思い立って昨年暮れ、地中海クルーズに出向いた。クルーズと言ってもわずか3泊4日の短期ステイに過ぎないが、スペインのバルセロナ、フランスのマルセイユ、イタリアのジェノバの3カ国3都市を巡るツアーだった。とりわけバルセロナにはホテルで一泊し、地中海が生んだ天才建築家のアントニオ・ガウディが設計し、没後も建築が続いている聖家族教会(サグラダ・ファミリア)の観光が組み込まれていた。約10年ぶりの再訪だが、近年急ピッチで工事が進められ、2026年にも完成との見通しが発表されていて、その進捗状況を見たかった。サグラダ・ファミリアを巡る話題を中心に、マルセイユとジェノバの街歩き、さらには初めてのクルーズ体験をリポートする。

300年の工期を半減し2026年完成
ガウディも驚くであろう建築技術の進化

バルセロナのモンジュイックの丘から地中海を望む

バルセロナのモンジュイックの丘から地中海を望む

 

ツアーは関西空港からドバイ空港経由で、バルセロナへ。乗り継ぎ時間を加えると約20時間もかかった。到着後、バスで市内を一望できるモンジュイックの丘に登った。途中、1992年に開催されたオリンピック・スタジアムやスポーツ博物館を車窓から眺めた。この丘の頂にモンジュイック城があり、空中にはゴンドラが行き交う。丘からは地中海が望め、その後に訪ねるサグラダ・ファミリアの尖塔が遠望できた。

 

モンジュイックの丘から眺めたサグラダ・ファミリアの尖塔

モンジュイックの丘から眺めたサグラダ・ファミリアの尖塔

 

お目当てのサグラダ・ファミリアは、民間カトリック団体であるサン・ホセ教会が、個人の寄付に依る贖罪(しょくざい)教会として計画し、初代の建築家フランシスコ・ビリャールが無償で設計を引き受けた。1882年に着工したものの意見の対立から翌年に辞任。その後を引き継いだのがガウディで、1852年にカタルーニャ地方に生まれ、31歳当時は無名だった。

 

サグラダ・ファミリアの近景

サグラダ・ファミリアの近景

 

ガウディは設計を一から練り直し、大型模型や、紐と錘(おもり)を用いた実験道具を使って、構造を検討したとされ、1926年に73歳の時に市電にはねられ死去するまで建築に取り組んだ。しかし仔細な設計図を残しておらず、弟子たちが作成した資料なども大部分が内戦で消失した。わずかな資料を手がかりに後を継いだ建築家たちがガウディの設計構想を推測するといった形で現在も建設が行われ、9代目の設計責任者のジョルディ・ファウリは、ガウディの没後100年に当たる2026年に完成をめざす。おおきなクレーンが据えられ、敷地内の工事も急ピッチで進められていた。

 

 

生誕を表す東ファサード

生誕を表す東ファサード

約1万7000平方メートルの敷地に建つ聖堂は、三つのファサード(建物正面)と、鐘塔を持つ。イエスの生誕を表す東ファサード、イエスの受難を表す西ファサードや内陣、入り口から主祭壇に向う身廊などはほぼ完成したが、イエスの栄光を表すメインファサード、イエス・キリストと聖母マリア、12使徒などを象徴する18本建てられる内の塔の8本が未完成である。

 

 

これらの建築群のうち、生前のガウディが実現できた地下聖堂と生誕のファサードが2005年にユネスコの世界遺産に登録された。その2年後の2007年11月、私が初めて現地を訪れた。この時は生誕のファサードから聖堂内へ入り、時間をかけて内部を見学した。まるで巨大な生き物の胎内を覗くような感じだった。高くそびえる柱や内装のデザインも見事。全てではないが、ステンドグラスの入った窓の美しさは格別だった。石で作られた巻貝の螺旋階段もすばらしかった。信者しか入れない聖域の地下礼拝堂にガウディは埋葬されているという。

 

 

 

 

今回はエレベーターで塔に登りたかったが、待ち時間が長いため、周囲をぐるりと回り、外観の写真を撮ることに時間をかけた。生誕のファサードにはキリストの誕生から初めての説教を行うまでの逸話が彫刻によって表現されており、双眼鏡を片手に眺めた。「聖母マリアの戴冠」などをカメラに収め、受難のファサードに回る。ここでは「イエスの最後の晩餐」から「キリストの磔刑」、「キリストの昇天」までの有名な場面が彫刻されていた。

 

「聖母マリアの戴冠」場面の彫刻

受難のファサード (右)「キリストの磔刑」場面の彫刻

受難のファサード  「キリストの磔刑」場面の彫刻(右)

 

最後にこの壮大な教会が着工した年の「1882」の数字が施された彫刻を見たが、当時は300年かかるであろうと想定さていた。ところが3DソフトウエアやCNC(コンピュータ数値制御)加工機が使えるようになったことや、多額の入場料収入や寄付金の支えがあって、工期が半減し150年以上短縮されたのだ。

 

栄光のファサードの中央扉に50ヵ国語で刻まれた「主の祈り」

栄光のファサードの中央扉に50ヵ国語で刻まれた「主の祈り」

急ピッチで進められる工事現場

急ピッチで進められる工事現場

着工した年の「1982」の数字が刻まれた記念の彫刻

着工した年の「1882」の数字が刻まれた記念の彫刻

 

私がサグラダ・ファミリアに関心を寄せたのは、この建物に傾注した二人の人物を知ったことにもよる。一人は『SLAM DUNK』や『バガボンド』、『リアル』などの人気漫画で知られる漫画家の井上雄彦さんで、一昨年春、兵庫県立美術館で、「建築家 ガウディ×漫画家 井上雄彦」展を開催した。スペインにあるガウディの専門機関が所蔵する資料約100件および井上さんの作品や物語によって構成。バルセロナで撮影された美しい映像や、床への装飾、 建築などが展示された。

 

もう一人がガウディ研究の第一人者で、バルセロナ在住の田中裕也さんだ。田中さんは学生時代に見たガウディ建築に衝撃を受け、大阪の建築事務所で3年間働いた後、1978年にスペインに渡りガウディ建築の実測調査を開始し、約40年間にわたって主要な建築物の実測と図面の作成を実施し手書きで図面をおこすことにより、ガウディが残した隠れたメッセージなどを見つけた。今回の旅に出発する直前、帰国していた田中さんの講演が関西・大阪21世紀協会で催され、それまでの経緯を聞き、田中さんとも懇談できた。

 

ガウディはサグラダ・ファミリア以外にも、独創的な高級アパトのカサ・ミラはじめ、グエル公園やグエル邸など7つの建築物を遺し、いずれもが世界遺産に登録されている。ただ現代技術を駆使して完成するサグラダ・ファミリアは厳密に見れば、ガウディ作品とは言いがたいと思われる。完成を見届けられないかもしれない世紀の巨大建築の威容とガウディの偉大さ心に印し、サグラダ・ファミリアを後にした。

 

バルセロナでは、1997年に世界遺産となったカタルーニャ音楽堂も訪ねた。ガウディと並び評価される建築家リュイス・ドゥメナク・イ・ムンタネー(1850-1923)によって設計されたコンサートホールで、アールヌーボー様式を伝える。現役で使われ、毎年50万人以上が交響楽や室内楽、ジャズ、伝統音楽などを楽しむ。かつての正面入り口へ回ると、歴史に残る音楽家達の彫像で飾られたバルコニーと破砕タイルによるモザイクで彩られた柱の列や、美しい曲線を描くアーチのファザードの優美な姿に圧倒された。

 

世界遺産のカタルーニャ音楽堂と豪華に内装された音楽堂の内部

世界遺産のカタルーニャ音楽堂と豪華に内装された音楽堂の内部

マルセイユ一望の高台に黄金の聖母子像

乗船した大型客船「MSCスプレンディダ号」

乗船した大型客船「MSCスプレンディダ号」

バルセロナに一泊した午後、大型客船「MSCスプレンディダ号」に乗船した。テロ対策もあって乗船は厳重だ。荷物の安全審査は当然として、一人一人の顔写真を撮影し、コンピュータ管理され、寄港地の上下船でもチェックされる。船内のことは最後に触れることにして、いよいよクルーズのスタートだ。夕刻6時に出航。翌朝にマルセイユに入港した。

 

 

 

午前中は市内観光にあてられ、ここでもマルセイユ市街を一望できる標高 約150メートルの高台にそびえるノートルダム・ド・ラ・ギャルドバジリカ聖堂を訪れた。ニーム出身のマルセイユの建築家エスペランデュー(1829-1874) が設計し、1853年に定礎され、1864年に献堂された。

 

 

標高約150メートルの高台にそびえるノートルダム・ド・ラ・ギャルドバジリカ聖堂

標高約150メートルの高台にそびえるノートルダム・ド・ラ・ギャルドバジリカ聖堂

 

 

祭壇に祀られた銀色のマリア像

祭壇に祀られた銀色のマリア像

聖堂はそれほどの大きな面積ではないが、屋上に41メートルの大規模な鐘楼があり、その上に高さ12.5mの塔を土台として、高さ11.2メートルの巨大な黄金の聖母子像が据えられている。マリア様は銅製だが、金箔が貼られ黄金色に輝く。市内や海の上からも仰ぎ見られる聖堂は、港町マルセイユのシンボル的存在となっている。

 

ロマネスク・ビザンチン様式の聖堂内は、白とえんじ色の大理石を使った縞模様をなす柱やアーチが並び、美しいモザイク画が壁面や天井を埋め尽くす壮麗さだ。祭壇には銀色のマリア像が祀られ、後陣の半円蓋に施された煌びやかなモザイクは、金地に植物と32羽の鳥で楽園を表しているという。

 

この聖堂の特色は、数多くの船の模型や絵画が納められ、天井からはいくつもの船の模型が吊り下げられ、壁一面には大小さまざまな船の絵が掛けられている。いわば船乗りたちの為の神聖な寺院とも言える。テラスからの眺めが最高で、360度のパノラマ展望で、眼下の市街の先には地中海と遠くには山並みが続く。

 

美しいモザイク画で飾られた天井

美しいモザイク画で飾られた天井

 

聖堂内の帆船の絵画

聖堂内の帆船の絵画

 

帰船の途中、ロンシャン宮に立ち寄った。元は19世紀に建造された給水施設だったが宮殿に模様替えされ、現在は美術館と自然博物館になっている。ここも聖堂と同じエスペランデューの設計だ。左右対称の曲線を描くテラスがとても美しく、噴水中央の彫刻も素晴らしい。市民に開放されていて、美術・博物館として活用されている建物と相俟って、憩いの文化ゾーンとなっている。

 

左右対称の曲線を描くテラスが美しいロンシャン宮

左右対称の曲線を描くテラスが美しいロンシャン宮

中世貴族の大邸宅の名残、ジェノバ街路

テラスからの眺めた市街と地中海

テラスからの眺めた市街と地中海

 

この日は夕刻5時、マルセイユを出港した。早朝デッキで眺めた朝日は息を呑む美しさだった。ジェノバ港に到着後、午前中は観光に出向く。ここはイタリア北西部にある港湾都市で、中世には海洋国家(ジェノヴァ共和国)として栄え、商工業・金融業の中心地としての長い歴史を持つ。現代においてもミラノ、トリノなど北イタリアの産業都市を背後に持つイタリア最大の貿易港であり、地中海有数のコンテナ取扱高を誇っている。

 

16世紀に総督ドリアのもと、スペインと同盟を結び、欧州カトリック世界のメイン銀行となって金融業で繁栄したジェノヴァ共和国には、世界から訪れる来賓用迎賓館の必要性から、17世紀初頭にかけて、富裕貴族層が住む豪華な館・大邸宅を厳選し、「ロッリ」と呼ばれるリストに登録させて、国家の来賓の宿泊先として法で制定していた。

 

これらの大邸宅群は建築的にも価値あるものが多く、通り沿いは美しいルネッサンスやバロック様式の館が建つ有力諸貴族の豪奢な大邸宅地となった。その名残である「ジェノヴァ:レ・ストラーデ・ヌオーヴェとパラッツィ・デイ・ロッリ」は、「新しい街路群」の意味で、2006年に、世界遺産に登録されている。

 

ジェノバの世界遺産の邸宅ドーリア・トゥルシ館は現在市庁舎

ジェノバの世界遺産の邸宅ドーリア・トゥルシ館は現在市庁舎

 

ドーリア・トゥルシ館は現在市庁舎になっている。1564年から79年に建設された建物で、柱廊と回廊を持つ長方形の中庭が美しい。内部の天井にはフレスコ画が描かれ、中央にクリスタルのシャンデリアが煌く。ロッソ館(赤の館)とビアンコ館(白の館)などもあり、街歩きを楽しめる。

 

左)赤い館のロッソ館  右)白い館のビアンコ館

 

この地はアメリカ大陸発見の偉業を成し遂げたコロンブスの出身地という説が有力で、旧市街の一角に、コロンブスの生家があったとされる場所に、18世紀に復元された建物もあった。歴史が息づく街の風情で、時間の経つのが惜しいと思った。

 

コロンブスの生家があったとされる場所に復元された建物

コロンブスの生家があったとされる場所に復元された建物

 

帰船して、翌朝、最後の寄港地はローマに近いイタリアのチヴィタヴェッキア港。下船してフィウミチーノ空港から、再びドバイを経て帰国した。リポートの最後に、初めてのクルーズ体験について記しておく。乗船した「MSCスプレンディダ号」は、13万7940トン、全長338メートル、乗客3274人という世界で5番目の大型客船だった。

 

「MSCスプレンディダ号」船上プールなどの施設

「MSCスプレンディダ号」船上プールなどの施設

各種娯楽が整ったカジノ

各種娯楽が整ったカジノ

 

船の構造は18階層になっており、まるで超大型のビルだ。船の面積が150万平方メートルもあり、室数は1751部屋に及び、自室に戻るのにも迷うほどだ。船内にはバーやラウンジをはじめ、複数のプールやジャグジー、各種スポーツ施設、映写室、図書室、さらには500人以上入場可能なシアターまで備わっている。従業員が約2000人もいて、5000人以上の人が住む街が動いているといっても過言ではない。

 

シアターのショーのフィナーレ

シアターのショーのフィナーレ

レストランで行われたパフォマンス

レストランで行われたパフォマンス

 

毎朝、船内新聞が発行され、その日のシアターの内容やバー・レストランの案内、寄港地の観光情報などが掲載されている。私たち3泊4日であったが、世界各地からの乗船客には地中海一周組もいる。世界にはその日暮らしも困る貧民もいれば、優雅な船上生活をエンジョイできる金持ちもいる。何事も体験してみて実感できることだ。船上デッキで仰いだ地中海の日の出の光景は至福のひと時だった。

 

船上デッキで仰いだ地中海の日の出

船上デッキで仰いだ地中海の日の出

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波乱に明け暮れた2016年が去り、夜明けを告げるはずの鶏の年を迎えた。21世になっても世界各地で紛争が続き、年が明けてもテロがやまない。グローバル化した世界にあって、国際協調がより必要な時代に逆行して、イギリスのEU離脱やアメリカ次期大統領トランプ発言など自国優先主義が台頭している。混迷を深める世界は広く複雑だ。こうした時代をどのように生きるかは個々人の課題だ。内容の是非はともかく、私が旅やアートで知り感じた情報を、今年も精一杯伝えたい。