北斎や運慶、ブリューゲルやミュシャ、そして村上隆や草間弥生、さらには日本の国宝展や海外美術館の名品の数々…。見れば見るほど、知れば知るほど、奥の深いアートの世界を古今東西、様々な視点で取り上げてきた。美と驚異に満ちたアートの興味は尽きない。今年最後の寄稿は、名古屋で開催されている注目の二つの展覧会をリポートする。「ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信」が来秋に閉館の決まった名古屋ボストン美術館で1月21日まで開催。「シャガール展 三次元の世界」は名古屋市美術館で2月18日まで開かれている。時代も作風も異質の絵師と画家による円熟期の作品が出品されているが、「鈴木春信展」は「時は江戸、恋初々しく」と謳い、「シャガール展」も、「~キャンヴァスから飛び出す恋人や動物たち~」をサブタイトルに。ともにキーワードとなっている「恋」の表現世界に迷い込んでみよう。

「ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信」
「見立絵」や美人画、約150点の里帰り

浮世絵と言えば、歌麿や写楽、北斎の名が思い浮かぶが、「春信を知らずして浮世絵は語れない!」が、この展覧会のメッセージでもある。錦絵創始期の第一人者であり、小さな画面に詩的で洗練されたイメージを豊かに表現した作品は、没後も春信を慕う絵師たちに影響をもたらした。

 

近年、北斎展や江戸絵画の展覧会が頻繁に催される中、春信展は作品が希少で80パーセント以上が海外に所在しており、日本で展覧会を開くのが最も難しい浮世絵師といわれてきた。今回の展覧会は、600点以上の春信作品を所蔵し、世界一のコレクションを誇るボストン美術館から関連作品を含む約150点の里帰りが実現した。展覧会は千葉市美術館を皮切りに、名古屋の後、大阪・あべのハルカス美術館、福岡市博物館を巡回する。

 

鈴木春信 (1725?‐1770)は、江戸神田に生まれ、京都に出て西川祐信に学び、江戸に戻って活躍する。木版多色摺りの版画技術が開発された明和期(1764-72)に、江戸の評判娘や若い恋人たち、屈託なく遊ぶ子どもや幼子に衣を着せる母といったさりげない日常、名所などを多岐にわたって描き、錦絵の大衆化に貢献した。

 

春信は美人画や絵暦などともに、古典の物語や故事、和歌を題材に、江戸に息づく情景に置き換えて描き、一見して当世風俗の絵だが、その中に原典の主題を察して読み解く「見立絵」や「やつし絵」と呼ばれる作品を数多く手がけている。

 

《鍵屋お仙と猫を抱く若衆》(手前)など春信作品が並ぶ会場

《鍵屋お仙と猫を抱く若衆》(手前)など春信作品が並ぶ会場

 

その中でも「見立玉虫 屋島の合戦」(1766-77年)は平家物語の玉虫御前を当世風の娘に置き換え描いたもの。葦が生い茂る水辺の屋形船のへさきに立つ若い娘が扇を片手に掲げる。この図は『平家物語』や『源平盛衰記』で語られる逸話が下敷きになっており、そのペアとなる参考出品の《見立那須与一 屋島の合戦》(1766-77年、個人蔵)には、茄子畑を背景に弓矢に恋文を結びつけた若衆が描かれ、男女の恋を感じさせる趣向だ。なお「見立玉虫 屋島の合戦」は、ボストン美術館でしか所蔵が確認されていないという。

 

鈴木春信《見立玉虫 屋島の合戦》(1766-67年頃)

鈴木春信《見立玉虫 屋島の合戦》(1766-67年頃)

 

夕暮れを詠んだ著名な和歌「三夕」の歌人を一図に収めた《見立三夕 定家 寂蓮 西行》(1751-64)も世界で1点しか確認されていない春信初期の作品だ。会場には個別の《衝立の前に座る遊女(見立西行)》(1765年)や、《見立三夕「西行法師」》(1765年頃)、《見立三夕「寂蓮法師」》(1767年頃)も出品されている。

 

鈴木春信《見立三夕 定家 寂蓮 西行》(1751-64年) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19703

鈴木春信《見立三夕 定家 寂蓮 西行》(1751-64年) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19703

 

絵暦では、《見立孫康》(1765年)は「蛍の光窓の雪」で有名な中国の孫康の故事を題材とした見立絵で、遊女が窓辺の雪明かりで手紙を読んでいる姿に置き換えられている。手にする手紙には明和2年の小の月が示されている。

 

鈴木春信《見立孫康》 (1765年)William Sturgis Bigelow Collection, 11.19438

鈴木春信《見立孫康》 (1765年)William Sturgis Bigelow Collection, 11.19438

 

展示は、プロローグの「春信を育んだ時代と初期の作品」に始まり、「絵暦交換会の流行と錦絵の誕生」「絵を読む楽しみ」「江戸の恋人たち」「日常を愛おしむ」「江戸の今を描く」、そしてエピローグの「春信を慕う」の章で構成されている。

 

鈴木春信《桃の小枝を折り取る男女》(1766年) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19448,11.19506

鈴木春信《桃の小枝を折り取る男女》(1766年) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19448,11.19506

 

しかしどの章にも、春信の十八番といえる若い男女を描いた恋の図が目立つ。《桃の小枝を折り取る男女》(1766年)の絵暦はじめ、《「寄菊」  夜菊を折り取る男女》(1769-70年頃)、《八つ橋の男女(見立八橋)》(1767年頃)、《雪の門前の男女(見立鉢木)》(1767-68年)、《伊達虚無僧姿の男女》(1769-70年頃)などといった具合だ。

 

鈴木春信《寄菊 夜菊を折り取る男女》(1769-70年頃) Nellie Parney Carter Collection-Bequest of Nellie Parney Carter, 34.345 

鈴木春信《「寄菊」  夜菊を折り取る男女》(1769-70年頃) Nellie Parney Carter Collection-Bequest of Nellie Parney Carter, 34.345

鈴木春信《八つ橋の男女(見立八橋)》(1767年頃) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19462

鈴木春信《八つ橋の男女(見立八橋)》(1767年頃) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19462

 

1603年に徳川幕府が生まれて150年余、平和な世の中にあって、春信の描く男性には力強さより優美さが漂う。男女とも華奢でしなやか、現実的な生々しさは見当たらない。気配に気づいて振り返る娘や、連れ添う若衆も、妙に艶かしく、女性ではと見まごうほどだ。

 

美人図もずらり並ぶ。『源氏物語』を題材にした《女三宮と猫》 (1767-68年頃)や、西川祐信の「小野小町」風の《官女》(1767年頃)、美しい町娘を描いた《浮世美人寄花 笠森の婦人 卯花》 (1769年頃)などが目を引く。

 

鈴木春信《女三宮と猫》年(1767-68年頃) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19508

鈴木春信《女三宮と猫》年(1767-68年頃) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19508

左)鈴木春信《官女》(1767年頃) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19509 右)鈴木春信《浮世美人寄花 笠森の婦人 卯花》(1769年頃) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19515

左)鈴木春信《官女》(1767年頃) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19509
右)鈴木春信《浮世美人寄花 笠森の婦人 卯花》(1769年頃) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19515

 

一方で、春信は江戸の人々の日常も数多く取り上げている。人の常として守るべき「仁・義・礼・智・信」を描いた風俗画シリーズの《五常 智》 (1767年)の他、祭礼を楽しむ《子どもの獅子舞》(1767-68年頃)や、幼子に衣を着せる母の姿を捉えた《風流五色墨「宗瑞」》も。名所の作品では《風流江戸八景 駒形秋月》(1968年頃)など幅広い。

 

鈴木春信《五常 智》(1767年)  William Sturgis Bigelow Collection, 11.19456

鈴木春信《五常 智》(1767年)  William Sturgis Bigelow Collection, 11.19456

鈴木春信《風流江戸八景 駒形秋月》5年(1768年頃) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19500

鈴木春信《風流江戸八景 駒形秋月》5年(1768年頃) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19500

 

最後の章では、40歳代で急逝した春信没後、春広と名乗っていた礒田湖龍斎(1735~?)の《やつし源氏 御幸》(1770-72頃)は、春信の《雪中相合傘》(1767年頃、大英博物館他所蔵)と同じ構図の作品だ。喜多川歌麿(? ~1806 )の《おきたとお藤》(1793-94年)は、春信美人を代表する「お藤」から歌麿が描く「おきた」へと、まるで美人画の正当な継承者であると主張するような作品もある。

 

礒田湖龍斎《やつし源氏 行幸》(1770-72年頃) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19547

礒田湖龍斎《やつし源氏 行幸》(1770-72年頃) William Sturgis Bigelow Collection, 11.19547

喜多川歌麿《お藤とおきた》(1793-94年) William Sturgis Bigelow Collection, 11.14282

喜多川歌麿《お藤とおきた》(1793-94年) William Sturgis Bigelow Collection, 11.14282

 

展覧会担当の鏡味千佳学芸部長は「鈴木春信の作品群は、ボストン美術館の浮世絵コレクションの神髄を担うといっても過言ではなく、質・量ともに世界一のコレクションです。2002年に千葉市美術館で開催されて以来の春信の作品展は、近年の浮世絵展の歴史においても、日本里帰りとしても大変意義深いものです。広重や北斎、歌麿らとはまた違う、穏やかで知的な画題、そして繊細で優美な春信の世界をご堪能ください」と強調している。

 

ところでアメリカのボストン美術館の姉妹館として1999年に開館した名古屋ボストン美術館は、20年で幕を下ろすことになる。「鈴木春信展」後、「ボストン美術館の至宝展」(2018年2月18日~7月1日)、「ハピネス~明日の幸せを求めて」(2018年7月24日~10月8日)が最終展となる。

 

「鈴木春信展」が開かれている名古屋ボストン美術館。来年度末に閉館

「鈴木春信展」が開かれている名古屋ボストン美術館。来秋に閉館

「シャガール展 三次元の世界~キャンヴァスから飛び出す恋人や動物たち~」
「愛の画家」の知られざる彫刻と陶器60点

「鈴木春信展」と異なり、「シャガール展」の方は、毎年のように全国各地で開催されている。しかし「シャガール展 三次元の世界」 と題された今回の展覧会は、ほとんど知られていない彫刻と陶器などの立体作品を、まとめてご紹介する日本で初めての試みだ。もちろん馴染みの深い絵画や素描、版画もあり、約170点の出品作品中、3分の1の60点が彫刻と陶器といった構成だ。妻を一途に愛し、愛や結婚をテーマにした「愛の画家」の知られざる表現世界に迫っている。

 

「シャガール展」が開かれている名古屋市美術館

「シャガール展」が開かれている名古屋市美術館

 

マルク・シャガール(1887~1985)は、帝政ロシア領ヴィテブスクで9人兄弟の長男として生まれる。1910年にパリに赴き、5年間の滞在し故郷へ戻る。母が病死した15年に数多くの作品モデルとなるベラローゼンフェルト(ベラ)と結婚する。ロシア革命後の23年に再びパリへ。41年には第二次世界大戦の勃発を受け、ナチスの迫害を避けてアメリカへ亡命した。同郷人で最初の妻ベラは44年にアメリカで病死する。48年にパリへ戻ったシャガールは、フランス国籍を取得。65歳となった52年、ユダヤ人女性ヴァランティーヌ・ブロツキー(ヴァヴァ)と再婚する。

 

この間、キュビスム、フォーヴィスム、表現主義、シュルレアリスム、象徴主義などさまざまな前衛芸術スタイルと土着のユダヤ文化を融合した。また絵画、本、イラストレーション、ステンドグラス、舞台デザイン、タペストリー、版画など、様々なジャンルで活動を行う。 戦後になると絵画制作は少なくなり、彫刻、陶芸、セラミック、大規模な壁画、ステンドグラス・ウインドウ、モザイク、タペストリーなどの制作が中心となった。晩年は壮大な19世紀の建築と国の記念碑でもあるパリ・オペラの新しい天井画制作の依頼を受け、話題を集めた。

 

シャガールが最初に陶器を手がけたのは1949年で、その2年後に最初の彫刻作品を制作する。この頃、南仏に定住し、60代半ばの円熟期にさしかかっていたが、新しい表現手段を手にし、創作意欲をみなぎらせる。そして生み出された陶器や彫刻の数々は、画家の余技をはるかに超えた、独自性と創造の喜びにあふれた作品だ。

 

この展覧会は、章建てはなく、制作年の時系列もない。平面作品と深い関わりをもつシャガール彫刻の特徴を踏まえ、関連のある素描や絵画、同主題の絵画などとともに展示しているのが特色だ。まるでシャガールの三次元世界を彷徨いながら鑑賞していく風情だ。

 

まず冒頭に出くわすのが、代表作の一つである油彩の《誕生日》(1923年、AOKIホールディングス蔵)は、シャガールの誕生日に婚約者のベラが花束を届けに来た場面で、画家自身の喜びの表現を宙に舞う姿で色鮮やかに描いている。画中の一部と同じモチーフを扱った彫刻作品の《誕生日》(1968年頃、個人蔵)が側に展示され、平面と立体作品の違いや共通点を探ることが出来る。

 

《誕生日》(1923年、AOKIホールディングス蔵)掲載のチラシ表面

《誕生日》(1923年、AOKIホールディングス蔵)掲載のチラシ表面

 

絵と同じテーマや類似した彫刻がいくつかある。水彩の《夜の裸婦》(1961年、個人蔵)と彫刻の《風景(表)/鳥と恋人たち(裏)》(1952年、個人蔵)や、素描の《月明かりに照らされる二重の顔》(1950年、個人蔵)と彫刻の《恋人たち》(1973年、個人蔵)など、幻想的な画風が立体ではとても生々しくなる。

 

《誕生日》などの展示会場

《誕生日》などの展示会場

 

シャガールはベラを一途に愛するが、97歳で死を迎えるまで、再婚したヴァヴァも後半生の伴侶として愛する。油彩の《ヴァヴァの肖像》(1966年、個人蔵)と大理石の彫像《ヴァヴァ》(1968-71年、個人蔵)には、画家自身と思われる横顔も刻まれている。

 

陶芸作品も独創的だ。水指か花瓶の形状をした《青いロバ》(1954年、個人蔵)は、口縁部分にロバの顔があり、把手にロバの手か足、胴部には美しい彩色が施されている。彩色陶器の《二羽の鳥》(1961年、個人蔵)や、テラコッタの《井戸端の女》(1953年、個人蔵)など味わい深い。

 

《誕生日》(1954年、個人蔵)など彫刻作品

《青いロバ》(1954年、個人蔵)など彫刻作品

 

絵画作品も見ごたえがある。ただ著作権の壁で個別掲載が出来ないのが残念だ。チラシ裏面には《黒い手袋》(1923年、個人蔵)や《逆さ世界のヴァイオリン弾き》(1929年、吉野石膏株式会社蔵)、《振り子時計のある自画像》(1947年、個人蔵)が紹介されているが、会場はシャガールの色彩ワールドで満ちている。

 

《黒い手袋》などが掲載されたチラシ裏面

《黒い手袋》などが掲載されたチラシ裏面

色彩豊かなシャガールの絵画が並ぶ会場

色彩豊かなシャガールの絵画が並ぶ会場

 

名古屋市美術館の深谷克典副館長は、図録に「三次元から四次元へ―シャガールの作品における空間と時間」と題して、次のような文章を寄せている。

 

シャガール一家の写真パネルを前に説明する深谷克典副館長

シャガール一家の写真パネルを前に説明する深谷克典副館長

 

立体作品で取り上げられるモチーフやテーマは、平面作品ですでに取り上げたものがほとんどである。言葉を変えるとシャガールは二次元の平面の中に閉じ込められていたそれらのモチーフを、陶器や彫刻という形で三次元の空間に解き放っているかのように見える。そしてそれはシャガール自身の新たな解放へとつながっている。