89年)、《白い睡蓮》(1899年)も出品されている。この章には、アルフレッド・シスレーの《霜の降りる朝、ルーヴシエンヌ》(1873年)も日常の風景だ。

 

アルフレッド・シスレー《霜の降りる朝、ルーヴシエンヌ》(1873年)(C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

アルフレッド・シスレー《霜の降りる朝、ルーヴシエンヌ》(1873年) (C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

 

第5章は「南へ―新たな光と風景」で、アンドレ・ドランの《港に並ぶヨット》(1905年)は、鮮やかな色彩とリズミカルで自由な筆触だ。

 

アンドレ・ドランの《港に並ぶヨット》(1905年)(C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

アンドレ・ドランの《港に並ぶヨット》(1905年)(C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

 

第6章の「海を渡って/想像の世界」には、ポール・ゴーガンの《マタモエ、孔雀のいる風景》(1892年)のタイトルは、タヒチ語で「死」を意味し、文明化されたヨーロッパ人としての自身の死を示唆していると考えられているそうだ。

 

ポール・ゴーガンの《マタモエ、孔雀のいる風景》(1892年)(C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

ポール・ゴーガンの《マタモエ、孔雀のいる風景》(1892年) (C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

 

アンリ・ルソーの《馬を襲うジャガー》(1910年)は、美しいジャングルの中で、獰猛なジャガーに襲われた白い馬の姿を、ルソー特有の幻想的な世界に誘い込む。

 

アンリ・ルソー《馬を襲うジャガー》(1910年)(C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

アンリ・ルソー《馬を襲うジャガー》(1910年)(C) The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow