新聞社の企画事業を経てフリーになってからも合わせると4半世紀、アートに関わってきた。全国各地、海外に行っても美術館や博物館に出向き、古今東西様々な美術品を目にしてきた。その表現の多様さと多彩さ、そして何より無限ともいえる作家の可能性に驚嘆するばかりだ。そうした変化や進化を感じさせる「アートの現在地」を実感できる二つの展覧会を取り上げる。その一つが「絹谷幸二 色彩とイメージの旅」で、京都国立近代美術館で10月15日までの開催。色彩豊かに縦横無尽に描いた作品を次々と発表し、いま日本の洋画家でめざましい活躍をしている絹谷の最大規模の回顧展だ。もう一つが2001年に横浜で始まり、3年に1度開催の現代アートの祭典・ヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラバコス」で、11月5日まで横浜美術館を中心に各所で展開されている。世界の情勢を踏まえた「接続」と「孤立」をテーマに人間の想像力や創造力の可能性を展望し、38組と1プロジェクトのアートが競っている。

「絹谷幸二 色彩とイメージの旅」
絵画作品の領域を超えた表現の新展開

今回の絹谷展の約2ヵ月前、見どころの紹介ともに、《龍》をテーマとした新作のうち3点が先行公開された。場所は昨年末に梅田スカイビルのタワーウエスト27階に開設された絹谷幸二 天空美術館(館長、和田勇・積水ハウス会長)。ここは、生命力あふれる大小の作品をはじめ、3D映像による絵画の空間、制作過程の絵画も見ることができる「アトリエ」、「ワークショップスペース」などを備えている。エネルギッシュな活動を続ける絹谷にとって、京都での展覧会に賭ける意気込みが感じられた。

 

新作3点を前に先行公開で挨拶する絹谷幸二(大阪・梅田の天空美術館)

新作3点を前に先行公開で挨拶する絹谷幸二(大阪・梅田の天空美術館)

絹谷は1943年奈良市に生まれ、小学校一年生の頃から油絵を習い始める。東京藝術大学絵画科油画を卒業。卒業制作で大橋賞、翌年には第34回独立展で独立賞受賞する。その後、同大学院壁画科に進学。1971年にはイタリアに渡りヴェネツィア・アカデミアに入学し、アフレスコ古典技法と出会い研究する。

 

帰国後の74年に最年少の31歳の若さで、絵画の芥川賞と言われる安井賞を受賞。さらに87年には第19回日本芸術大賞受賞するなど洋画界を代表する画家になった。 2001年に第57回日本芸術院賞受賞し、日本芸術院会員に任命された。10年から若手芸術家を顕彰する絹谷幸二賞を毎日新聞社主催で創設。10年に東京藝術大学名誉教授に就任し、14年には文化功労者に選ばれている。

 

企画展は、初期から現在に至る代表作とともに、素描や陶芸、ガラス作品に至るまで、前期(~9月18日)と後期(9月20日~)合わせ約120点を展示し、絹谷の多彩な活動の全貌に迫る。また、この展覧会のために制作した京都を題材とした新作や展覧会初公開作品のほか、絹谷作品の世界観を映像化した壮大な三面スクリーンまで展開している。京都展後、2018年12月8日から翌年1月27日まで北海道近代美術館に巡回する。

 

《自画像》(1966年)

《自画像》(1966年)

 

展示は9章で構成されているが、主な出品作品を紹介する。まず第1章が「蒼の時代」で、《自画像》(1966年)は横向きながら志を抱いた精悍な青年の表情がうかがえる。一方で《蒼の間隙》(1966年)はじめ《蒼の風跡》、《蒼の隔絶》(いずれも1969年)といった作品は、横たわる女性の姿を暗い色調で描き、漠然とした不安感を表現した作品だ。第2章の「イタリア、花開く四季彩」では、イタリアでアフレスコ古典画法と現代アフレスコの研究に取り組んだ成果の作品が出品されている。

 

《蒼の間隙》(1966年)

《蒼の間隙》(1966年)

 

第3章が「安井賞」。安井賞は、大正から昭和期の洋画家、安井會太郎の画業を顕彰し1957年に創設され、現代美術の具象的画家の発掘や育成などを目的に設定され、第40回まで続いた。第17回安井賞展の受賞作《アンセルモ氏の肖像》(1973年、東京国立近代美術館)や、同時期の《トルソーの涙》は、具象でありながら人間の無常感を漂わせる独自の描き方だ。このコーナーでは、京都国立近代美術館所蔵の安井の作品《孔雀と女》(1914年)と《婦人像》(1930年)、《ポーズせるモデル》(1931年)の3点も特別展示されている。

 

《アンセルモ氏の肖像》(1973年、東京国立近代美術館)

《アンセルモ氏の肖像》(1973年、東京国立近代美術館)

 

第4章は「肖像シリーズ」で、初期から数多くてがけており、時には登場する人物から言葉が発せられ、謳っていたりもするのが特徴。《アンジェラと蒼い空Ⅰ》(1976年)や、1998年の長野冬季五輪ポスター原画の《銀嶺の女神》(1997年)や、さらに《漆黒の自画像》(2006年)など、各時代の肖像画を見比べて見るのも面白い。この章では《男と女》(1088年)の立体作品も目を引く。

 

《アンジェラと蒼い空Ⅰ》(1976年)

《アンジェラと蒼い空Ⅰ》(1976年)

《男と女》(1088年)

《男と女》(1088年)

《銀嶺の女神》(1997年)

《銀嶺の女神》(1997年)

 

第5章の「創作の秘密」と第6章の「豊穣なるイメージの世界」、第7章の「挑戦の軌跡」には、ガラスや陶芸作品、立体作品、さらには習作やスケッチなど多種多様、多彩な作品が並ぶ。まさに絹谷ならではの奔放自在の想像力の世界だ。

 

高さ1.94メートル、幅2.59メートルの大作《喝破》(2015年)は、誤った説を退けて真理を明らかにする、という意味の作品名で、阿修羅が『般若波羅蜜多心経』を唱えながら仏法を守護する姿を豪快に描いている。この章では、映像作品《色彩とイメージの旅(平治の乱)》が特別出品され、迫力満点の三面スクリーンの大画面も楽しめる。

 

《喝破》(2015年)

《喝破》(2015年)

《色彩とイメージの旅(平治の乱)》の一場面

《色彩とイメージの旅(平治の乱)》の一場面

 

第8章は「祈り」。絹谷は奈良市の猿沢池畔の老舗料亭で生まれたこともあって、幼少時から興福寺や東大寺、春日大社などの古社寺になじみが深く、絵画モチーフに仏像や神像が登場する。初期の《羅漢唄う》(1980年、富山県美術館)があれば、《アルベリ(木霊)》(1990年、世田谷美術館)、《無著・世親》(2013年)なども出揃っている。

 

《羅漢唄う》(1980年、富山県美術館)

《羅漢唄う》(1980年、富山県美術館)

《無著・世親》(2013年)

《無著・世親》(2013年)

 

最後の第9章「新たなる日本の風景」は、これまでの故郷奈良をはじめ富士山、留学先のヴェネツィアに加え、今回の展覧会に合わせ、京都を描いた新作14点(いずれも2017年)が公開されている。風景画と言っても、京の名所を背景に、鴨川からの連想で水の神・龍が乱舞する。《光輝龍王二条城》や《迎臨飛龍金閣寺》、《満月清水寺龍神飛翔》など7連作(2017年)は迫力満点。さらに平治の乱を主題にした《オマージュ「平治物語絵巻」》は時空を超えた斬新な風景画だ。

 

《蒼天富嶽龍宝図》(2008年)

《蒼天富嶽龍宝図》(2008年)

《光輝龍王二条城》(2017年)  《迎臨飛龍金閣寺》(2017年)

左)《光輝龍王二条城》(2017年)           右) 《迎臨飛龍金閣寺》(2017年)

京都を舞台にした7連作の展示

京都を舞台にした7連作の展示

 

私が絹谷作品に初めて接したのは、朝日新聞時代に企画した「ヒロシマ21世紀へのメッセージ展」の準備で1993年に広島市現代美術館を訪れた時に遡る。同館のコレクション「テーマ・ヒロシマ」の要請で描かれた「マユミ 1988」と題された作品だった。一度目にすると忘れない作品だ。

 

頭部は原爆ドームに変化し、目から大粒の涙を流す人物の周囲には、崩れた十字架や花鳥、緑豊かな街並みなどが描き込まれている。マユミの口からは「Peace」の文字が発せられている。明るい色彩で描かれているが、平和に見える現代への警鐘を伝える作品として描かれていた。

 

その後も絹谷作品を、独立美術協会展や両様の眼・現代の絵画展、2008年から09年にかけて東京、京都、大阪、名古屋、横浜で巡回開催された「絹谷幸二展―情熱の色・歓喜のまなざし」、さらには2012年秋、奈良県立美術館で開かれた「絹谷幸二~豊饒なるイメージ~」などを鑑賞してきた。「色彩はエネルギーの源。色彩は人を発奮させ、元気にする」と語る絹谷の思いが、どの展覧会場にもふれていた。

 

そして今回の絹谷展は従来の絵画作品の領域を超え、表現の新展開に到達したといえようか。絹谷は2007年から「子ども 夢・アート・アカデミー」事業に着手している。小・中・高等学校を訪問し、実技指導を交え体験に基づいた講話を行っている。「夢見る力は生きる力」。絹谷の作品を生み出す構想力と創造性とともに、後継者育成への取り組みにも拍手を贈りたい。

 

ヨコハマトリエンをナーレ2017「島と星座とガラバコス」
揺らぐ時代を問いアートの可能性探る

開幕前夜のレセプションで参加アーティストが勢ぞろい ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景

開幕前夜のレセプションで参加アーティストが勢ぞろい  ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景

今年6回目を数えたトリエンナーレ。タイトルの「島と星座とガラパゴス」は、「接続」と「孤立」をテーマに、世界で活躍する複数作家の多くの作品を展示することで、小さな個展が緩やかにつながり、星座あるいは多島海を形作るように展覧会を構成したという。グローバル化が急速に進む世界は、その一方で紛争や難民・移民の問題、英国のEU離脱、ポピュリズムの台頭などで大きく揺れる。そうした現状を、アートを通し人間の勇気と想像力や創造力がどのような可能性を拓くことができるのか、といった趣旨だ。

 

 

ここ数年、トリエンナーレの他にも2年に1度のビエンナーレ、国際芸術祭などといったアートの祭典が急増している。「アートは人が呼べ、地域の活性化につながる」という考えが、自治体や企業に浸透した結果だろう。その草分けが横浜で始まったトリエンナーレだった。私は2010年にスタートのあいちトリエンナーレは毎回、横浜でのトリエンナーレは半分の3回出向いて、大いに刺激を与えられた。

 

記者内覧会に駆けつけ、終日3会場を回り、ひと通り鑑賞したので、印象に残った作家と作品について紹介する。まずメイン会場の横浜美術館の外壁と柱に大型インスタレーションを発表しているのが、北京生まれでベルリン在住のアイ・ウェイウェイ(艾未未)。《安全な通行》(2016年)《Reframe》(2016年)と題した作品は、救命ボートと難民が実際に使用した救命胴衣を用いて、難民問題を提起する。

 

アイ・ウェイウェイ(艾未未)《安全な通行》2016《Reframe》2016 ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景(横浜美術館)写真提供:横浜トリエンナーレ組織委員会

アイ・ウェイウェイ(艾未未)《安全な通行》2016《Reframe》2016 ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景(横浜美術館)      写真提供:横浜トリエンナーレ組織委員会

 

美術館内に入るなり、目に飛び込んでくるのが、インドネシア出身ジョコ・アヴィアントの《善と悪の境界はひどく縮れている》(2017年)。日本人にとってなじみの注連(しめ)縄が無数の竹で造形されている。作家は仏教の世界観で、天界に通じる須弥山からヒントを得て、「境界線」と「雲」をイメージしたという。

 

ジョコ・アヴィアント《善と悪の境界はひどく縮れている》(2017年) ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景

ジョコ・アヴィアント《善と悪の境界はひどく縮れている》(2017年) ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景

 

2階に上がると、キューバ生まれのミスターの《まるで胸に穴が開いたような、僕のしっている街、東京の夕暮》(2016年)が出現する。アニメやゲームキャラクター風のタッチで描かれた少女像などが、ガラパゴス的に無造作に展示されている。ここは理屈ではなく感覚的に、作家の妄想に共鳴するしかない。これも現代社会の一断面だから。

 

ミスター《まるで胸に穴が開いたような、僕のしっている街、東京の夕暮》(2016年)

ミスター《まるで胸に穴が開いたような、僕のしっている街、東京の夕暮》(2016年)

 

コペンハーゲン生まれベルリン在住のオラファー・エリアソンの「Green Light―アーティスティック・ワークショップ」(2016年)は一見、美しい造形。しかしこの作品に託した作家の意図は、深刻化する民族の移動や移住による現代釈迦の課題に対し、難民や帰宅困難者らとともに私たちもともに向き合いランプを組み立てる行為を通じ交流することで身近な視点から考えようとのねらいだ。

 

オラファー・エリアソン「Green light─アーティスティック・ワークショップ」

オラファー・エリアソン「Green light─アーティスティック・ワークショップ」

 

新疆ウイグル自治区生まれ北京在住のザオ・ザオ(赵赵)は、日本で初めて本格的に紹介される若手アーティストだ。《プロジェクト・タクラマカン》(2016年)は、作家の出身地であり、民族問題の舞台となるタクラマカン砂漠の真中に、冷蔵庫を運んで、ウイグル族の家庭から23日間かけて配線し、冷えたビールを飲むという試みを映像にした作品だ。ユーモアと壮大なスケールで、かつてシルクロードで様々な物や人、文化が行き交った歴史や、現在の孤立した状況などについて思いを馳せてもらおうという趣旨だ。展示されている冷蔵庫と電線は実際に使われたものだ。

 

ザオ・ザオ(赵赵)《プロジェクト・タクラマカン》2016 イメージ

ザオ・ザオ(赵赵)《プロジェクト・タクラマカン》2016 イメージ

 

参加アーティストで最高齢の木下晋は、写実的なえんぴつ画で知られる。孤独ながらも尊厳を失わない人々の手足や元ハンセン病患者の横顔などを10Hから10Bの鉛筆で克明に描いてきた。その中で最大の作品《合掌図・懺悔》(2015年)は、東日本大震災の瓦礫の山にただひたすら合掌しかできない姿を描いたという。《掌握》(2011年)も印象に残る。

 

《合掌図・懺悔》(2015年)、《視る人》(2011年)を前にして作家の木下晋

《合掌図・懺悔》(2015年)、《視る人》(2011年)を前にして作家の木下晋

木下晋《掌握》(2011年) 以下2枚、ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景

木下晋《掌握》(2011年) 以下2枚、ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景

 

大震災の被災地・岩手県陸前高田市生まれの畠山直哉の《陸前高田市高田町2012年6月23日 #2》(2012年)は、故郷の風景を半円形のパノラマで撮影している。自然と人間の関わりや堆積した時間の流れに向けた写真家の眼差しを感じさせる作品だ。

 

畠山直哉《陸前高田市高田町 2012年6月23日 #2》(2012年)

畠山直哉《陸前高田市高田町 2012年6月23日 #2》(2012年)

 

会場を移り、赤レンガ倉庫1号館では、ドイツのゲッティンゲン生まれベルリン在住のクリスチャン・ヤンコフスキーの《重量級の歴史》(2013年)は映像作品だ。重量挙げのポーランド代表チームの現役選手らがワルシャワ市内の歴史的人物の彫像を何人かかれば持ち上げるかを撮っており、ある時代の象徴であった歴史的人物と現代の文脈を問い直している。

 

クリスチャン・ヤンコフスキー《重量級の歴史》2013

クリスチャン・ヤンコフスキー《重量級の歴史》2013

 

アイスランドのレイキャヴィーク生まれのラグナル・キャルタンソンの《ザ・ピジターズ》(2012年)は、ヘッドフォンから聴こえる他者の演奏音を頼りに、別室で一つの曲を奏でようとするミュージシャンの試みを9つのスクリーンに投影する作品。人々は美術や音楽を通して繋がることができるのか、というという問いを投げかけている。

 

ラグナル・キャルタンソンの《ザ・ピジターズ》(2012年)

ラグナル・キャルタンソンの《ザ・ピジターズ》(2012年)

 

3つ目の会場は横浜市開港記念会館地下だ。原爆から震災まで現代史をテーマにした作品で活躍の現代美術家の柳幸典が一人で展開している。国旗の砂絵に蟻が放たれ旗のイメージが崩れる《蟻と日の丸》(1995年)や、憲法9条をLEDで表した《アーティクル9》(2016年)などの作品を通じ、日本の「今」を鋭く作品化し、私たちの問題意識を問いかけている。

 

柳幸典《蟻と日の丸》(1995年) ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景

柳幸典《蟻と日の丸》(1995年) ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景

柳幸典《アーティクル9》(2016年) ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景

柳幸典《アーティクル9》(2016年) ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景

 

盛りだくさんなアート作品は、1日では見きれないのが実感だ。しかもそれぞれの作品には、今回のトリエンナーレのテーマに沿ったコンセプトが込められている。全部見ようなんて無理をせず、何点かに狙いを定めてじっくり鑑賞するのも一策かもしれない。「アートの現在地」にまず身を置いてみることだ、そこには時代を先取りしたメッセージが読み取れるかもしれない。