これらの作品は自画像のなかのたくさんの「私」と
絵を観るたったひとりの「わたし」との出会いから生まれた ―― 森村泰昌

 

名画の登場人物に自らが扮するセルフ・ポートレイト作品で知られる「森村泰昌:自画像の美術史―『私』と『わたし』が出会うとき」が、大阪の国立国際美術館で6月19日まで開催中だ。

 

森村泰昌展の内覧会・開会式に集う観客

森村泰昌展の内覧会・開会式に集う観客

衝撃的な作品《肖像(ゴッホ)》の発表から30年、今や日本を代表する現代美術家となった森村が、地元で開催する初めての大規模個展だ。今回のテーマは、自らが創作した「自写像」による美術史としての「私」と、個人史としての「わたし」とを交錯させ、「私」とは何かを浮かびあがらせる試みだ。

東西の画家の自画像に扮した新作や映像

開会式で挨拶する森村泰昌

開会式で挨拶する森村泰昌

森村泰昌は1951年、大阪に生まれ、京都市立芸術大学に学ぶ。1985年に京都のグループ展で、自らが扮装してゴッホが耳を切り落とした自画像の写真作品《肖像(ゴッホ)》を発表して注目され、88年にはヴェネチア・ビエンナーレに選出されて一躍脚光を浴びた。その後も大阪を拠点とし、国内外での多くの展覧会活動などを展開してきた。2014年の横浜トリエンナーレでは芸術監督の役割も担った。

 

開会式で森村さんから紹介されるスタッフ

開会式で森村さんから紹介されるスタッフ

 

森村は、一貫して「自画像的作品」を追求。一枚の写真の中に人種・民族・ジェンダーなどの問題、作家や美術に対する愛憎、美術史の過去から現在に至る研究の積み重ね、画集などのコピーを通じて、一般によく知られている作品のイメージに対する揺さぶりなどを提起し、内外で高い評価を得た。

 

ポートレイトの対象も、西洋絵画のみならず日本画やマン・レイらの写真、報道写真、マドンナやマイケル・ジャクソンといったポップ・アイコンへの変装、古今東西の名女優への変装、映像作品の制作や映画出演、さらに新聞コラムや書籍の執筆など活動の幅も広い。

 

森村泰昌《肖像(ゴッホ)》(1985年 国立国際美術館蔵)

森村泰昌《肖像(ゴッホ)》(1985年 国立国際美術館蔵)

 

今回の展覧会では、作品を主として美術史に限って2部構成で展開する。第1部は《肖像(ゴッホ)》をはじめ過去の代表作と、《自画像の美術史(ゴッホ/青)》(2016年)など新作と未発表作約48点を加え約130点の作品・資料を展示。第2部は新たに制作した映像作品で、自画像によって描きだされる「私」とは何なのかを論じる内容だ。

 

《自画像の美術史(ゴッホ/青)》(2016年 作家蔵)

《自画像の美術史(ゴッホ/青)》(2016年 作家蔵)

10章仕立て、「最後の晩餐」で終わる

第1部の展示は10章に分かれる。その前に0章を特設し、《肖像(ゴッホ)》が最初に展示された京都のギャラリー16で開催された展覧会「ラデカルな意志のスマイル」を忠実に再現。同展の出品作家である木村浩、石原友明の作品も並べている。いわばこの時の展覧会が、森村の原点ともいえたのであろう。

 

《自画像の美術史(レオナルドの顔が語ること)》(2016年 作家蔵)

《自画像の美術史(レオナルドの顔が語ること)》(2016年 作家蔵)

 

第1~第3章は、美術館や画集などどこかで見たことのある巨匠たちの自画像が並ぶ。17世紀オランダ絵画の巨匠レンブラントや、ルネサンスが生んだ天才レオナルド・ダ・ヴィンチの自画像の顔も。どの作品も元は森村の顔や姿だが、「よくぞここまでメーキャップしたものだ」と感心する。映像作品の脚本に記された本人の弁(抜粋)は次のように語る。

 

つまらぬ私の顔も、それが「レオナルド・ダ・ヴィンチの顔」だと認知されたとたん、この顔こそが西洋美術史の父であると言わんばかりの、威厳と叡智を湛えた立派な顔に見えてきました。

 

自画像は続く。デューラーがいればカラヴァッジョ、レンブラント、ルブラン、マグリット、ダリ、ファン・エイク……。そして30年ぶりにゴッホの自画像に扮して制作した新作も展示されている。一点を凝視するゴッホの姿だ。森村の顔がここまで変身するのに驚かされた。まるで百面相だ。

 

左)《自画像の美術史(デューラーの手は、もうひとつの顔である)》(2016年 作家蔵) 右)《自画像の美術史(レンブラントの遺言)》(2016年 作家蔵)

左)《自画像の美術史(デューラーの手は、もうひとつの顔である)》(2016年 作家蔵)
右)《自画像の美術史(レンブラントの遺言)》(2016年 作家蔵)

左)《自画像の美術史(証言台に立つルブラン)》(2016年 作家蔵) 右)《自画像の美術史(マグリット/三重人挌)》(2016年 作家蔵)

左)《自画像の美術史(証言台に立つルブラン)》(2016年 作家蔵)
右)《自画像の美術史(マグリット/三重人挌)》(2016年 作家蔵)

《自画像の美術史(カラヴァッジョ/マタイとは何者か)》(2016年 作家蔵)

《自画像の美術史(カラヴァッジョ/マタイとは何者か)》(2016年 作家蔵)

 

フェルメールは自画像を描いていない。そこで《フェルメールの部屋を訪ねる》との題名の作品を仕上げている。これも新作だ。本人の弁を先述の脚本に見るとこうだ。

 

しかし私は、じつは皆さんの想像もつかぬ方法を用いて、自分自身の姿を絵の中に描き入れています。誰にも気づかぬように、そっと。

 

一転、第4章「私の中のフリーダ」シリーズ(2001 年)は、20世紀メキシコ現代絵画の第一人者フリーダ・カーロの人生の愛と死を祝祭的なイメージで表現した作品が展示室に広がる。森村特有のパロディーを感じさせる。それにしても根気よく作り上げる徹底した創作精神に脱帽だ。

 

「私の中のフリーダ」シリーズ(2001 年)の展示会場

「私の中のフリーダ」シリーズ(2001 年)の展示会場

 

第5章「時代が青春だったときの自画像は美しい」は、日本の近代美術の先駆者であった松本竣介、青木繁、萬鉄五郎、村山槐多らの苦悩にみちた青春像を取り上げている。中でも松本竣介の代表作「立てる像」は、暗い時代に抵抗しつつ画家としての生き方を見つめ直そうとしている等身大の自画像で、森村はその時代を生き、描いた画家へのオマージュだったと思われる。

 

《青春の自画像(松本俊介/わたしはどこに立っている1)》(2016年 作家蔵)

《青春の自画像(松本俊介/わたしはどこに立っている1)》(2016年 作家蔵)

第6章の「日本の前衛精神は眠らない」も、岡本太郎、山口小夜子、田中敦子、大野一雄たちのアヴァンギャルドな精神が、森村によって再構成されている。岡本太郎の大きな赤いリボンが印象的な「痛ましき腕」は、人間の根源的な孤独や悲しみ、怒り、苦しみを象徴している岡本の自画像でもある。森村はこの作品に共感を抱き、《傷ましき腕を持つ自画像》(2011-16)はブルーとレッドの2バージョンと立体作品もある。

 

《傷ましき腕を持つ自画像(ブルー)》2011-2016年 作家蔵

《傷ましき腕を持つ自画像(ブルー)》2011-2016年 作家蔵

 

第7章は、再び海外に目を向け、20世紀の国際的アーティストであるデュシャンやや、ウォーホルをテーマとした映像作品などを展示する。シンディー・シャーマンは1954年生まれのアメリカの写真家で、コスチュームを着けた自分を被写体としたセルフ・ポートレイト作品で有名だ。兄貴格の森村の作品は《私の妹のために/シンディー・シャーマンに捧ぐ》(1998 年)。シンディー・シャーマンもびっくりだ。

 

第8~第9章は美術館を舞台にした作品。17 世紀スペイン絵画の巨匠ベラスケスの名画「ラス・メニーナス」などをモチーフにした何枚かの作品は、スペインのプラド美術でも撮影された作品という。ロシアのエルミタージュ美術館で第二次世界大戦下での美術品疎開を題材とした「Hermitage1941-2014」シリーズも展示されている。

「私」が次第に不在化していく試みであり、作品と展示される場所との関係性を問い直してもいる。

 

第10章のタイトルは洒落ている。さよなら「私」と、「わたし」はつぶやく。レンブラントの「屠殺された牛」をモチーフにした《白い闇》(1994)や、マリリン・モンローに扮した《セルフポートレート 駒場のマリリン》(1995-2008)が登場する。美術史の中に存在する「私」を超越し、森村泰昌としての「わたし」へと回帰を果たす姿を見せる、との意図だ。そして最後の1枚は、第1章のレオナルド・ダ・ヴィンチに戻り、「最後の晩餐」に範を取った作品で、第2部へと繋がる。

 

《少年カフカ》(2016年 作家蔵)

《少年カフカ》(2016年 作家蔵)

 

第2部の映像作品《「私」と「わたし」が出会うとき―自画像のシンポシオン―》は全編60分を超える長編映像。自画像を描く芸術家たち、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ファン・エイク、デューラー、カラヴァッジョ、ベラスケス、レンブラント、フェルメール、ルブラン、ゴッホ、フリーダ・カーロ、デュシャン、ウォーホルに森村が扮し、そして森村自身を加え計13人が勢ぞろいする。自画像を描いた画家たちが自分について告白する内容だが、もちろんその言葉は森村によって語られる。自画像における「最後の晩餐」を展開し、展覧会は終わる。

 

 

森村泰昌映像作品《「私」と「わたし」が出会うとき―自画像のシンポシオン―》(2016年 作家蔵)から

森村泰昌映像作品《「私」と「わたし」が出会うとき―自画像のシンポシオン―》(2016年 作家蔵)から

《自画像のシンポシオン》(2016年 作家蔵)

《自画像のシンポシオン》(2016年 作家蔵)

歴史的瞬間を捉え時代を問う過去の森村展

私は過去、いくつかの森村泰昌展を見てきた。印象に残るのが、ちょうど5年前の2011年春に兵庫県立美術館で開催された「なにものかへのレクイエム-戦場の頂上の芸術」である。20世紀とはどんな時代であったのか―。森村は一貫して「男」を演じていた。日本人の精神を問いかけた三島由紀夫に扮し、現代の芸術を憂い、決起を呼びかけ絶叫する。浅沼稲次郎・日本社会党委員長の暗殺事件を取り上げ、思想と肉体がぶつかり合った時代を作品化していた。

 

さらにはレーニンやゲバラ、ヒトラーらになり、20世紀思想の源泉を掘り起こす。20世紀は男たちが建設し、争い、破壊してきた歴史であるにもかかわらず、21世紀の現代では急速に「男性的なるもの」の価値が忘れ去られようとしている現状に、「男性的なるもの」の輝きを求めて、過ぎ去った世紀の意味を考えさせる。

 

《なにものかへのレクイエム(遠い夢/チェ) 》(2007年)の前に立つ森村   (2011年兵庫県立美術館の展示会場で) 

《なにものかへのレクイエム(遠い夢/チェ) 》(2007年)の前に立つ森村(2011年兵庫県立美術館の展示会場で)

 

「過去を否定し未来を作るのではなく、現在は過去をどう受け継ぎ、それを未来にどう受け渡すかという、つながりとして歴史をとらえたい」と語る森村。とりわけ歴史の転換点となった第二次世界大戦と向き合い、硫黄島に星条旗を掲げる兵士の写真にヒントを得て「海の幸・戦場の頂上の旗」で、芸術の真の価値を、次のような言葉で鑑賞する者に問いかけていた。

 

戦場の頂上に旗を掲げます
意気揚々たる、勝ち誇る旗ではありません
一枚の薄っぺらな画用紙 平々凡々たるカンバス
私の旗は 白い旗です
見上げれば、宇宙の風 見下ろせば、戦える大勢の人々
宇宙の風と戦いの影がせめぎあう 地球の頂上に立ち
あなたなら どんな形の どんな色の どんな模様の
旗を掲げますか
(映像作品《海の幸・戦場の頂上の旗》より)

 

森村泰昌映像作品《海の幸・戦場の頂上の旗》(2010年 作家蔵)から

森村泰昌映像作品《海の幸・戦場の頂上の旗》(2010年 作家蔵)から

 

それまでも森村の展覧会は各地で幾度となく企画され、その新鮮な切り口に驚かされてきた。1998年には東京都現代美術館、京都国立美術館、丸亀市猪熊弦一郎美術館を巡回した「森村泰昌〔空装美術館〕絵画になった私」だった。ここでゴッホやベラスケス、マネなどの泰西名画を模し、その主人公に扮装した作品は、単にパロディと切り捨てられない繊細な表現で、その溢れる才能を発揮していた。

 

 

同じ年の秋、大阪市中央公会堂で開催された森村プロデュースの「テクノテラピー」のパフォーマンスを見た、というより体感した。美術作家と数多くのボランティア・スタッフの手により、会場は芸術を体感できるアミューズメントパークとなっていた。タイトルの「テクノテラピー」とは、美術の技(テクネ)で作品と触れた人を癒して(セラピー)いこうというコンセプトをそのまま造語にしていたのだった。

 

2001年には高知県立美術館で「森村泰昌と合田佐和子」展があった。ここでは女装のオンパレードだ。モナ・リザに始まり、マリリン・モンローやオードリー・へップバーン、ビビアン・リー、岩下志麻から薬師丸ひろ子、はてはヌードまでさらし、好き放題の変身。森村いわく。「ひとりの人間がどれくらい様々なキャラクターになりえるか、その醍醐味といったところでしょうか」(図録より)

 

《光るセルフポートレイト(女優)/赤いマリリン》(1996年 西田画廊蔵)

《光るセルフポートレイト(女優)/赤いマリリン》(1996年 西田画廊蔵)

 

2007年に開催された横浜美術館での「森村泰昌 美の教室、静聴せよ」展も注目に値した。ホームルームにはじまり、6時間目まで、モリムラ先生による授業(無料音声ガイド)として展開。様々な「美」について学んだ後は、最後のセクション「放課後・ミシマ・ルーム」で、一転、三島由紀夫と三島の美学を具現化したアポロンの姿になった森村に出会う。そこで私たちは、次代へ受け継がれるべき日本の美術について、森村からのメッセージを強く心に刻み込む仕掛けだった。

 

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このように、私の知る企画展だけでも、さまざまな問題提起を投げかけてきた森村の藝術世界。しかしその原点は、やはりセルフ・ポートレイト作品だ。演じたい図版を詳細に参照し、服装やアクセサリー、背景などを制作する。自ら丁寧なメークを施して衣装を身に着け、あらかじめ制作しておいた背景をバックにしてポーズをとる、という凝った手順で制作されており、複数の登場人物がいる場合もすべて自分一人で演じ、撮影後にコンピュータ合成によって処理するユニークな手法が取られている。

 

今回の展覧会にかけた意気込みを森村の言葉で伝えると、「それは、大きな美術の歴史に、ひとりの美術家のささやかな人生を立ち向かわせること。楽しくもあり恐ろしくもある、その30年間の成果を一挙公開いたします」と自信たっぷり。今回の「森村泰昌:自画像の美術史―『私』と『わたし』が出会うとき」は、森村ファンならずとも見逃す訳にはゆかない。