「バリを抱きしめて」の展覧会チラシ

「バリを抱きしめて」の展覧会チラシ

「バリを抱きしめて」とは、映画や小説や歌の題名ではない。サブタイトルに「暮らして集めた伝統衣装」とあり、展覧会名だと分かる。日本・インドネシア国交樹立60周年 横浜ユーラシア文化館開館15周年記念展は、バリ島暮らし20年を体得した西宮市在住の武居郁子さんが、バリ島の村々を歩き、人々との信頼関係を築いて各地で集めた、貴重な伝統衣装コレクションを初めて披露する企画展だ。9月24日までの開催で、婚礼や葬儀のほか様々な儀式で使われるバリの伝統衣装を現地の写真や映像も交えてご紹介している。この企画展はタイトル通り武居さん抜きに語れないが、一昨年面識を得て、バリの魅力をお聞きしていたので、展覧会に寄せる熱い思いも伝えたい。

バリ・ヒンドゥーの教えに基づく慣習

地図を広げてみる。インドネシアは日本同様に島国だ。データを調べてみると、驚くことに、赤道をまたぎ東西5110キロ、1万3400以上の島からなる。人口は日本の倍近くの2億5000万人を超え、約190万平方キロの広さがあり、世界最大の島国だ。多くの島の一つバリ島は約5600平方キロに過ぎないが、東京の約2.5倍もある。そこに2017年時点で約389万人が住む。

 

バリ島と言えば、青い海と空が広がる一大リゾート。高級ホテルをはじめヴィラやレンタルハウスなどがあふれ、島の人口とほぼ同じ年間380万人もの観光客が訪れる。このうち日本からは約22万人。近年はシンガポールやタイ、マレーシアなどにリゾートが生まれ、分散の傾向にあるが、一時はバリ島観光のブームを巻き起こしたほどだ。リゾートで有名なのだが、バリの人々の伝統的な暮らしについては、ほとんど知られていない。

 

バリ島の民族衣装を着た武居郁子さん

バリ島の民族衣装を着た武居郁子さん

世界最多のイスラム教徒(ムスリム)人口を抱えるインドネシ国家にあって、バリ島ではバリ・ヒンドゥーの教えに基づく慣習に従った生活が営まれており、特有の地域社会を築いている。とりわけバンジャールと呼ばれる地域コミュニティをベースとして、様々な労働作業や宗教儀礼が共同で執り行われているほか、特定の目的ごとにグループを形成されるなど、21世紀の現在も、地域ごとに隣人や仲間との絆が強い。

 

武居さんは1970年兵庫県生まれ。91年の卒業旅行でジャワ島の世界遺産ボロブドゥールとバリ島を訪れた。この年にJTB日本交通公社入社。94年にバリ人と結婚し、500人もの村人に祝福され、婚礼衣装のすばらしさに感動する。バリ島でナンバー1の伝統衣装の着付師と出会って見習いに。州知事の依頼で、着付師と供に島中を一緒に伝統衣装を調査する機会に恵まれる。

 

1996年にウエディングカンパニーを立ち上げ、2005年に離婚するも、バリ島各地を回り、伝統婚礼衣装や民族衣装の着付け、ヘアーメイク、バリ伝統文化をマスターし外国人として初の伝統衣装着付師の国家免許を取得する。この間、通訳や執筆、講師をしながらバリ伝統衣装ファッションショーの開催、舞踊、料理などのワークショップを各地にて開いている。2013年に帰国してからは、日本とインドネシアの文化交流に携わる。今回の展覧会は、現地に長年住んで集めたコレクション展で、知られざるバリの魅力を伝えている。

 

開幕日、展覧会場でギャラリートークの武居さん

開幕日、展覧会場でギャラリートークの武居さん

宗教儀礼に基づく伝統文化を3章で構成

企画展は3章で構成され、まず第1章は「誕生から旅立まで」。バリ島の人々は、ヒンドゥーを信じ、生まれてから死ぬまで、宗教儀礼に従い、現地の暦による年中行事によって生活を営んでいる。儀礼に臨む時は、長方形の布を巻きつけ、伝統的な装身具と衣装を身にまとう。

赤ん坊は生後3ヶ月での儀式で招魂式が行われ、6ヶ月目で断髪式などを経て人間界に入るとされている。こうした儀式の写真や、3ヶ月の儀式で使われる「おくるみ」、足輪、腕輪などが展示されている。

 

左)赤ん坊の生後3ヶ月目の儀式「招魂式」 右)生後3ヶ月目の儀式で使われる「おくるみ」

左)赤ん坊の生後3ヶ月目の儀式「招魂式」   右)生後3ヶ月目の儀式で使われる「おくるみ」

バリ暦の誕生日は「オトナン」と呼ばれる。招魂式から6ヶ月目に最初の誕生日を迎え、210日に一度、「オトナン」が巡ってくる。またバリ島の成人式といわれる「ポトンギギ」。ポトンは切る、ギギは歯を意味し、やすりで削る儀礼が、霊力を持つ聖職者によって行われる。成人式は華やかな婚礼衣装を身に着け、合同で祈りを捧げる。

 

左)オトナンの儀礼。主役は母の膝の上で抱かれている、正装衣装を着た子ども 右)華やかな婚礼衣装を身に着け、合同で祈りを捧げる成人式のポトンギギ

左)オトナンの儀礼。主役は母の膝の上で抱かれている、正装衣装を着た子ども
右)華やかな婚礼衣装を身に着け、合同で祈りを捧げる成人式のポトンギギ

婚礼は、新婦が自分の実家で先祖にお別れの儀式をした後、新郎の実家の本家で結婚式を行う。最初に正装衣装を身に付けて僧侶の浄めの儀式を受けてから、今度は婚礼衣装に着替えて食べ交わしの儀などさまざまな儀礼が行われる。供物を前に正装衣装で臨み、食べ交わしの儀などが取り決められている。葬儀は、村によって異なるが、通夜、火葬式、灰を海に流す儀式などがある。デンパサールの火葬式では、死者の親族にあたる女性は白い衣装を着用し、ペキルと呼ばれる扇形の白い布を頭に巻く。

 

バドゥン県アグン階級(最上階級)の婚礼衣装。男性用と女性用

バドゥン県アグン階級(最上階級)の婚礼衣装。男性用と女性用

左)結婚式での僧侶による浄めの儀式。供物を前に正装衣装の新郎新婦 右)デンパサールの火葬式後、ムムクルの衣装を着用した女性(萩野矢慶記さん撮影)

左)結婚式での僧侶による浄めの儀式。供物を前に正装衣装の新郎新婦
右)デンパサールの火葬式後、ムムクルの衣装を着用した女性(萩野矢慶記さん撮影)

 

第2章は「9つの王国と9つの流儀」。かつてバリ島には、9つの王国が存在していたが、群雄割拠を経て、19世紀末に8つとなり、現在の8つの県の基になっている。この間、オランダの支配下に入った時代も。こうした変遷をたどるものの、婚礼衣装は、それぞれの王国時代をしのぶ。会場では地域や階級によって異なる流儀の婚礼衣装や多種多様な装身具が華麗さを競う。

 

バリの伝統衣装地図。主に婚礼衣装

バリの伝統衣装地図。主に婚礼衣装

 

このコーナーでは、伝統儀式で使われる手織物もずらり並ぶ。とりわけプラダは印金といわれる技法で、型紙を使って接着剤を布に付け、その上に金箔や金泥で模様が描かれている。婚礼用だけでなく、舞踊や寺院・祭壇の装飾などにも用いられる。ソンケットは紋織物で、金糸や銀糸、様々な色糸を使い織り込む。多彩な数多くの腰に巻く布が目を奪う。

 

左)クルンクン県王宮スタイルの婚礼衣装 中)パジュ プロッドロウ(男性用上着) 右)バリ島の正装衣装。寺院参拝や宗教儀礼参加の際に身に付ける 

左)クルンクン県王宮スタイルの婚礼衣装
中)パジュ プロッドロウ(男性用上着)
右)バリ島の正装衣装。寺院参拝や宗教儀礼参加の際に身に付ける

左)バドゥン県アグン階級(最上階級)花嫁の後頭部の頭飾り 右)グルンガン アグン(男性の婚礼用冠)

左)バドゥン県アグン階級(最上階級)花嫁の後頭部の頭飾り
右)グルンガン アグン(男性の婚礼用冠)

左)バドゥン県各階級の装身具 右)クルンクン県王宮スタイルの装身具

左)バドゥン県各階級の装身具           右)クルンクン県王宮スタイルの装身具

左)カランガッサム県王宮スタイルの装身具 右)各階級のウダン(男性用頭巾)

左)カランガッサム県王宮スタイルの装身具            右)各階級のウダン(男性用頭巾)

左)インドネシアを代表する女性用上着(クバヤ)。 時代によって様々なスタイルがある 右)色とりどりのバリの手織物が並ぶ

左)インドネシアを代表する女性用上着(クバヤ)。 時代によって様々なスタイルがある
右)色とりどりのバリの手織物が並ぶ

 

最後の第3章が「先住民の神秘―布の力」。バリにはヒンドゥーを信じる多数の中でも、ヒンドゥーが伝わる前の先住民の血をひく原ハリ人がいる。彼らは、独自の暦を使い、古来の風習通りに暮らす。年に一度、神秘的な儀式を行うが、特有の伝統的な布と装身具を身に着ける。この布は、聖なる力を持つとされ、病を癒したり、身を守ってくれたりすると信じられている。

 

聖なる力を持つとされる先住民伝統の神秘の布グリンシン

聖なる力を持つとされる先住民伝統の神秘の布グリンシン

その一事例、テゥンガナン村のグリンシンは、魔除けとして持ち主を病気や悪から守ってくれると言われる織物である。ルジャン(奉納舞)やアユナンという儀礼の際に、選ばれた未婚の男女らにグリンシンの着用が許される。会場には、グリンシンを織っている写真や、織機も展示されている。

 

テゥンガナン村のルジャン(奉納舞)

テゥンガナン村のルジャン(奉納舞)

左)グリンシンを織るテゥンガナン村の女性(竹田多麻子さん撮影) 右)グリンシンの織機

左)グリンシンを織るテゥンガナン村の女性(竹田多麻子さん撮影)
右)グリンシンの織機

横浜ユーラシア文化館企画展担当の竹田多麻子学芸員は、「宗教儀礼と共に暮らす人々、そして、各儀礼で衣装を身にまとうという知られざる伝統文化を伝えるため、展示構成に苦労しました。バリの貴重な伝統衣装が一堂に会する珍しい展覧会になりました。バリへ行った方も、これから行かれる方も、是非多くの方にご覧頂き、もう一つのバリの世界を堪能して頂ければ嬉しく思います」と話している。

「実際に儀礼などで使われてきた尊い布」

私が武居さんを知ったのは、写真家の萩野矢慶記さんの紹介だ。萩野矢さんとはシルクロードの関係で知り合い、20年来の知己だ。萩野矢さんがバリの写真撮影で、現地に住んでいた武居さんの協力を得たそうだ。その後、写真集『バリの伝統美』(2001年、東方出版刊)と、萩野矢さんの写真と武居さんの文章による共著で『バリ楽園紀行』(1997年、グラフィック社刊)を著している。その萩野矢さんは2007年に横浜ユーラシア文化館で「青い煌めき ウズベキスタン」の写真展を開催していたことが、今回の企画展に繋がったようだ。

 

デワタ ナワ サンガの図

デワタ ナワ サンガの図

 

私が武居さんと初めて会ったのは一昨年7月、大阪駅に隣接したホテルのロビーだった。バリ島の民族衣装の上にロングカーディガンを羽織って、手荷物カートを持っていた。その中に、今回の展示でも大きくプリントされた数々の写真データや、パソコンにはコレクションの画像などが整理されていて、これまで取り組んできた蓄積を多くの人に知ってほしいという熱意に驚いた。

 

会場出口のスペースでは、バリの伝統楽器の体験演奏も

会場出口のスペースでは、バリの伝統楽器の体験演奏も

横浜だけでなく関西でも展覧会を開きたい希望を持っているが、まずはバリのことを情報発信するべく民族藝術学会への入会や、リーガロイヤルホテルの文化教室やアジアの会での講師を紹介した。今回の展覧会の開幕日には萩野矢さんともども駆けつけ、無事開幕を祝った。

 

その直後、武居さんからは次のようなコメントが寄せられた。

バリ島の布達を、私は自分の娘のように大切に思っております。はるか離れた神秘の島から実際に儀礼などで使われてきた布達です。よくここまで、ついてきてくれた尊い存在なのです。バリ島では、布は神聖視され人間が着用する以外にも、神木にも祭壇もまるで人のように着飾り、あらゆる儀礼の他、日々の生活にも布は欠かせません。会場では実際に伝統衣装を着用した儀礼なども動画でご覧いただけます。ご来場の皆様に布の持つ不思議な力を感じ取っていただければ幸いです。

 

ところでこの展覧会を紹介する私は、隣国のマレーシアやタイ、ベトナム、オーストラリアに行っているのに、まだバリを訪れたことがない。今春バリとボロブドゥール遺跡のあるジャワ島に行きたいと、武居さんにツアー計画をお願いした経緯がある。展覧会を鑑賞して旅したい思いが強まった。武居さんは展覧会に合わせ『バリ島服飾文化図鑑』(亥辰舎)を著した。萩野矢さんの写真集『バリの伝統美』ともども携えて、近い将来、バリへの旅を実現したいものだ。