全長85メートルもの備前焼史上空前の巨大窯「寒風新大窯」プロジェクトを達成した森陶岳さんの陶業を回顧する「森陶岳の全貌展―あくなき挑戦の軌跡―」が、地元の瀬戸内市立美術館で10月23日まで開催されている。初期・伊部での作品に始まり、相生大窯での作品、瀬戸内市寒風での「新大窯」の窯出し新作まで127点を、一部は前期(~10月2日)と後期(10月4日~)に分け展示する。この大規模個展の開幕前日の9月2日、古備前の復活に取り組む陶芸家の陶岳さんに、瀬戸内市が文化向上に貢献したとして名誉市民の称号を贈った。陶岳さんの活動は当サイトの2015年8月31日号でも詳しく取り上げているが、今回の展覧会を軸に、先に岡山シティミュージアムで開かれた「森陶岳大窯展」も合わせ、その「作品と作者」に焦点を当てる。

筆者注:「備前の森陶岳さん、85メートル登り窯から窯出し」の過去の記事もご覧ください。

 

巨大窯の挑戦が評価され名誉市民第1号

千年の歴史を持つ備前焼は、古代の須恵器に源流を持ち、中世六古窯の一つで、釉薬を使わずに1200度もの高温で焼き締めていくのが大きな特徴だ。陶岳さんは1937年、備前焼窯元六姓の流れをくむ名門に生まれ、岡山大学教育学部特設美術科卒後、中学の美術教師を3年で退職して陶芸の道に入る。

 

各種の窯を築いて焼成を重ねた末、小さな窯では「古備前の魅力」の謎解きは出来ないとして、兵庫県相生市内の山中に46メートルの登り窯を築き、その後瀬戸内市牛窓町寒風に移り、全長53メートルの「寒風大窯」で計6回、作品を焼いた。

 

さらに2000年から全長85メートルの「寒風新大窯」の築窯に着手、2008年に完成させた。新窯の性能を確かめる空焚きを経て昨年1月に火入れ、そして窯出しと前人未到の大事業を成し遂げ、大きな成果を得たのだった。

 

この間、1969年に日本陶磁協会賞を受賞.この年、東京で江崎一生、加守田章二両氏と「三人展」を開催。同展出品の《広口砂壷》が東京国立近代美術館の買い上げになる。また1971年の「現代の陶芸―アメリカ、カナダ、メキシコと日本」展に招待され、出品作《彩文土器》が京都国立近代美術館に買い上げられる。

 

1996年に山陽新聞社賞(文化功労)受賞し、岡山県指定重要無形文化財保持者の認定を受ける。初の全国巡回展「古備前を超えて 森陶岳展」(朝日新聞社主催)が1999年9月から2000年4月まで開催された。さらに2002年に日本陶磁協会賞金賞を受賞、2005年に文化庁長官表彰、翌年に紫綬褒章を受章する。

 

そして今回新たに瀬戸内市が2004年に誕生してから初めての名誉市民の称号が授与されたのだった。市の選考委員会が、巨大窯で大甕などを制作した森さんを名誉市民に選定し、市議会が全会一致で議決した。

 

武久顕也市長から瀬戸内市名誉市民の称号が授与された森陶岳さん(右)

武久顕也市長から瀬戸内市名誉市民の称号が授与された森陶岳さん(右)

 

瀬戸内市牛窓町公民館で9月2日に開かれた名誉市民表彰では、武久顕也市長が「これまでの森さんの歩みと挑戦は、市民に多くの勇気と希望を与えてくれた」と賛辞を述べた。陶岳さんは授与式後、「土と窯に人間が加わって、見えないものから見えるものを作り出すんだという信念は変わっていません」と、感慨深げに話した。

 

授与式で挨拶する陶岳さん

授与式で挨拶する陶岳さん

 

初期から新作まで前後期合わせ127点

「全貌展」のテープカット(瀬戸内市美術館)

「全貌展」のテープカット(瀬戸内市美術館)

陶岳さんの作品は、これまでに皇居新御所や伊勢神宮、大覚寺、薬師寺、東大寺などの寺社、アメリカのメトロポリタン美術館、ボストン美術館、スミソニアン美術館、フランス国立陶磁器美術館など、日本にとどまらず世界各地に収蔵されている。

 

「全貌展」は、初期から現在にいたるまで作陶の軌跡を追い、東京・京都の両国立近代美術館、東広島市立美術館、敦井美術館、ほか個人所蔵作品などから代表作を集め、ほぼ時系列で展示している。作陶人生半世紀、「古備前」の力強い味わいに魅せられ、進取の気性と魂を込めた127点に及ぶ作品群は圧巻だ。

 

初期の作品では、東京国立近代美術館から《広口砂壷》と《砂壷》(ともに1969年)、京都国立近代美術館からは《彩文土器》(1971年)はじめ、《大壺》(1966年)などが出品されている。いずれも備前焼特有の土味から醸しだされる力強さや優しさが表現されている。

 

左)《広口砂壷》 右)《砂壷》(1969年、東京国立近代美術館)

左)《広口砂壷》     右)《砂壷》(1969年、東京国立近代美術館)

左)《彩文土器》(1971年、京都国立近代美術館) 右)《大壺》(1966年、京都国立近代美術)

左)《彩文土器》(1971年、京都国立近代美術館)    右)《大壺》(1966年、京都国立近代美術)

 

また新潟県の敦井美術館が所蔵する名品《彩文大扁壺》(1975年)は存在感がある。豆田の砂土にベンガラの粗粒と泉南・和歌山の雲母を含み乾燥させ出来た作品だ。。敦井美術館からは《蛇籠透彫鉢》(1973年)や《大舟徳利》(1974年)、《象嵌四方水指》(1976年)など、多様な作品が並ぶ。

 

左)《彩文大扁壺》(1975年、敦井美術館) 右)《彩文大扁壺》の前で陶岳さんのギャラリートーク

左)《彩文大扁壺》(1975年、敦井美術館)   右)《彩文大扁壺》の前で陶岳さんのギャラリートーク

《蛇籠透彫鉢》(1973年、敦井美術館)

《蛇籠透彫鉢》(1973年、敦井美術館)

《大舟徳利》(1974年、敦井美術館) 12 《象嵌四方水指》(1976、敦井美術館)

左)《大舟徳利》(1974年、敦井美術館)     右)《象嵌四方水指》(1976、敦井美術館)

 

先に触れた「古備前を超えて 森陶岳展」は、私が朝日新聞社時代に企画に関わった展覧会だ。この時出展した懐かしい作品も散見する。東京・京都国立博物館所蔵の作品をはじめ《芋徳利》(1986年)や、《砧花入》、《細口尻張花入》(ともに1999年)などである。

 

左)《芋徳利》(1986年) 中)《砧花入》(1999年) 右)《細口尻張花入》(1999年)

左)《芋徳利》(1986年)    中)《砧花入》(1999年)    右)《細口尻張花入》(1999年)

 

展覧会名の「古備前を超えて」は、監修者の乾由明・元金沢美術工芸大学学長が名付けた。大窯から窯出しされた表情豊かな褐色の肌、激しい玉垂れの力、多彩な玉虫色の窯変などの作品を見て、「古備前を超えて、まったく新しい美の世界を示している」と感嘆されたからだった。

 

このほか《方形皿 5客組》(1983年)と《俎皿》(2005年)は、茶褐色や黒褐色の下地にお月さんのような白く丸い文様が鮮やかだ。日本陶磁協会金賞受賞作家展に出品した赤や青の色土練り込み銀やプラチナを使った《彩文鉢》(2008年)など、一見備前焼とは思えない多彩な作品がある。

 

《方形皿》(1983年) と《俎皿》(2005年)

左)《方形皿》(1983年)    右)《俎皿》(2005年)

《彩文鉢》(2008年)

《彩文鉢》(2008年)

 

「新大窯」で焼成した新作も前後期合わせ8点がお目見え。展示室の真ん中に堂々と置かれた《五石甕》(2015年)は高さ145センチ、胴径130センチもあり迫力満点。備前焼最大級の作品だが、灰が火に溶けて雪崩のように流れて玉垂れの模様も見事だ。五石甕は内側に小さな作品を詰め込み、「蓄熱用の器」として84基作られ、いずれも中に20点前後の小品が収められた。

 

《五石甕》(2015年)

《五石甕》(2015年)

《五石甕》の置かれた展示室

《五石甕》の置かれた展示室

 

今回の「全貌展」について、唐澤昌宏・東京国立近代美術館工芸課長は「森陶岳という陶芸家が行ってきたプロジェクトは、まさに確固たる素材とその素材を作品へと変容させる焼成を通して、やきものの本質を見据え、時代に即した新たな存在価値を探求する試みである」と、図録に記している。

 

「全貌展」に先んじて、今年2月に岡山シティミュージアムで「森陶岳大窯展」が開催されていた。全長85メートル、幅6メートル、高さ3メートルの「寒風新大窯」から窯出しされた《五石甕》はじめ大小約50点の作品が披露された。

 

 「森陶岳大窯展」会場入り口での陶岳さん(岡山シティミュージアム)

「森陶岳大窯展」会場入り口での陶岳さん(岡山シティミュージアム)

 

広い展示空間の会場

広い展示空間の会場

この巨大登り窯では、最高1200度まで上昇させ、107日間炊き続けた。弟子の作品を含め数千点の作品が生まれたが、過去には見られなかった独特の焼け色と窯変が現出した。工業試験場の分析による成分分析では「古備前」と同等の数値を示すなど、大きな成果を上げた。

 

 

 

 

 

私が陶岳さんに出会ったのは1997年の秋で、まもなく20年になる。174センチ、82キロの堂々とした体格の上、見事に頭を丸めた風貌で、前人未到の壮大なプロジェクトに取り組む姿に魅了され、事あるごとに現地に駆けつけ、とりわけ巨大窯プロジェクトのプロセスを見届けてきた。火入れや窯出しはもちろん、「大窯展」にも馳せ参じた。

 

展示室は広い空間で、甕や壺、大皿や花入などの作品が居並び壮観だった。「全貌展」にも出品の《五石甕》に加え、《花入》、《掛花入》、《擂鉢》(いずれも2015年)なども展示されていた。

 

《花入》(2015年) 《掛花入》(2015年) 《擂鉢》(2015年)

左)《花入》(2015年)          中)《掛花入》(2015年)        右)《擂鉢》(2015年)

 

この展覧会を監修した備前市立備前焼ミュージアム館長の臼井洋輔さんは、展覧会に合わせ出版された『森陶岳大窯の引き寄せたもの』に長行のコメントを掲載している。その書き出しは「備前焼は、力強さと大らかさ、優しさ、潔さ、繊細さとしたたかさを持った焼物である。桃山時代の備前焼にはその全てが込められていて、その美しさはその後も数百年間、今日まで、全ての時代の人を魅了し続けてきた」に始まり、次のように結んでいる。

 

四百数十年も途切れていた、桃山文化と現代を43年も掛けて「繋ぎ直す」仕事に携わり、そして成功したのが森陶岳といえる。新しいものを作るよりこの仕事は遥かに難しい。忘れていた桃山文化の息吹が電気エネルギーとなって、目には見えない導線を伝って我々のもとへ遍くほとぼしることを願っている。きっと「現代を正視する」大きな機会になるであろう。

 

「寒風新大窯」の成果を「大窯展」に続き、「全貌展」で公開した陶岳さんにとって、これで最終目的を達成した訳ではない。「心が動くやきもの」への永遠の課題に向ってのプロセスでもあった。「古備前」の先にあるものへの挑戦はなお続く。陶岳さんはこう言い切った。「寿命は足りないが、死ぬまで自信を持って進む」