ルネサンス以降、16世紀にイタリアで起こり、18世紀にかけてヨーロッパ各国で花開いた芸術様式をテーマにした「ブリューゲル、レンブラント、ルーベンス バロックの巨匠たち」展が、3月28日まで姫路市立美術館で開かれている。近代絵画の源流といわれるバロック絵画の魅力を伝える傑作の中にも作品が展示されている二人の画家がいる。時期を同じくして「ティツィアーノとヴェネツィア派展」が4月2日まで東京都美術館で、日本初の大回顧展「クラーナハ 500年後の誘惑」が4月16日まで大阪の国立国際美術館で、それぞれ開催中であり、華麗な色彩とダイナミックな構図で一時代を画したすばらしい西洋絵画が鑑賞できる3つの展覧会を一挙に紹介する。

色彩と明暗、「バロック」の傑作44点

バロック作品の並ぶ会場でバロック演奏も

バロック作品の並ぶ会場でバロック演奏も

バロックの影響は絵画だけでなく、音楽や建築でも顕著で、さらに彫刻や文学などあらゆる芸術領域に及んだ。バロックは、「歪んだ真珠」とか「いびつな真珠」という意味のポルトガル語を語源としている。ルネサンス期の絵画が均衡や調和を重視したのに対し、バロック期は意図的にバランスを崩して躍動感を強調し、明暗の対比を活かしたドラマチックな表現方法をとった。

 

 

 

今回の展覧会は、チェコ共和国最古のプラハ国立美術館をはじめ、ポーランドのヨハネ・パウロ2世美術館、フランスのシャルトル会修道院美術館の3館が所蔵する、名だたる巨匠の歴史画や肖像画、風俗画など名品約44点が出品されている。

 

展示構成は、イタリア絵画、オランダ絵画、フランドル絵画、ドイツ・フランス・スペイン絵画の4つのセクションに分かれており、ヨーロッパ各地域の絵画の多様性を概観できる。まず初期バロックの起点となったイタリアでは、豊かな色彩表現やドラマチックな明暗法を得意としたヴェネツィア派が活躍する。

 

パオロ・ヴェロネーゼ《女性の肖像》(1565年、シャルトル会修道院美術館、ドゥエ蔵)

パオロ・ヴェロネーゼ《女性の肖像》(1565年、シャルトル会修道院美術館、ドゥエ蔵)

 

その代表格がパオロ・ヴェロネーゼ(本名:パオロ・カリアーリ、1528頃-1588)で、《女性の肖像》(1565年、シャルトル会修道院美術館、ドゥエ蔵)は華麗な衣装と美しい顔の表情が目を引く作品だ。薄暗い背景に立つ女性の姿が、光によって輪郭と色彩が際立つ。

 

ジョヴァンニ・フランチェスコ・ロマネッリ(1610-1662)の《受胎告知の天使》(1640-50年、シャルトル会修道院美術館、ドゥエ蔵)は図録の表紙にもなっているが、翼の生えた優しく柔和な天使の姿を見ていると、気持ちが癒される。

 

ジョヴァンニ・フランチェスコ・ロマネッリ《受胎告知の天使》(1640-50年、シャルトル会修道院美術館、ドゥエ蔵)

ジョヴァンニ・フランチェスコ・ロマネッリ《受胎告知の天使》
(1640-50年、シャルトル会修道院美術館、ドゥエ蔵)

 

グイド・レーニ(1575-1642)の《聖家族―エジプトへの逃避途上の休息》(1637年、ヨハネ・パウロ2世美術館蔵)も新約聖書の一場面を静謐な構図で描いた作品だ。

 

グイド・レーニ《聖家族―エジプトへの逃避途上の休息》(1637年、ヨハネ・パウロ2世美術館蔵)

グイド・レーニ《聖家族―エジプトへの逃避途上の休息》
(1637年、ヨハネ・パウロ2世美術館蔵)

 

次にオランダ絵画には、レンブラント・ファン・レイン(1606-69)の2作品が並ぶ。《襞襟を着けた女性の肖像》(1644年、ヨハネ・パウロ2世美術館蔵)の眼や鼻、口の描写は精緻だ。レンブラントと言えば、アムステルダムの国立美術館に展示されている《夜警》(1642年)が思い浮かぶ。363×437センチもの超大作も描けば、64×54・5センチ肖像画まで自由自在だ。

 

レンブラント・ファン・レイン《襞襟を着けた女性の肖像》(1644年、ヨハネ・パウロ2世美術館蔵)

レンブラント・ファン・レイン《襞襟を着けた女性の肖像》
(1644年、ヨハネ・パウロ2世美術館蔵)

 

ヤン・ダーフィッツゾーン・デ・へーム(1606-83)の《花と果実とプットー》は翼の無い二人のプットー(幼児姿の天使)が紅白の薔薇の花冠を手にする構図で、足元には果実がみずみずしく描かれている。卓越した静物画家として名を馳せたという。

 

ヤン・ダーフィッツゾーン・デ・へーム《花と果実とプットー》(制作年不詳、ヨハネ・パウロ2世美術館蔵)

ヤン・ダーフィッツゾーン・デ・へーム《花と果実とプットー》
(制作年不詳、ヨハネ・パウロ2世美術館蔵)

 

フランス北部とベルギーに跨るフランドル絵画では、ピーテル・ブリューゲル(子、1564/65-1637/38)の作品が異彩を放つ。同名の父親の画風を受け継ぎ、人々の暮らしが息づく独自の風景画を得意とした。《東方三博士の礼拝》や《フランドルの村》(いずれも制作年不詳、プラハ国立美術館蔵)は、聖なる物語を身近な風景に、そして田舎の生活を写実的に描写している。

 

左)ピーテル・ブリューゲル(子)《東方三博士の礼拝》(制作年不詳、プラハ国立美術館蔵) 右)ピーテル・ブリューゲル(子)《フランドルの村》(制作年不詳、プラハ国立立美術館蔵)

ピーテル・ブリューゲル(子)《東方三博士の礼拝》(左)、《フランドルの村》(右)
(制作年不詳、プラハ国立立美術館蔵)

 

この章では、17世紀初頭フランドル派の画家が描いた《バベルの塔》(制作年不詳、プラハ国立美術館蔵)に注目した。というのも今夏、国立国際美術館にピーテル・ブリューゲル(父、1530-69)が描いた《バベルの塔》(1568年頃、オランダ・ボイマンス美術館蔵)が初来日することになっているからだ。旧約聖書の物語は、繊細で難しい構図ながら、この時代に画題とされたようで興味深い。

 

フランドル派の画家《バベルの塔》(制作年不詳、プラハ国立美術館蔵)

フランドル派の画家《バベルの塔》(制作年不詳、プラハ国立美術館蔵)

 

レンブラントと並び称されるペーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)の作品も2点出ており、《十字架への道》(制作年不詳、ヨハネ・パウロ2世美術館蔵)は汗をぬぐうヴェールと頭を覆う光のような構図で浮かび上がるイエスの顔が印象的だ。

 

ペーテル・パウル・ルーベンス《十字架への道》(制作年不詳、ヨハネ・パウロ2世美術館蔵)

ペーテル・パウル・ルーベンス《十字架への道》(制作年不詳、ヨハネ・パウロ2世美術館蔵)

 

最後のドイツ・フランス・スペイン絵画では、三カ国の絵画それぞれの魅力が堪能できる。バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(1617-82)の《聖母子》(制作年不詳、ヨハネ・パウロ2世美術館蔵)はマリアの聖性を強調する描き方で、「スペインのラファエロ」と、人気を博したという。

 

ルカス・クラーナハ(子)《聖母子》(制作年不詳、ヨハネ・パウロ2世美術館蔵)

ルカス・クラーナハ(子)《聖母子》(制作年不詳、ヨハネ・パウロ2世美術館蔵)

 

後述の展覧会で取り上げるティツィアーノ・ヴェチェッリオの《メディチ家の子供》(1537年)や、ルカス・クラーナハ(父)の息子で、同姓同名のクラーナハ(子)による《聖母子》(制作年不詳、いずれもヨハネ・パウロ2世美術館蔵)も出品されている。いる。展覧会は岡崎市美術博物館を皮切りに、姫路に続き山梨県立美術館、佐賀県立美術館、鹿児島市立美術館へ巡回する。

「画家の王者」ティツィアーノの名作5点

バロック絵画の端緒となった「ティツィアーノとヴェネツィア派展」は、ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノを中心に、黄金期を築いた多様な芸術家たちの絵画をとおして、ヴェネツィア・ルネサンス美術の特徴とその魅力を伝えている。日伊国交樹立150周年特別展の一環で、先に「アカデミア美術館所蔵 ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」が、東京と大阪にも巡回したが、今回は東京のみの開催である。

 

水の都ヴェネツィアは、15世紀から16世紀にかけて海洋交易により飛躍的に繁栄し、異文化の交わる国際都市として発展を遂げ、美術の分野でも黄金期を迎える。政庁舎や聖堂、貴族の邸宅を飾る絵画が数多く制作され、華やかな色彩と自由闊達な筆致、柔らかい光の効果を特徴とする、ヴェネツィアならではの絵画表現が生み出されたのだ。

 

中でもティツィアーノ・ヴェチェッリオ(1488/90-1576)は、神話の登場人物から教皇や貴族の肖像まで人間味あふれる姿で描き、ミケランジェロが嫉妬し、ルーベンスやルノワールも憧れ、「画家の王者」と称えられている。

 

ベッリーニ工房を中心に展開するヴェネツィア・ルネサンス初期、ティツィアーノの円熟期とヴェネツィア派の画家たちの時代、そしてティツィアーノ以後の巨匠たちの時代という流れに沿って、70点近い絵画と版画が出品されている。

 

目玉は、ティツィアーノの名作2点だ。初期の代表作《フローラ》(1515年頃、フィレンツェ・ウフィツィ美術館蔵)は、つややかな肌を描き、イタリアの人々にこよなく愛されてきた花の女神フローラを描いた作品だ。単なる神話画というよりも女神に扮した娼婦の肖像であろう。あるいは右手の薬指に指輪をはめていることから花嫁や結婚の寓意像とも解釈されている。

 

 

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《フローラ》(1515年頃、フィレンツェ・ ウフィツィ美術館蔵)

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《フローラ》(1515年頃、フィレンツェ・ウフィツィ美術館蔵)

もう一つの代表作 《ダナエ》(1544-46年頃、ナポリ・カポディモンテ美術館蔵)は日本初公開作品。アルゴス王アクリシオスの娘であったダナエを描いたこの作品は、彼女が魅力的な裸体を惜しみなくさらし、金貨の混ざった黄金の雨を恍惚としたまなざしで見つめている。官能的な一場面を想像力豊かに描き出した、現在も高い評価を受ける名画である。

 

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《ダナエ》(1544-46年、ナポリ・カポディモンテ美術館蔵)

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《ダナエ》(1544-46年、ナポリ・カポディモンテ美術館蔵)

ティツィアーノは長い画歴のなかで、次々と様式を変化させていった。後年には、筆致の荒々しさが増し、光と影の対比を強調した表現へと移行する。ティツィアーノ作品では、《復活のキリスト》(1510-12年、フィレンツェ・ウフィツィ美術館蔵)や《教皇パウルス3世の肖像》(1543年)と《マグダラのマリア》(1567年、いずれもナポリ・カポディモンテ美術館蔵)の計5点が出展となっている。このほかティツィアーノと工房の作品も2点出ている。

 

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《復活のキリスト》(1510-12年、フィレンツェ・ウフィツィ美術館蔵)

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《復活のキリスト》(1510-12年、フィレンツェ・ウフィツィ美術館蔵)

左)ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《教皇パウルス3世の肖像》(1543年、ナポリ・カポディモンテ美術館蔵) 右)ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《マグダラのマリア》(1567年、ナポリ・カポディモンテ美術館蔵)

左)ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《教皇パウルス3世の肖像》(1543年、ナポリ・カポディモンテ美術館蔵)
右)ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《マグダラのマリア》(1567年、ナポリ・カポディモンテ美術館蔵)

ルネサンス期のヴェネツィア美術の礎を築いたティツィアーノ後、優れた画家が輩出する。ヤコポ・ティントレット(本名:ヤコポ・ロブスティ、1519-94)もその一人。徒弟について知られてなく独学で前世代の画家に学んだとされる。しかし画才は細部の省略や創意、斬新な構図で発揮された。《レダと白鳥》(1551-55年頃、フィレンツェ・ウフィツィ美術館蔵)は、裸の女性と白鳥が描かれているが、スパルタ王の妃レダを白鳥に姿を変えて誘惑するユピテルの神話を、画家の解釈でいくつかの変化を取り入れて画いている。

 

ヤコポ・ティントレット《レダと白鳥》(1551-55年頃、フィレンツェ・フィツィ美術館蔵)

ヤコポ・ティントレット《レダと白鳥》(1551-55年頃、フィレンツェ・フィツィ美術館蔵)

 

パオロ・ヴェロネーゼ(本名:パオロ・カリアーリ、1528-88)は、褐色系の色調で人物を浮かび上がらせる独自の描法を創出した。《聖家族と聖バルバラ、幼い洗礼者聖ヨハネ》(1562-65年頃、フィレンツェ・ウフィツィ美術館蔵)は、聖女バルバラの金髪の輝きや豪華な衣服の光沢の表現に技量を遺憾なく発揮し、ヴェロネーゼ芸術の真骨頂と評価されている。

 

パオロ・ヴェロネーゼ《聖家族と聖バルバラ、幼い洗礼者聖ヨハネ》(1562-65年頃、フィレンツェ・ウフィツィ美術館蔵)

パオロ・ヴェロネーゼ《聖家族と聖バルバラ、幼い洗礼者聖ヨハネ》(1562-65年頃、フィレンツェ・ウフィツィ美術館蔵)

 

このほかジョヴァンニ・ベッリーニの《聖母子(フリッツォーニの聖母)》(1470年頃、ヴェネツィア・コッレ-ル美術館蔵)やパルマ·イル·ヴェッキオ 《ユディト》 (1525年頃、フィレンツェ·ウフィツィ美術館蔵)など見ごたえがある。隆盛を誇ったヴェネツィアに1581年、ローマ教皇の使節が訪れ、共和国の宗教に介入し始め、芸術の面においても独自性を失い、一時代を終えることになる。

 

左)ジョヴァンニ・ベッリーニ《聖母子(フリッツォーニの聖母)》(1470年頃、ヴェネツィア・コッレ-ル美術館蔵) 右)アンドレア・スキアヴォーネ《ユディト》(1538-42年、個人蔵)

左)ジョヴァンニ・ベッリーニ《聖母子(フリッツォーニの聖母)》(1470年頃、ヴェネツィア・コッレ-ル美術館蔵)
右)パルマ·イル·ヴェッキオ 《ユディト》 (1525年頃、フィレンツェ·ウフィツィ美術館蔵)

「クラーナハ展」は全貌に迫る約100点集結

大阪の「クラーナハ展」は、東京・国立西洋美術館に続いての最終会場だ。世界10ヵ国以上から絵画や版画約100点が集結。内容的にもクラーナハ父子の作品のほか、ピカソや森村泰昌らの作品も展示し、画家の死後の近現代における影響などを示し、クラーナハ芸術の全貌に迫っている。これまで開催されてきたローマやロンドン、パリ、ブリュッセル展を超える規模で、日本ではおそらく二度と実現できないであろう。

 

ルカス・クラーナハ(父、1472-1553年)は若い頃にウィーンで絵画修業を終え神聖ローマ帝国のザクセン選帝侯に見出され、ヴィッテンベルクの宮廷画家として名を馳せ、王侯貴族のオーダーに基づき、彼ら一族の肖像画やキリスト教のテーマに基づいた寓意画などを描いた。

 

息子のルカス・クラーナハ(子、1515-86)らとともに、大型の工房を運営して絵画の大量生産を行うなど、先駆的なビジネス感覚を備えていた。一方でマルティン・ルターと親交があり、宗教改革にも深く関与した。こうして激動期のドイツ・ルネサンスを代表する芸術家として、多岐に渡って活躍した。

 

しかし何よりクラーナハの名を、後世に広く知らしめているのは、「誘惑するイメージ」を湛えた作品のエロティシズムだ。ヴィーナスやルクレティア、ユディットやサロメといった愛欲をめぐる神話の女神たちの裸体や、悲劇性や残虐性をもったヒロインの恍惚たる身体を、淫らにして艶っぽく描出した一連の作品は、人々を魅了した。

 

主な作品を取り上げると、まずチラシの表紙を飾る代表作《ホロフェルネスの首を持つユディト》(1525/30年頃、ウィーン美術史美術館蔵)は怖い絵だ。一見すると宮廷の貴婦人の肖像画のようだが、その手は切り口も生々しい男性の生首を掴み、反対側の手には凶器と思しき長剣が握られている。うっすらと頬に赤みがさす無表情の女性こそ、旧約聖書外典のヒロイン、ユディトなのだ。首の男はアッシリアの将軍、ホロフェルネス。彼はユディトに勧められるままに酒を飲んで酔いつぶれ、首のない死体となった。

 

ルカス・クラーナハ(父)《ホロフェルネスの首を持つユディト》(1525/30年頃、ウィーン美術史美術館蔵)

ルカス・クラーナハ(父)《ホロフェルネスの首を持つユディト》(1525/30年頃、ウィーン美術史美術館蔵)

 

《ヴィーナス》(1532年、シュテーデル美術館蔵)も印象に残る作品だ。小ぶりな乳房やなで肩、膨らんだ腹部、小さな丸顔に、狐にようにつり上がった目の、リズミカルなS字を描いて浮かび上がる体は少女のような裸婦像だ。しかし華麗な首飾りに透けるベールを手に持ち、男性を誘惑するポーズをとっている。

 

《ヴィーナス》(1532年、シュテーデル美術館蔵)

《ヴィーナス》(1532年、シュテーデル美術館蔵)

 

裸婦の作品もいくつかあり、《正義の寓意(エスティティア)》(1537年、個人蔵)や《泉のニンフ》(1537年以降、ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵)など、いずれも当時ドイツの宮廷で流行していた髪や首にアクセサリーを身に着けている。

 

左)《正義の寓意(スティティア)》(1537年、個人蔵) 右)《泉のニンフ》(1537年以降、ワシントン・ナショナル・ギャラリー)

左)《正義の寓意(スティティア)》(1537年、個人蔵)
右)《泉のニンフ》(1537年以降、ワシントン・ナショナル・ギャラリー)

 

「女性の妖しさ」をテーマとした寓意画では、《ヘラクレスとオンファ》(1537年、バンブルグ財団・トゥールーズ)は英雄ヘラクレスも、女性たちに誘惑されてめろめろになっている構図。《不釣合いなカップル》(1530/40年、ウィーン美術史美術館蔵)は、現代の世相に通じる構図だ。

 

《ヘラクレスとオンファ》(1537年、バンブルグ財団・トゥールーズ)

《ヘラクレスとオンファ》(1537年、バンブルグ財団・トゥールーズ)

《不釣合いなカップル》(1530/40年、ウィーン美術史美術館蔵)

《不釣合いなカップル》(1530/40年、ウィーン美術史美術館蔵)

 

歴史の教科書でもお馴染みの《マルティン・ルター》(1525年、ブリストル市立美術館蔵)もクラーナハの作品だ。息子の作品では、《ザクセン選帝侯アウグスト》と《アンナ・フォン・デーネマルク》(1565年以降・1575年頃?、ウィーン美術史美術館蔵)は夫妻の等身大の肖像画で、会場を圧倒する。

 

左《マルティン・ルター》(1525年、ブリストル市立美術館蔵) 右《ザクセン公女マリア》(1534年、リヨン美術館蔵)

左)《マルティン・ルター》(1525年、ブリストル市立美術館蔵)
右)《ザクセン公女マリア》(1534年、リヨン美術館蔵)

ルカス・クラーナハ(子)《ザクセン選帝侯アウグスト》左、 《アンナ・フォン・デーネマルク》右 (1565年以降・1575年頃?、ウィーン美術史美術館蔵)

ルカス・クラーナハ(子)《ザクセン選帝侯アウグスト》左、 《アンナ・フォン・デーネマルク》右
(1565年以降・1575年頃?、ウィーン美術史美術館蔵)

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今回は同時期開催の西洋絵画の傑作を取り上げたが、国内にいながらこれほどの名画に出会えることに満足した。ルネサンスやバロックの時代の巨匠たちの技量に驚くばかりだ。西洋絵画は王侯や宗教の力で発展したものの、その題材は神話や聖書に基づくものが多いだけに、こちらの勉強もしていれば、名画の奥深さをより理解できると痛感した。