アメリカとロシア、フランスの名だたる美術館の名品が神戸と名古屋に集結。その展覧会の宣伝文句がすごい。古今東西の至宝が勢揃い!と謳う「ボストン美術館の至宝展 東西の名品、珠玉のコレクション」が神戸市立博物館で来年2月4日まで、「ようこそ、皇帝の隠れ家へ」と誘う「大エルミタージュ美術館展 オールドマスター 西洋絵画の巨匠たち」が兵庫県立美術館で1月14日までいずれもロングラン開催。名古屋市美術館では、革命のドラマを目撃せよ!「ランス美術館展」が12月3日まで開かれている。時間と費用をかければ海外に出向き名画を鑑賞できる時代とはいえ、これだけの名品を身近に鑑賞できる絶好の機会でもある。

「ボストン美術館の至宝展 東西の名品、珠玉のコレクション」
ゴッホの傑作、ルーラン夫妻の肖像画2点展示

ボストン美術館のコレクションは、古代エジプト美術をはじめ、中国や日本の美術、フランスやアメリカの絵画のほか、版画・写真、現代美術に至るまで、世界有数の規模と質を誇る。これまでもテーマごとの名品展は繰り返し開催されてきたが、今回は約40年ぶりに総合的な展覧会構成となっている。その内容は発掘調査隊の成果を含む古代エジプト美術から、蕭白らによる日本美術と、中国美術の名品、ボストン市民の愛したモネやゴッホを含むフランス絵画、さらに現代美術まで幅広い分野から選りすぐった傑作80点が出品されている。

 

アメリカ東海岸のマサチューセッツ州にあるボストン美術館は、1870年に財界や教育界、文化関係者らの有志らが設立し、1876年に開館した。国や州の財政的援助を受けず、ボストン市民はじめ、個人コレクターや企業によって、コレクションの拡充を続け、現在は約50万点の作品を所蔵する。とりわけ約10万点を有する日本美術と、フランス絵画は世界屈指だ。展覧会では私財を投じ美術館を支えてきた数々のコレクターの活動や物語にも光を当てている。

 

展示は分野別に7つの章で構成されている。その見どころと主な出品作品を紹介する。1章の「古代エジプト美術」では、《ツタンカーメン王頭部》(紀元前1336-1327年)が出色だ。第18王朝の若き王ツタンカーメンと考えられている頭部像で、ネメス頭巾をかぶり、額にある縦の溝にはウラエウス(蛇形記章)があったとされている。頭巾の上には、上下エジプト統一の象徴である二重冠の赤冠の一部が残っている。カルナック神殿からの出土とみられている。

 

《ツタンカーメン王頭部》(紀元前1336-1327年) ボストン美術館所蔵

《ツタンカーメン王頭部》(紀元前1336-1327年) ボストン美術館所蔵

 

館設立後の1905年からハーバード大学と共同で発掘調査に乗り出し、約40年間続けられた。当時は発掘した出土品の多くを持ち帰ることが出来、北スーダンの古代遺跡での成果と合わせ約4万点も入手し貴重なコレクションになった。ただ《ツタンカーメン王頭部》は、個人からの寄付金で1911年に購入された。

 

2章の「中国美術」では、陳容の《九龍図巻》(1244年)が圧巻。約10メートルにも及ぶ長大な画面に9匹の龍が描かれている。沸き立つ雲と荒れ狂う波の中、悠然と飛翔し、佇むさまを豪放な筆墨で表現。陳容は南宋末期に活躍した画家で、龍図を得意とした。こちらも東洋美術愛好からの基金で収蔵されたという。

 

陳容《九龍図巻(部分)》(1244年)   ボストン美術館所蔵

陳容《九龍図巻(部分)》(1244年)   ボストン美術館所蔵

 

3章の「日本美術」でも、高さ2.9、幅1.7メートルもの巨大涅槃の大画面が目を引く。英(はなぶさ)一蝶(1652~1724)による仏画の大作《涅槃図》(1713年)で、表具を含めれば、高さ約4.8、幅約2.3メートルにも及ぶ。涅槃に入る釈迦と悲しみにくれる羅漢や動物たちを鮮やかな色彩で描かれている。フェノロサが購入した後、ボストン美術館で収蔵。劣化していたため、同館でも一度しか公開されていなかったが、約170年ぶりに本格的な解体修理が行われ、初めて里帰りを果たした。

 

英一蝶《涅槃図》(1713年)ボストン美術館所蔵

英一蝶《涅槃図》(1713年)ボストン美術館所蔵

 

曾我蕭白の《風仙図屏風》(1764年頃)は、奇抜な構図だ。画面左上から黒雲が地上に渦巻き強風をあおる。まるで龍のような黒雲に、剣を振りかざす男の背後では、吹き飛ばされた男の表情は滑稽だ。風になびく木々のリアルな表現ながら、どこかユーモアの作品に仕上げている。

 

曾我蕭白《風仙図屏風》(1764年頃)ボストン美術館所蔵

曾我蕭白《風仙図屏風》(1764年頃)ボストン美術館所蔵

 

4章は「フランス絵画」で、目玉作品であるフィンセント・ファン・ゴッホの《郵便配達人 ジョゼフ・ルーラン》(1888年)と、《子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人》(1889年)が登場する。パリから南仏のアルルに移り住んだゴッホは、郵便の仕事に携わるジョゼフ・ルーランと親しくなった。ジョゼフとその妻オーギュスティーヌ、3人の子供たちは、数少ないモデルであった。別々に入手されたルーラン夫妻の肖像画2点が初めてそろって来日を果たした。

 

左)フィンセント・ファン・ゴッホ《郵便配達人 ジョゼフ・ルーラン》(1888年)ボストン美術館所蔵 右)フィンセント・ファン・ゴッホ《子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人》(1889年)ボストン美術館所蔵

左)フィンセント・ファン・ゴッホ《郵便配達人 ジョゼフ・ルーラン》(1888年)ボストン美術館所蔵
右)フィンセント・ファン・ゴッホ《子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人》(1889年)ボストン美術館所蔵

 

クロード・モネの《睡蓮》(1905年)と《ルーアン大聖堂、正面》(1894年)や、ポール・セザンヌの《卓上の果物と水差し》(1890-94年頃)、エドガー・ドガの《腕を組んだバレエの踊り子》(1872年頃)、ジャン=フランソワ・ミレーの《編み物の稽古》(1854年頃)などの名画が並ぶ。

 

左)クロード・モネ《睡蓮》(1905年)ボストン美術館所蔵 右)クロード・モネ《ルーアン大聖堂、正面》(1894年)ボストン美術館所蔵

左)クロード・モネ《睡蓮》(1905年)ボストン美術館所蔵
右)クロード・モネ《ルーアン大聖堂、正面》(1894年)ボストン美術館所蔵

ポール・セザンヌ《卓上の果物と水差し》(1890-94年頃)ボストン美術館所蔵

ポール・セザンヌ《卓上の果物と水差し》(1890-94年頃)ボストン美術館所蔵

エドガー・ドガ《腕を組んだバレエの踊り子》(1872年頃)ボストン美術館所蔵

エドガー・ドガ《腕を組んだバレエの踊り子》(1872年頃)ボストン美術館所蔵

 

5章の「アメリカ絵画」には、ジョン・シンガー・サージェントの《フィスク・ウォレン夫人(グレッチェン・オズグッド)と娘レイチェル》(1903年)は、この絵に描かれた娘が相続し、彼女の協力で、美術館に収蔵されたのだった。同じ作家の《ロベール・ド・セヴリュー》(1879年)も子犬を抱く少年のポーズを捉えているが、あえて黒い背景の中で胸の大きなリボンと足元の靴下の赤色が印象的だ。

 

"左)ジョン・シンガー・サージェント《フィスク・ウォレン夫人(グレッチェン・オズグッド)と娘レイチェル》(1903年)ボストン美術館所蔵<br

左)ジョン・シンガー・サージェント《フィスク・ウォレン夫人(グレッチェン・オズグッド)と娘レイチェル》(1903年)ボストン美術館所蔵
右)ジョン・シンガー・サージェント《ロベール・ド・セヴリュー》(1879年)ボストン美術館所蔵

 

6章で「版画・写真」があり、ウィンスロー・ホーマーの《八点鐘》(1887年)などが出ている。1887年から収蔵が始まり、写真は起源から網羅されている。7章の「現代美術」には、1955年以降に制作された作品を世界中から集め、アンディ・ウォーホルの《ジャッキー》(1964年頃)とともに、村上隆の《If the Double Helix Wakes Up…》》なども出品されている。

 

この展覧会は東京都美術館に続いての開催で、来年弐月8日から7月1日まで、名古屋ボストン美術館に巡回する。ところが名古屋ボストン美術館2018年度末で閉鎖される。1999年の開館後、20年で幕を下ろすことになる。中部経済界は名古屋ボストン美術館の開設を支えてきたものの、追加の資金援助に追い込まれた経緯がある。2020年に設立から150年を迎える本場ボストン美術館の精神をあらためて感じた。

 

「大エルミタージュ美術館展 オールドマスター 西洋絵画の巨匠たち」
昔日の巨匠たちが描いた名画85点が勢揃い

市民らが築いたボストン美術館とは打って変わって、エルミタージュ美術館は、ロシア帝政時代の首都、サンクトペテルブルクにあり、歴代皇帝の居住地であった。この宮殿が美術館となるきっかけになったのは、18世紀半ば、女帝のエカテリーナ2世がベルリンの画商から317点ほどの絵画を買い入れたことに始まる。以来、王家の収集品は、フランスのほか、オランダからも買い込んで数を増したのだ。フランス語で「隠れ家」を意味する「エルミタージュ」という名称もそれに由来する。

 

エルミタージュ美術館は、1917年のロシア革命後には、貴族や富豪の持っていた収集品も没収し美術館の所蔵品とし、現在は絵画作品約1万7千点を含む310万点のコレクションを誇り、世界三大美術館に数えられる。私は2006年に現地を訪ねたが、ネヴァ河に沿って立地し、川面に淡い緑と白い壁面を映し建物が絵になる美しさだった。

 

今回の展覧会では、膨大なコレクションの中でも特に充実している16世紀ルネサンスのティツィアーノ、クラーナハらから、17世紀バロックのレンブラント、ルーベンスを経て、18世紀ロココのヴァトー、ブーシェなどに至る、昔日の巨匠を意味する「オールドマスター」の絵画85点を出展している。

 

各時代の巨匠たちの傑作を国・地域ごと6章に分けて展示している。まず「プロローグ」を飾るのが、ウィギリウス・エリクセンの《戴冠式のローブを着たエカテリーナ2世の肖像》(1760年代)。18世紀後半にロシア帝国を統治し、その拡大と強化に貢献した女帝を描いた肖像画だ。

 

ウィギリウス・エリクセン《戴冠式のロープを着たエカテリーナ2世の肖像》(1760年代)エルミタージュ美術館所蔵

ウィギリウス・エリクセン《戴冠式のローブを着たエカテリーナ2世の肖像》(1760年代)エルミタージュ美術館所蔵

 

1章の「イタリア:ルネサンスからバロックへ」は、世界における美術の一大中心地として数多くの芸術を生み出した足跡を展示。ティツィアーノ・ヴェチェッリオの《羽飾りのある帽子をかぶった若い女性の肖像》(1538年)は、モデルの官能美や豪華な衣装が強調された作品だ。

 

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《羽飾りのある帽子をかぶった若い女性の肖像》(1538年)エルミタージュ美術館所蔵

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《羽飾りのある帽子をかぶった若い女性の肖像》(1538年)エルミタージュ美術館所蔵

 

2章の「フランドル:バロック的豊穣の時代」では、ルーベンスとその工房が圧倒的な影響力を発揮した。この時代を代表するペーテル・パウル・ルーベンスと工房の《田園風景》(1638-40年頃)は、タイトルに頭をかしげる。《抱擁する羊飼い》(1638年)の縮小版ということだそうで、頷けた。

 

ペーテル・パウル・ルーベンスと工房《田園風景》(1638-40年頃)エルミタージュ美術館所蔵

ペーテル・パウル・ルーベンスと工房《田園風景》(1638-40年頃)エルミタージュ美術館所蔵

 

3章は「オランダ:市民絵画の黄金時代」は、富裕階級だけでなく一般市民にも室内画や風俗画、風景画、静物画が平易で親しまれた。レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レインの《運命を悟るハマン》(1660年代前半)は、図録によると旧約聖書に描かれた物語で、国王から死刑宣告を聞いて退く場面とか。フランス・ハルスの《手袋を持つ男の肖像》(1640年頃)も、得意げな表情を生き生きと描いている。

 

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《運命を悟るハマン》(1660年代前半)エルミタージュ美術館所蔵

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《運命を悟るハマン》(1660年代前半)エルミタージュ美術館所蔵

フランス・ハルス《手袋を持つ男の肖像》(1640年頃)エルミタージュ美術館所蔵

フランス・ハルス《手袋を持つ男の肖像》(1640年頃)エルミタージュ美術館所蔵

 

4章の「スペイン:神と聖人の世紀」では、禁欲的で敬虔なカトリック信仰に導く宗教美術が推進された。フランシスコ・デ・スルバランの《聖母マリアの少女時代》(1660年頃)は、縫い物の手を休めて祈る姿を写実的に描いている。

 

フランシスコ・デ・スルバランの《聖母マリアの少女時代》(1660年頃)エルミタージュ美術館所蔵

フランシスコ・デ・スルバランの《聖母マリアの少女時代》(1660年頃)エルミタージュ美術館所蔵

 

5章の「フランス:古典主義的バロックからロココへ」は、ルイ14世治世のバロック、続くルイ15世の治世に軽快で優美、遊び心や郷愁を特徴とするロココ美術が花開く。ジャン=オノレ・フラゴナールとマルグリット・ジェラール《盗まれた接吻》(1780年代末)など、フランスの輝ける時代を彩る画家たちの作品が並ぶ。

 

ジャン=オノレ・フラゴナールとマルグリット・ジェラール《盗まれた接吻》(1780年代末)エルミタージュ美術館所蔵

ジャン=オノレ・フラゴナールとマルグリット・ジェラール《盗まれた接吻》(1780年代末)エルミタージュ美術館所蔵

 

最後の6章は「ドイツ・イギリス:美術大国の狭間で」。宗教改革の影響を受けルカス・クラーナハの《林檎の木の下の聖母子》(1530年頃)などが目を引く。イギリスは、清教徒革命などによる情勢不安が続くが、18世紀初頭、絵画の質は向上し、トマス・ゲインズバラの《青い服を着た婦人の肖像》(1770年代末-80年代初め)のような優れた作品が生まれる。

 

ルカス・クラーナハ《林檎の木の下の聖母子》(1530年頃)エルミタージュ美術館所蔵 21 トマス・ゲインズバラ《青い服を着た婦人の肖像》(1770年代末-80年代初め)エルミタージュ美術館所蔵

左)ルカス・クラーナハ《林檎の木の下の聖母子》(1530年頃)エルミタージュ美術館所蔵
右)トマス・ゲインズバラ《青い服を着た婦人の肖像》(1770年代末-80年代初め)エルミタージュ美術館所蔵

 

なおこの展覧会は、森アーツセンターギャラリー、愛知県美術館を巡回し、兵庫県立美術館が最終会場となっている。

「ランス美術館展」 歴史遺産とシャンパンの街からの贈り物
ダヴィッドにドラクロワ、フジタ作品は30点

パリから北東へ約140キロ、フランス北東部シャンパーニュ地方の街に、200年以上の歴史を有し、ルネサンスから現代まで幅広いコレクション5万点を超す名品を収蔵するランス美術館がある。今回の展覧会では、ダヴィッド、ドラクロワ、ピサロ、ゴーギャン、フジタら17世紀から20世紀まで、選び抜かれた作品約70点が出品されている。

 

ランスと言えば、歴代のフランス国王が戴冠式を行ったノートルダム大聖堂で知られる古都であり、レオナール・フジタ(藤田嗣治)が建立した「平和の聖母礼拝堂(フジタ礼拝堂)」で知られる。この礼拝堂にはフジタが夫人とともに眠っていて、訪れる日本人は多いという。

 

代表的な出品作では、チラシの表紙になっている新古典主義の巨匠、ジャック=ルイ・ダヴィッド(および工房)の《マラーの死》(1793年7月13日以降)が注目を集める。フランス革命の指導者、ジャン=ポール・マラーの暗殺を題材にしたダヴィッドの傑作。暗い背景から浮かび上がる傷ついた姿を捉えていて、揺るぎない構図と卓越した描写力が圧倒的だ。オリジナル作品はベルギー王立美術館が所蔵され、本作はダヴィッドが監修し、工房で再制作したとされている。

 

ジャック=ルイ・ダヴィッド(および工房)の《マラーの死》(1793年7月13日以降)

ジャック=ルイ・ダヴィッド(および工房)の《マラーの死》(1793年7月13日以降)

会場には、《マラーの死》のモデルになるコーナーも

会場には、《マラーの死》のモデルになるコーナーも

会場の名古屋市美術館とランス美術館は2013年に友好提携の覚書を交わし、今年10月には名古屋市とランス市も姉妹都市提携に調印した。展覧会は熊本を皮切りに静岡、福井、広島、東京、山口の各都市を回り、最後の名古屋では、両市の友好を記念して、3点が特別出品されている。その1点に、ウジェーヌ・ドラクロワの《父の呪詛を受けるデスデモーナ》もある。

 

ウジェーヌ・ドラクロワの《父の呪詛を受けるデスデモーナ》

ウジェーヌ・ドラクロワの《父の呪詛を受けるデスデモーナ》

 

ナポレオン3世の皇后、ウジェニーの肖像画も手掛けたエドゥアール・デュビュッフの《ルイ・ポメリー夫人》(1875年)は、爽やかな青のドレスに身を包んだ女性の胸元にはカメオのブローチが光る。この気品が漂う作品のモデルはシャンパン醸造所、ポメリー社創業者の長男の妻、リュシーだという。

 

ウジェーヌ・ドラクロワの《父の呪詛を受けるデスデモーナ》

ウジェーヌ・ドラクロワの《父の呪詛を受けるデスデモーナ》

 

さらにカミーユ・ピサロの《オペラ座通り、テアトル・フランセ広場》(1898年)は、モネが同年代に発表した《積み藁》や《ルーアン大聖堂》に倣って、15点も連作した1点だ。

 

カミーユ・ピサロの《オペラ座通り、テアトル・フランセ広場》(1898年)

カミーユ・ピサロの《オペラ座通り、テアトル・フランセ広場》(1898年)

 

今回の展覧会には、フジタの作品が約30点も占めている。フジタは第二次大戦中、戦意高揚のために戦争画を手がけたが、敗戦後は戦争協力に対する画家仲間の批判に嫌気がさしてフランスへ渡り、ほどなく帰化した。59年にはランスのノートルダム大聖堂でカトリックの洗礼を受けた。《十字架降下》(1927年)や《奇跡の聖母》《授乳の聖母》(いずれも1964年)ながも出揃っている。

 

藤田嗣治《十字架降下》(1927年)などフジタ作品が並ぶ会場

藤田嗣治《十字架降下》(1927年)などフジタ作品が並ぶ会場