天才と評される画家が後世どのような影響を及ぼしたのかを検証した二つの展覧会が愛知県下で催されている。20世紀、印象派の巨匠として知られるモネが最晩年の大作《睡蓮》に着手してから約100年になる。印象派を超えて現在にまでつながるモネ芸術の深みと広がりを追求した「モネ それからの100年」が、名古屋市美術館開館30周年記念の特別展として7月1日まで開催中だ。16世紀、壮大な構図を細密に描いた《バベルの塔》を遺したフランドル絵画を代表するブリューゲル1世を受け継いだ4世代の作品が揃い踏みの「ブリューゲル展 画家一族150年の系譜」が豊田市美術館で7月16日まで開かれている。文字通り時代を画した二人の天才画家にスポットを当ててみた。

名古屋市美術館開館30周年記念「モネ それからの100年」
先駆のモネ、共鳴の美術作品約90点展示

西洋絵画の中でも印象派は日本人好みだ。毎年のように各地の美術館で切り口を変え展覧会が開催されている。私の図録用の書棚も、印象派のコーナーが幅をきかしている。その代表格がモネだ。しかし今回のモネ展はひと味違った趣向だ。モネの初期から晩年までの絵画26点とともに、後世代の26作家による絵画・版画・写真・映像など63点が出品され、現代の視点からモネを見直すことにより、その新たな価値を検証しているからだ。そして「印象派の巨匠」という肩書にとどまらず、いまもなお生き続けるモネの芸術のゆたかな魅力に迫っている。期間中一部展示替えがある。

 

クロード・モネ(1840~1926)は、200点以上の「睡蓮」を制作しているが、死の直前まで取り組んだ『朝』『雲』『柳』など8構図22点の大装飾画《睡蓮》は、86歳で生涯を閉じた翌年の1927年に、パリのオランジュリー美術館で公開された。2010年になって現地で鑑賞したが、モネが思い描いた展示の部屋に身を置くことの満たされた感懐に浸った。公開当時、人々の反応は冷淡だった。しかしモネの斬新な絵画表現は次第に理解者を増やし、21世紀の現代作家たちを魅了し、刺激し続けることになった。

 

図録などを参考に代表作を取り上げる。4章構成で、第1章は「新しい絵画へ―立ちあがる色彩と筆触」。眼前の光景を、明暗や遠近法より、筆致や色彩を重視して再構成する「筆触分割」に主眼を置いた手法で描いたモネの前半の作品が展示されている。《ヴィレの風景》(1883年、個人蔵)は日本初公開。木立の間から河と山が抽象的に描かれている。

 

クロード・モネ《ヴィレの風景》(1883年、個人蔵) (c) Christie's Images / Bridgeman Images

クロード・モネ《ヴィレの風景》(1883年、個人蔵) (c) Christie’s Images / Bridgeman Images

 

この作品と対比して並ぶ丸山直文の《puddle in the woods 5》2010年、作家蔵)は、木々に囲まれた水辺の情景をステイニング(滲み)という独自の技法で描いているが、モネの《ヴィレの風景》との類似性が見てとれる。

 

《ヴィレの風景》と、丸山直文の《puddle in the woods 5》2010年、作家蔵)の比較展示

《ヴィレの風景》と、丸山直文の《puddle in the woods 5》(2010年、作家蔵)の比較展示

 

この章では、画面中央に道を配した遠近法で描かれたモネの初期作品の《サン=シメオン農場の道》(1864年)や、筆触分割手法の《モンソー公園》(1876年、いずれも泉屋博古館分館)、《サン=タドレスの断崖》(1867年、松岡美術館)なども出品されている。

 

クロード・モネ《モンソー公園》(1876年、泉屋博古館分館)

クロード・モネ《モンソー公園》(1876年、泉屋博古館分館)

 

これらの作品と比較されているのがヴィレム・デ・クーニングの《風景の中の女》(1966年、東京国立近代美術館)はじめ、堂本尚郎の《1960-5》(1960年、いわき市立美術館)、中西夏之の《G/Z 夏至・橋の上 To May ⅤⅡ 》(1992年、名古屋画廊)などで興味深い。

 

第2章は「形なきものへの眼差し―光、大気、水」。モネと言えば、「睡蓮」と「積みわら」の連作が思い浮かぶ。しかし最も執着したのが「形なきもの」ではなかったかの視点で捉えている。《セーヌ河の日没、冬》(1880年、ポーラ美術館)は、刻々と変化する大気、光線、水面の表情を描く。《霧の中の太陽》(1904年、個人蔵)は、霧に包まれたテームズ河畔の光景を、淡い色彩で描き、まるでヴェールに覆われたような空間表現だ。「睡蓮」とともに連作の《ジヴェルニーの積みわら、夕日》(1888-89年、埼玉県立近代美術館)も出品されている。

 

左)クロード・モネ《セーヌ河の日没、冬》(1880年、ポーラ美術館) 右)クロード・モネ《霧の中の太陽》(1904年、個人蔵)

左)クロード・モネ《セーヌ河の日没、冬》(1880年、ポーラ美術館)(C)Pola Museum of Art, Pola Art Foundation
右)クロード・モネ《霧の中の太陽》(1904年、個人蔵)

クロード・モネ《ジヴェルニーの積みわら、夕日》(1888-89年、埼玉県立美術館)

クロード・モネ《ジヴェルニーの積みわら、夕日》(1888-89年、埼玉県立近代美術館)

 

ここではゲルハルト・リヒターの《アブストラクト・ペインティング(CR845-5)》と《アブストラクト・ペインティング(CR845-8)》(いずれも1997年、金沢21世紀美術館)、ロスコの《赤の中の黒》(1958年、東京都現代美術館)や、モーリス・ルイスの《ワイン》(1958年、広島市現代美術館)、松本陽子の《振動する風景的画面Ⅲ》(1993年、倉敷市立美術館)などが並ぶ。

 

ゲルハルト・リヒター《アブストラクト・ペインティング(CR845-5)》(右)と《アブストラクト・ペインティング(CR845-8)》(いずれも1997年、金沢21世紀美術館)

ゲルハルト・リヒター《アブストラクト・ペインティング(CR845-5)》(右)と《アブストラクト・ペインティング(CR845-8)》(いずれも1997年、金沢21世紀美術館)(C)Gerhard Richter 2018(0005)

松本陽子《振動する風景的画面Ⅲ》(1993年、倉敷市立美術館)(c) Yoko Matsumoto

松本陽子《振動する風景的画面Ⅲ》(1993年、倉敷市立美術館)(c) Yoko Matsumoto

 

第3章の「モネへのオマージュ―さまざまな『引用』のかたち」は、モネの「睡蓮」や「積みわら」などのモチーフを引用した画家の作品で、堂本尚郎《連鎖反応―クロード・モネに捧げる》(2003年、個人蔵)をはじめ、ロイ・リキテンスタインの《積みわら》(1969年、富士ゼロックス株式会社)や、ルイ・カーヌの《睡蓮》(1993年、ギャラリーヤマキファインアート)を展示。

 

堂本尚郎《連鎖反応―クロード・モネに捧げる》(2003年、個人蔵)

堂本尚郎《連鎖反応―クロード・モネに捧げる》(2003年、個人蔵)

 

福田美蘭の《モネの睡蓮》もあり、作家は「色彩の重なりが生み出す精神的空間。ほとんど抽象画のようなモネの《睡蓮》を観るとき、眼がモネの眼差しに同化していく感覚をおぼえます」と、コメントしている。

 

福田美蘭《モネの睡蓮》(2002年、大原美術館)

福田美蘭《モネの睡蓮》(2002年、大原美術館)

 

最後の第4章「フレームを越えて―拡張するイメージ」では、「睡蓮」の連作を軸に、モネの後期の作品を展示し、色彩や形態の反復、空間の拡張への志向などを切り口に現代アートとの接点を探っている。《睡蓮》(1906年、吉野石膏株式会社[山形美術館に寄託])や《柳》(1897-98年頃、個人蔵[国立西洋美術館に寄託])などモネの作品とともに、サム・フランシスの《Simplicity [SEP80-68]》(1980年、セゾン現代美術館)や、小野耕石のインスタレーション作品《波絵》(2017年、作家蔵)など、モネに共鳴する作品が数多く出品されている。

 

クロー・モネ《睡蓮》(1906年、吉野石膏株式会社)

クロード・モネ《睡蓮》(1906年、吉野石膏株式会社、山形美術館に寄託)

クロード・モネ《柳》(1897-98年頃 個人蔵、国立西洋美術館に寄託)

クロード・モネ《柳》(1897-98年頃 個人蔵、国立西洋美術館に寄託)

 

開館30年の名古屋市美術館では、4回目のモネ展という。2009年の「モネ―印象 日の出」展は印象深い。印象派の名前の由来となった《印象、日の出》(1872年)は、朝の大気の揺らぎや何隻かの船が航行する光景は、写実的ではなく確かに陽光によって変化していく微妙な色彩を感覚的に捉えていて、後世に重要な意味を投げかけた作品だと納得したものだ。

 

小野耕石インスタレーション作品《波絵》(2017年、作家蔵)

小野耕石インスタレーション作品《波絵》(2017年、作家蔵)

今回の展覧会を企画した深谷克典副館長は、図録の中で「この画家の精神と造形的な遺産が単なる抽象絵画への歴史的な接続に留まらず、より幅広い世代と様式の芸術家たちに受け継がれていることは、本展の出品作がなによりも雄弁に物語っている。(中略)モネの絵画は永遠の現在として、我々の前に存在し、我々を刺激し続けるのである」と結んでいる。

 

なお「モネ それからの100年」展は、横浜美術館(7月14日~9月24日)に巡回する。

豊田市美術館「ブリューゲル展 画家一族150年の系譜」
宗教から風俗、風景、寓意、静物画など約100点

「一生に一度は見たい名画」との惹句で、昨年話題になったピーテル1世が描いた《バベルの塔》(1568年頃)の余韻が残る中、今度は「画家一族がやってきた」――。先行の東京都美術館での展覧会を閉館前に駆け足で回っていたこともあり、豊田市術館の内覧会に駆けつけ、じっくり鑑賞した。ピーテル1世亡き後も、2人の息子をはじめ玄孫まで9人の力量のある画家を輩出した一族の作品を含む約100点によって、16~17世紀フランドル絵画の全体像に迫ろうという企画展だ。通常観ることのできない貴重なプライベート・コレクションで、ほとんどが日本初公開となる。

 

ピーテル・ブリューゲル1世(1520/25-69)は、現在のベルギー北部の農村に生まれたとされているが、生年や生地は定かではない。ヒエロニムス・ボス風の幻想や奇想の作品を手がけるが、現実世界を冷静に見つめ、農民を題材にした作品を数多く描いた。人間の日常生活を何の偏見もなく、ありのままに表現した観察眼は、子から孫、ひ孫へと受け継がれ、一族の絵画様式と伝統を築き上げた。

 

まず150年に及ぶ一族の系譜をひも解く。長男のピーテル2世(1564-1637/38)は、大きな工房を営み、父の作品の忠実な模倣作(コピー)を中心に約1000点を制作している。次男のヤン1世(1568-1625)は、父の自然への関心を受け継いで発展させ、多くの傑作を残した。バロックの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスとの親交でも知られる。ヤン1世にはヤン2世やアンブロシウス、アブラハムといった子孫たちが、一族の作風を受け継ぎ、ヤン2世の子孫らも活躍する。

 

展示は7章立てで、こちらも章ごとに代表作を紹介する。第1章が「宗教と道徳」。ピーテル1世はボスの様式を取り入れた宗教的な作品を数多く制作している。版画の《最後の審判》(1558年、下絵)は、中央にキリストを位置し、右手側に救われる者たち、左手側に地獄に落ちる者たちが配されている。手前にはボス風の怪物も描かれている。

 

ピーテル・ブリューゲル1世《最後の審判》(1558年)

ピーテル・ブリューゲル1世《最後の審判》(1558年)

 

0ピーテル1世と工房とされる油彩画の《キリストの復活》(1563年頃)の右片隅に風景が描かれ、宗教画の中で重要な位置を占め始める。マールテン・ファン・ファルケンボルフ(1534-1612)とヘンドリク・ファン・クレーフェ(1525-1590/95)による《バベルの塔》(1580年頃)は、ピーテル1世の作品の影響を受けたのであろう。

 

ブリューゲル1世と工房《キリストの復活》(1563年頃)

ブリューゲル1世と工房《キリストの復活》(1563年頃)

マールテン・ファン・ファルケンボルフとヘンドリク・ファン・クレーフェ《バ   ベルの塔》(1580年頃)

マールテン・ファン・ファルケンボルフとヘンドリク・ファン・クレーフェ《バベルの塔》(1580年頃)

第2章「自然へのまなざし」では、風景が中心となり、聖書の教えなどを織り込む風潮が見られる。父譲りの自然への崇拝精神を受継いだヤン1世の《水浴をする人たちのいる川の風景》(1595-1600年頃)や、《アーチ状の橋のある海沿いの町》(1590-950年頃)に顕著だ。

 

左)ヤン1世《水浴をする人たちのいる風景》(1595-1600年頃) 右)ヤン1世《アーチ状の橋のある海沿いの町》(1590-950年頃)

左)ヤン1世《水浴をする人たちのいる風景》(1595-1600年頃)
右)ヤン1世《アーチ状の橋のある海沿いの町》(1590-950年頃)

第3章は「冬の風景と城砦」で、ピーテル2世の《鳥罠》(1601年)は雪景色の中に、幾匹かの鳥と集う人々の姿を優美に描いている。ヤン2世の《冬の市場への道》(1625年頃)も農民の暮らしをテーマにした作品で、白と青の色調ながら、農民の衣服の赤がアクセントになっている。

 

ピーテル2世の《鳥罠》(1601年)

ピーテル2世《鳥罠》(1601年)

 

第4章「旅の風景と物語」では、ピーテル1世の版画《イカロスの墜落の状景を伴う3本マストの武装帆船》(1561-62年頃、下絵)は、まるで写真のように写実的に描かれている。ヤン1世の油彩画のための《馬と馬車(準備素描)》(1610年頃)や、《山沿いの海岸線をいく船団》(1590-95年頃)も展示されている。

 

ブリューゲル1世の下絵《イカロスの墜落の状景を伴う3本マストの武装帆船》(1561-62年頃)

ブリューゲル1世の下絵《イカロスの墜落の状景を伴う3本マストの武装帆船》(1561-62年頃)

 

古代ギリシ哲学やイタリア・ルネサンスの思想を反映した第5章の「寓意と神話」では油彩の大作が並ぶ。ヤン2世が得意とした分野で《地上の楽園》(1620-25年頃)のほか、《嗅覚の寓意》と《聴覚の寓意》(いずれも1945-50年頃)、《平和の寓意》と《戦争の寓意》(いずれも1940年代)などがある。ここではヤン1世の《ノアの箱舟への乗船》(1610年頃)も出品されている。

 

ヤン2世《嗅覚の寓意》(1945-50年頃) ヤン2世《聴覚の寓意》(1945-50年頃)

左)ヤン2世《嗅覚の寓意》(1945-50年頃)  右) ヤン2世《聴覚の寓意》(1945-50年頃)

ヤン1世《ノアの箱舟への乗船》(1610年頃)

ヤン1世《ノアの箱舟への乗船》(1610年頃)

 

第6章が「静物画の隆盛」で、ヤン1世と2世の父子が共同制作した《机上の花瓶に入ったチュ-リップと薔薇》(1610-15年頃)など静物画のオンパレードだ。ヤン1世が得意とし、しばしば季節の異なる花を合わせて描いているので、単なる写生画ではない。ヤン・ファン・ケッセル1世が大理石に描いた《蝶、カブトムシ、コウモリの習作》(1659年)などの珍しい作品も展示されている。

 

ヤン1世と2世《机上の花瓶に入ったチュ-リップと薔薇》(1610-15年頃)

ヤン1世と2世《机上の花瓶に入ったチュ-リップと薔薇》(1610-15年頃)

ヤン・ファン・ケッセル1世《蝶、カブトムシ、コウモリの習作》(1659年)

ヤン・ファン・ケッセル1世《蝶、カブトムシ、コウモリの習作》(1659年)

 

最後の第7章「農民たちの踊り」は、ブリューゲル一族の特筆すべきコーナーだ。ピーテル2世の《野外での婚礼の踊り》(1610年頃)は、この展覧会の図録の表紙やチラシを飾る。この作品も父の作品をコピーしているが、2世の関心が農村や日常の風物誌に移行し、廉価で量産したという。

 

ピーテル2世《野外での婚礼の踊り》(1610年頃)

ピーテル2世《野外での婚礼の踊り》(1610年頃)

 

私事だが、かつて朝日新聞社の企画部に在籍していた2000年8月、ベルギーに出張し、ブリュッセル王立美術館やゲント美術館で、ピーテル1世と2人の息子の作品を鑑賞していたが、昨年の「バベルの塔」展に続き、「画家一族」展によって、ピーテル1世の画家としての存在感の大きさをあらためて知った。孫や曾孫、玄孫の作品はほとんど美術館の収蔵庫や個人蔵で、公に目にするまたとない機会であった。作品は宗教画から脱し、農民や子どもの風俗画、寓意画、風景画、静物画などジャンルが多岐にわたり、天才画家のDNAを受け継いだ子孫の力量にも驚くばかりだ。

 

「ブリューゲル展 画家一族150年の系譜」展は、東京、豊田の後、札幌芸術の森美術館(7月28日~9月24日)、広島県立美術館(10月8日~12月16日)、郡山市立美術館(2019年1月11日~3月31日)へ巡回する。