世界屈指の美の殿堂として名高いスペインのプラド美術館の傑作揃いの「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」が、東京上野・国立西洋美術館に続き、兵庫県立美術館で10月14日まで開催されている。17世紀を代表する巨匠ベラスケスの日本初公開作品を含む過去最多の7点をはじめ、ティツィアーノ、ルーベンス、ムリーリョ、スルバランといった大画家の作品を含めた約70点が出品されている。歴代スペイン国王が絵画を愛好し収集したことで育まれたスペイン絵画の黄金時代の芸術と文化に触れる貴重な機会となっている。

宮廷画家を約30年、王宮で重責も

プラド美術館は、スペイン王家のコレクションを中心に 1819年に王立美術館として開設された。革命後の1868年に改称され、現在は文化省所管の国立美術館だ。ベラスケスやゴヤらのスペイン絵画に加えて、フランドル、イタリアなどの油彩画約7600点のほか、彫刻約1000点、版画や素描も1万点以上、総数約3万7500点を所蔵し、海外観光客が最も足を運ぶ名所でもある。

 

筆者も2007年末にスペイン各地を旅し、その一日をマドリードのプラド美術館と国立ソフィア王妃芸術センターでの美術鑑賞に充てた。その時に買い求めた『プラド美術館』の図録に掲載された名品も複数出品されていた。その図録の表紙を飾っているのがベラスケスの王女を描いた《王女マルガリータ・デ・アウストリア》だが、今回は出品されていない。

 

しかし《王太子バルタサール・カルロス騎馬像》は初めて来日し、《狩猟姿のフェリペ4世》などの代表作とも再会できた。日本でのプラド美術館展は、これまでほぼ4年に一度開かれ5回目となる。前回は2015年に「スペイン宮廷 美への情熱」が三菱一号館美術館で催された。今回は日本スペイン外交関係樹立150周年記念とのことで、初めてベラスケスをテーマに掲げている。

 

ディエゴ・ベラスケス(1599-1660)は、スペイン南部の都市セビリアに生まれ、11歳頃に有力な画家であるフランシスコ・パチェーコに弟子入りした。6年後の18歳の時に独立する。1623年、マドリードに赴いた際、スペインの首席大臣であったオリバーレス伯爵ガスパール・デ・グスマンの紹介を受け、国王フェリペ4世の肖像画を描いた。国王に気に入られて宮廷画家となり、以後30数年、国王や王女をはじめ、宮廷の人々の肖像画、王宮や離宮を飾るための絵画を描いた。

 

美術愛好家であったフェリペ4世は、ベラスケスを厚遇し、1652年には王宮の鍵をすべて預かる王宮配室長という重職につくようになり、役人として昇進する。宮廷内で様々な重要な任務をこなしていたベラスケスは、非常に多忙な日々で、生涯で残した作品は120点余りと寡作だった。うち46点がプラド美術館の所蔵となっており、今回貸し出された作品は、海外でも人気の高い傑作が多い。

章ごとにベラスケスの作品を配置し構成

展覧会はベラスケスの作品を核にしているが、内容は宮廷と密接に関係した作家大作が数多く並ぶ。作品展示は時系列ではなく主題別に7つの章で構成し、第6章を除く各章にベラスケスの作品を配置している。ベラスケスがそれぞれの主題をどのように絵画化したのか、その独創性に焦点をあて、表現の特徴を探るとともに、当時活躍した他の作家の作品と見比べ、17世紀におけるスペイン宮廷のアートシーンが一望できるのが見どころだ。

 

プレスリリースや図録などを参考に各章の主な作品を紹介する。まず第1章が「芸術」。17世紀、芸術は高貴な知的行為であるとされ、画家や彫刻家たちは芸術制作を通し社会的評価を向上させようとした。芸術家の自画像や、芸術が持つとされた神秘的な効果や魔術的な機能をテーマとする作品などが展示されている。

 

冒頭、ベラスケスの《フアン・マルティネス・モンタニェースの肖像》(1635 年頃)がある。師匠のパチェーコとも親交のあった彫刻家が右手にへらを持って制作している姿を捉えている。王侯貴族でない一般人をモデルに人間性を追求した肖像画の傑作とされる。

 

ディエゴ・ベラスケス《フアン・マルティネス・モンタニェースの肖像》(1635 年頃)マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

ディエゴ・ベラスケス《フアン・マルティネス・モンタニェースの肖像》(1635 年頃)マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

 

フランシスコ・デ・スルバランの《磔刑のキリストと画家》(1650 年頃)は、暗い背景に磔刑のキリストが浮かび上がる構図で、神聖な作品だ。画面の右手前に一人の男が右手を胸に、左手にパレットを持ってキリストの顔を見上げているが、その画家と思しき男が誰なのか不明という。キリストと画家だけを一枚の絵にしていて神秘的だ。

 

フランシスコ・デ・スルバラン《磔刑のキリストと画家》(1650 年頃) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

フランシスコ・デ・スルバラン《磔刑のキリストと画家》(1650 年頃) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

第2章は「知識」で、知識や、とりわけ古典古代の哲学や思想は、貧困と分かちがたく結びつけられて表象され、理想化されることなく徹底したリアリズムで描かれた。ベラスケスの《メニッポス》(1638 年頃)は、古代の偉大な哲学者には似つかわしくない、市井の貧しい一老人のように描かれている。

 

ディエゴ・ベラスケス《メニッポス》(1638 年頃) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

ディエゴ・ベラスケス《メニッポス》(1638 年頃) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

この章では、ヤン・ブリューゲル(父)、ヘンドリク・ファン・バーレン、ヘラルト・セーヘルスらによる《視覚と嗅覚》(1620年頃)も。《触覚、聴覚と味覚》と対作品だが、本作は焼失し、レプリカだ。現在,豊田市美術館で開かれている「ブリューゲル展 画家一族150年の系譜」展では、ヤン2世による《嗅覚の寓意》と《聴覚の寓意》(いずれも1945-50年頃)といった類似作品を鑑賞した直後だけに、興味深かった。

 

ヤン・ブリューゲル(父)、ヘンドリク・ファン・バーレン、ヘラルト・セーヘルスら《視覚と嗅覚》(1620年頃) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

ヤン・ブリューゲル(父)、ヘンドリク・ファン・バーレン、ヘラルト・セーヘルスら《視覚と嗅覚》(1620年頃) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

 

第3章の「神話」には、ベラスケスの《マルス》(1638年頃)が展示されている。神話に登場する勇壮な軍神マルスをモデルとしながら、武具を投げ捨て、腰に蒼い布を纏っただけの半裸体だ。ただ頭に冑をかぶっているが疲弊した姿は、時代を見る画家のメッセージを託しているようにも思える。

 

ディエゴ・ベラスケス《マルス》(1638 年頃) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

ディエゴ・ベラスケス《マルス》(1638 年頃) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

 

この時代、カトリック教会の影響力が強く、裸体画が不道徳とされた。しかし裸体人物像が不可欠であった神話画は王侯貴族によって収集され、享受された。ティツィアーノ・ヴェチェッリオの《音楽にくつろぐヴィーナス》(1550 年頃)や、ペーテル・パウル・ルーベンス、ヤーコプ・ヨルダーンスの《アンドロメダを救うペルセウス》(1639-41年)は、神話から構想を得た豊満な裸婦が魅惑的に描かれている。

 

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《音楽にくつろぐヴィーナス》(1550 年頃) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《音楽にくつろぐヴィーナス》(1550 年頃) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

ペーテル・パウル・ルーベンス、ヤーコプ・ヨルダーンスの《アンドロメダを救うペルセウス》(1639-41年)マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prad

ペーテル・パウル・ルーベンス、ヤーコプ・ヨルダーンスの《アンドロメダを救うペルセウス》(1639-41年)マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prad

 

第4章は「宮廷」。ベラスケスが宮廷画家として仕えた国王フェリペ4世は、稀代のコレクターで3000点を超える数の絵画を収集したとされる。マドリードのアルカサル(王宮)だけでなく、ブエン・レティーロ宮とトーレ・デ・ラ・パラーダ(狩猟休憩塔)という二つの宮殿を造営させ、内部を飾る多くの絵画を国内外から集めた。

 

ベラスケスの描いた《狩猟服姿のフェリペ4世》(1632-34年) は、狩猟用の衣装をまとった国王の姿が写実的に捉えられている。もう1点、《バリェーカスの少年》(1635-45 年)は、明らかに身体的、精神的障害の少年の肖像画で、矮人をモデルに、ありのままを真実に描写することで人間の存在感を印象付ける。

 

(左)ディエゴ・ベラスケス《狩猟服姿のフェリペ4世》(1632-34 年) マドリード、プラド美術館蔵 (右) ディエゴ・ベラスケス《バリェーカスの少年》(1635-45 年)マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

左)ディエゴ・ベラスケス《狩猟服姿のフェリペ4世》(1632-34 年)
右) ディエゴ・ベラスケス《バリェーカスの少年》(1635-45 年)
マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

 

他の作品では、アントニオ・デ・ペレーダの《ジェノヴァ救援》(1634-35 年)は、スペイン軍の戦勝画の1点。サンタ・クルス侯爵率いるスペイン軍が同盟国ジェノヴァをフランス・サヴォイ連合軍から解放した場面で、ジェノヴァの総督が城門で侯爵を迎えている構図が写実的に表現されている。

 

アントニオ・デ・ペレーダ《ジェノヴァ救援》(1634-35 年) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

アントニオ・デ・ペレーダ《ジェノヴァ救援》(1634-35 年) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

 

第5章に「風景」を取り上げる。イタリアやフランドルの当時一流の風景画家たちの作品が流入し、スペインでも風景画を手掛ける画家が現われる。ベラスケスが描いた肖像画の傑作《王太子バルタサール・カルロス騎馬像》(1635 年頃)が目を引く。王子の凛々しい騎馬姿に目を奪われがちだが、背景にマドリード近郊の山並みが奔放な筆致で描き込んでいる。

 

ディエゴ・ベラスケス《王太子バルタサール・カルロス騎馬像》(1635 年頃) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

ディエゴ・ベラスケス《王太子バルタサール・カルロス騎馬像》(1635 年頃) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

 

この章では、フランドルやイタリア、フランスの風景画も出品されている。古代ローマの遺跡を巧みに描くフランスのクロード・ロランの《聖セラピアの埋葬のある風景》(1639 年頃)があれば、デニス・ファン・アルスロートの《ブリュッセルのオメガングもしくは鸚鵡の祝祭:職業組合の行列》(1616年)には、無数の人を緻密で繊細に描いていて驚愕だ。

 

クロード・ロラン《聖セラピアの埋葬のある風景》(1639 年頃) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

クロード・ロラン《聖セラピアの埋葬のある風景》(1639 年頃) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

デニス・ファン・アルスロート《ブリュッセルのオメガングもしくは鸚鵡の祝祭:職業組合の行列》(1616年)マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

デニス・ファン・アルスロート《ブリュッセルのオメガングもしくは鸚鵡の祝祭:職業組合の行列》(1616年)マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

 

第6章は「静物」。スペインでは、緻密な観察による迫真的な描写で宗教的神秘をも感じさせる荘厳な静物画が制作された。フアン・デ・エスピノーサ《ブドウのある八角形の静物》(1646 年)や、肉をくわえた犬が川面に映った自らの肉を奪おうとして、口を開いたため肉を落とす場面を描いたパウル・デ・フォスの《犬と肉の寓話》(1636-38年)などが展示されている。

 

フアン・デ・エスピノーサ《ブドウのある八角形の静物》(1646 年)マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

フアン・デ・エスピノーサ《ブドウのある八角形の静物》(1646 年)マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

パウル・デ・フォス《犬と肉の寓話》(1636-38年)マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

パウル・デ・フォス《犬と肉の寓話》(1636-38年)マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

 

最後の第7章は「宗教」がテーマ。教会は神の教えを正しく、わかりやすく伝え、民衆の心に直接訴えかけるために、美術を最大限活用した。熱い信仰心を高める聖母や聖家族、様々な聖人の殉教や幻視といった場面が数多く描かれる。

 

《東方三博士の礼拝》(1619年)は、ベラスケスの身近な人をモデルにした家族図との説が有力で、庶民的な雰囲気が漂う礼拝図に仕上げているのが特徴だ。ルーベンスの《聖アンナのいる聖家族》(1630 年頃)は、自然な家族の情愛を厳かに表現している。

 

左)ディエゴ・ベラスケス《東方三博士の礼拝》(1619年) 右)ペーテル・パウル・ルーベンス《聖アンナのいる聖家族》(1630 年頃) マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

左)ディエゴ・ベラスケス《東方三博士の礼拝》(1619年)
右)ペーテル・パウル・ルーベンス《聖アンナのいる聖家族》(1630 年頃)
マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

サイズの大きな作品も多く、迫力満点

スペイン絵画は16世紀末から17世紀にかけて、グレコ、リベーラ、スルバラン、ムリーリョ、ベラスケスらの巨匠を輩出し、黄金時代といわれる。16~17世紀のスペイン統一王権を担ったのは5人のハプスブルク家の君主であった。在位1556~98年のフェリペ2世がマドリードを首都と定めた1561年まで宮廷そのものは、有力都市を転々と移り回る移動統治が続けられていた。

 

フェリペ2世はマドリード王宮やエル・エスコリアール修道院・離宮などのためにイタリアやフランドルの名画を収集した。それを引き継いだフェリペ4世は美的鑑賞のために絵画をコレクションし、スペイン絵画はその影響下で栄えた。

 

今回のプラド美術館展は、17世紀における宮廷の雰囲気を彷彿させ、スペイン絵画の多様性と質の高さを伝えていた。その中心にベラスケスがいた。後年、ゴヤが「ベラスケス、レンブラント、そして自然が私の師」と書き残し、印象派の画家たちが「画家の中の画家」と賛辞を贈ったのも頷ける。

 

ただ残念だったのは、代表作の《マルガリータ王女》(1660年頃)にお目にかかれなかったことだ。王女を描いた作品は、10数年前に訪れたウィーン美術史美術館のベラスケス絵画室で《青い衣装のマルガリータ》など何点も展示されていて、「これぞベラスケス」と先入観を強くしていた。

 

とはいえ史上最多という7点のベラスケス作品は、重層的で見ごたえ十分だ。他の作品もサイズの大きな作品も多く、その迫力は間近に感じられた。最終会場の兵庫県立美術館はロング開催なので、巨匠を育んだ国際的なスペイン宮廷のアートシーンを目撃できる絶好の機会といえよう。

 

迫力の大きな作品が並ぶ「神話」の章の展示マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado

迫力の大きな作品が並ぶ「神話」の章の展示マドリード、プラド美術館蔵 (C) Museo Nacional del Prado