24年ぶりに来日した一枚の絵画《バベルの塔》が話題を呼んでいる。それを描いたフランドル絵画の巨匠・ブリューゲルは今から約500年前の16世紀、独自の奇想の作品を遺した。ブリューゲルが生きた時代、室町時代から戦国時代に日本絵画史上初めての奇想画家といえる雪村がいた。ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展 16世紀ネーデルラントの至宝―ボスを超えて―は、東京都美術館に続いて大阪の国立国際美術館で10月15日まで開催中だ。一方、夏季特別展「雪村―奇想の誕生」は滋賀のMIHO MUSEUMで9月3日まで開かれている。ブリューゲルと雪村、ともに思いもつかぬ着想で描いた東西の天才画家にスポットをあて、異質の絵画世界の魅力を伝える。

ブリューゲル「バベルの塔」展 16世紀ネーデルラントの至宝―ボスを超えて―
壮大な構図を細密に描いた《バベルの塔》

意外と小さい画面の《バベルの塔》

意外と小さい画面の《バベルの塔》

「一生に一度は見たい名画」の惹句に釣られた訳でもないが、先行した東京都美で5月に《バベルの塔》(1568年頃)を拝見した。想像していたより小さい作品だった。後ほど確認すると、縦59.9センチ、横74.6センチ。この小さな画面に、天を突き建設中の巨塔の壮大な構図が細密に描き込まれていた。工事用の機械や資材、積み上げられるレンガ、さらに働く人々など工事の様子が肉眼で見て取れる。建設に携わっている人の数は、一説に1400人。まさにその写実的な超絶技術は「凄い」の一語だ。

 

そもそもバベルの塔は、旧約聖書創世記の第11章に記されている伝説の塔。ノアの洪水後、人間が天にも届くような高い塔を築き始めたのを神が見て、その驕りを怒り、人々が言葉を混乱させ互いの理解ができなくなり、ついに塔は完成しなかったという逸話に基づく。こうした知識を前提に、大阪会場でじっくり鑑賞し直した。マクロとミクロが共存する不思議な絵画だが、単眼鏡で覗くと、人間の働く姿が克明に生き生きと表現されていて、大いに感銘を受けた。

 

ピーテル・ブリューゲル1世《バベルの塔》(1568年頃)

ピーテル・ブリューゲル1世《バベルの塔》(1568年頃)

この傑作を描いたピーテル・ブリューゲル1世(1526または30年頃-69年)は、現在のベルギー北部の農村に生まれたとされているが、生年や生地はさだかではない。数年間イタリアで修行し、1555年に帰国、ヒエロニムス・コックの版画下絵画家として活躍し、同じ頃すでに巨匠であったヒエロニムス・ボス風の幻想や奇想の作品を手がける。63年にブリュッセルへ移住してからは農民を題材にした作品を数多く描き「農民ブリューゲル」と呼ばれた。

 

ヨハネス・ウィーリクス《ピーテル・ブリューゲル1世の肖像》(部分、1600年出版 エングレーヴィング)

ヨハネス・ウィーリクス《ピーテル・ブリューゲル1世の肖像》(部分、1600年出版 エングレーヴィング)

 

ピーテル・ブリューゲルの作品は少なく、現存する油彩画は約40点。同名の優れた画家である息子がいて、名前の後に(父)、(子)区別されている。さらに5世代150年にわたって一族がとオランダにまたがるネーデルランドで活躍しており、来年1月23日~4月23日まで東京都美で「ブリューゲルの世紀展」(仮称)が予定されている。

 

展覧会は副題に「16世紀ネーデルラントの至宝―ボスを超えて」とあるように、ブリューゲルのみならず、彼が手本とした先駆者ヒエロニムス・ボスの油彩画2点が初来日したのをはじめ、16世紀のネーデルラントの絵画、版画、彫刻など約90点が出品されている。

 

ヘンドリック・ホンディウス1世《ヒエロニムス・ボスの肖像》(部分、1610年、エングレーヴィング)

ヘンドリック・ホンディウス1世《ヒエロニムス・ボスの肖像》(部分、1610年、エングレーヴィング)

 

ブリューゲルやボスに関しては、このサイトの6月24日号に「ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで」でも取り上げ、現実には存在しない奇想や幻想の絵画表現を紹介した。今回の展覧会では、とりわけボスの作品は世界に約25点しか現存しないとされている。

 

その1点《放浪者(行商人)》(1500年頃)は、貧しい身なりで旅する行商人の姿を描いている。背後の粗末な家は、娼館とされていて、人は様々な誘惑に抗いながら旅を続けていることを表現した写実的な作品。もう1点は《聖クリストフォロス》(1500年頃)で、小さい子どもの姿で出現したイエスを背負い、川を渡る聖クリストフォロスを捉えている。木の杖の先端が芽吹いていたり、背後に猟師が熊を吊り下げる光景を描くなど奇怪なモチーフがちりばめている。

 

ヒエロニムス・ボス《放浪者(行商人)》(1500年頃)

ヒエロニムス・ボス《放浪者(行商人)》(1500年頃)

ヒエロニムス・ボス《聖クリストフォロス》(1500年頃)

ヒエロニムス・ボス《聖クリストフォロス》(1500年頃)

ボスの死後も数多くの画家がボス作品を模倣した。ヒエロニムス・ボスに基づく《聖アントニウスの誘惑》(1540年頃)はボスが描いた代表作を忠実にコピーした作品である。多くのモンスターがアントニウスを囲み、信仰心を捨てさせようとする場面が描かれている。

 

ヒエロニムス・ボスに基づく《聖アントニウスの誘惑》(1540年頃)

ヒエロニムス・ボスに基づく《聖アントニウスの誘惑》(1540年頃)

 

ブリューゲル(父)もボスの影響の下、多くの版画を手がけている。「ベルギー奇想の系譜」展でも出品のボスとは別構図の《聖アントニウスの誘惑》(1556年)や、《大きな魚は小さな魚を食う》(1557年)には、足の生えた魚や空飛ぶ魚なども登場している。

 

ピーテル・ブリューゲル1世、彫版:ピーテル・ファン・デル・ヘイデン《大きな魚は小さな魚を食う》(1557年、エングレーヴィング)

ピーテル・ブリューゲル1世、彫版:ピーテル・ファン・デル・ヘイデン《大きな魚は小さな魚を食う》(1557年、エングレーヴィング)

ディーリク・バウツ《キリストの頭部》(1470年頃)

ディーリク・バウツ《キリストの頭部》(1470年頃)

 

このほかディーリク・パウツの《キリストの頭部》(1470年頃)は、小さなひげの姿を描き、ルカス・ファン・レイデンの《ヨセフの衣服を見せるポテパルの妻》(1512年頃)やヨアヒム・パティニールの《ソドムとゴモラの滅亡がある風景》(1520年頃)なども見ごたえがある。アルト・ファン・ズヴォレ(推定)の彫刻作品《四大ラテン教父(聖アウグスティヌス、聖アンブロシウス、聖ヒエロニムス、聖グレゴリウス》も目を引いた。

 

ルカス・ファン・レイデン《ヨセフの衣服を見せるポテパルの妻》(1512年頃)

ルカス・ファン・レイデン《ヨセフの衣服を見せるポテパルの妻》(1512年頃)

ヨアヒム・パティニール《ソドムとゴモラの滅亡がある風景》(1520年頃)

ヨアヒム・パティニール《ソドムとゴモラの滅亡がある風景》(1520年頃)

アルント・ファン・ズヴォレ(推定)《「四大ラテン教父(聖アウグスティヌス、聖アンブロシウス、聖ヒエロニムス、聖グレゴリウス)》(1480年)

アルント・ファン・ズヴォレ(推定)《「四大ラテン教父(聖アウグスティヌス、聖アンブロシウス、聖ヒエロニムス、聖グレゴリウス)》(1480年)

夏季特別展「雪村―奇想の誕生」
15年ぶり、87件最大規模の回顧展

「雪村―奇想の誕生―」展は、東京藝術大学大学美術館に続く巡回展。5月の上京時、気になりながら時間がとれず見逃していた。MIHO MUSEUMからプレス内覧会の案内が届いた時は、正直言って感激した。伊藤若冲や歌川国芳など「奇想」と呼ばれる絵師たちの先駆け(元祖)とも位置づけられる雪村の15年ぶりの回顧展だけに必見の展覧会だ。雪村の主要作品87件と関連作品35件で構成される最大規模の回顧展だ。

 

展覧会のホームページに、「ゆきむら」ではなく「せっそん」と、わざわざ説明するほど、雪村は一般的に知られていない。むしろ室町時代に活躍した同じ水墨画家・禅僧の雪舟の方が有名だ。ところが一大ブームを起こしている若冲や蕭白、芦雪、国芳らの「奇想画家」の端緒を築いたと評価され、後世の尾形光琳、狩野芳崖、橋本雅邦から、ドラッカーまでを魅了した絵師なのだ。

 

雪村周継(1490年前後-1573年以降)は、常陸国(現在の茨城県常陸大宮市)で戦国武将の佐竹一族の長男として生まれる。父が他の妻の子を跡取りとしたため、幼いうちに出家し画業の道へ進んだと言われる。50歳半ば頃、関東各地を遊歴し、多くの名品に接し画僧達と交流したようだ。60歳半ば以降は奥州を中心に活動、最晩年は三春田村氏の庇護のもと、現在の福島県の郡山にある庵に移り住み、そこで没したとされる。

 

重要文化財《自画像》(室町時代、奈良・大和文華館)

重要文化財《自画像》(室町時代、奈良・大和文華館)

 

雪村自身、関西の水墨画家の雪舟を強く意識し尊敬していたようだが、画風に影響を受けず、極めて独自性が高い画風を確立した。まず代表作で重要文化財の《呂洞賓図(りょどうひんず)》(室町時代、奈良・大和文華館、~8月20日)には、雪村の独創的な「奇想」が込められている。呂洞賓は、中国の仙人を代表する八仙の一人で、雪村は羅漢図から着想を得て、龍頭に乗って、手に持った水瓶から子龍を昇らせる新奇な図像に仕上げている。

 

重要文化財《呂洞賓図》(大和文華館、~8月20日) 重要文化財《呂洞賓図》(大和文華館、8月22日~)

左)重要文化財《呂洞賓図》(大和文華館、~8月20日)   右)《呂洞賓図》(個人蔵、8月22日~)

 

《金山寺図屏風》(室町時代、茨城・笠間稲荷美術館、~8月20日)は、中国・揚子江中流の島にある名勝として名高い禅寺の金山寺を描いた屏風作品。近づいてみると様々な人々の暮らしや仕草が見えてくる。建物から海を眺める人、船に乗っている人、山を登っていく人……。市井の人々の小さな物語が作中に散りばめられており、まさにブリューゲルの《バベルの塔》の世界だ。雪村は金山寺を訪れることなく、おそらく想像で描いたのであろう。

 

《金山寺図屏風》(室町時代、茨城・笠間稲荷美術館、~8月20日)

《金山寺図屏風》(室町時代、茨城・笠間稲荷美術館、~8月20日)

 

《龍虎図屛風》(室町時代、東京・根津美術館、8月22日~)は、他の絵師も多く手がけたモチーフながら、雪村らしく奔放に伸びやかに描き出している。《鍾馗(しょうき)図》(室町時代、故人蔵、8月22日~)は、虎に跨り剣をかざす超人的な鍾馗の姿が力強く表現されている。

 

《龍虎図屛風(左隻)》(室町時代、東京・根津美術館、8月22日~)

《龍虎図屛風(左隻)》(室町時代、東京・根津美術館、8月22日~)

《龍虎図屛風(右隻)》(室町時代、東京・根津美術館、8月22日~)

《龍虎図屛風(右隻)》(室町時代、東京・根津美術館、8月22日~)

 

アメリカからの里帰り作品《花鳥図屏風》(室町時代)はミネアポリス美術館蔵のもの。右隻には、梅の木とその周りで羽を休める白鷺、その目線の先には巨大な2匹の鯉が今にも飛び出してくるかのように描かれている。雪村の「奇想」の片鱗が垣間見える作品だ。

 

《花鳥図屏風(左隻)》(室町時代、ミネアポリス美術館、全期間)

《花鳥図屏風(左隻)》(室町時代、ミネアポリス美術館、全期間)

《花鳥図屏風(右隻)》(室町時代、ミネアポリス美術館、全期間)

《花鳥図屏風(右隻)》(室町時代、ミネアポリス美術館、全期間)

 

「型破り」「豪快で力強い」といったイメージの雪村作品だが、身近な動植物を描いた、ほのぼのとした作品も出品されている。《猫小禽(しょうきん)図》(室町時代、個人蔵、8月15日~)とか《猿猴(えんこう)図》(室町時代、個人蔵、8月23日~)といった作品もある。

 

左)《猫小禽図》(室町時代、個人蔵、8月15日~) 右)《猿猴図》(室町時代、個人蔵、8月23日~)

左)《猫小禽図》(室町時代、個人蔵、8月15日~)            右)《猿猴図》(室町時代、個人蔵、8月23日~)

 

雪村に魅せられた、琳派の代表絵師である尾形光琳は、雪村を思慕し、模写や雪村を意識した作品を残し、近世には狩野派、近代では狩野芳崖や橋本雅邦らが雪村を研究した。雪村作品のほか、こうした後世の画家の作品も出品されている。とりわけ光琳は雪村に私淑し、何点も模写、雪村が使ったとされる石印まで所有していたそうだ。

 

重要文化財《銹絵寒山拾得図角皿》(江戸時代、京都国立博物館、全期間)

重要文化財《銹絵寒山拾得図角皿》(江戸時代、京都国立博物館、全期間)

 

重要文化財の《銹絵寒山拾得(さびえかんざんじっとく)図角皿》(江戸時代、京都国立博物館)は、光琳画、乾山作の名品だ。酒井抱一筆の《琴高(きんこう)仙人図》(江戸時代、MIHO MUSEUM)、さらに狩野芳崖の《竹虎図》(明治時代、奈良県立美術館、~8月20日)なども並ぶ。これだけ品ぞろいの「雪村展」はしばらくお目にかかることができないだろう。

 

《琴高仙人図》(江戸時代、MIHOMUSEUM、全期間)

《琴高仙人図》(江戸時代、MIHO MUSEUM、全期間)

《竹虎図》(明治時代、奈良県立美術館、~8月20日)

《竹虎図》(明治時代、奈良県立美術館、~8月20日)