《五百羅漢図》の前の村上隆(撮影:御厨慎一郎、画像提供:森美術館) (C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

《五百羅漢図》の前の村上隆(撮影:御厨慎一郎、画像提供:森美術館)
(C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

「まだ村上隆が、お嫌いですか?」という大特集を目にしたのは『芸術新潮』の2012年5月号だ。ページを開くと、「21世紀の乱世にカツ!《五百羅漢図》全部見せます」の見出し。極彩色で描かれた羅漢図の折り込みページの長さがなんと1メートル16センチもあった。誌上で見て驚いた作品の実物を日本初公開した「村上隆の五百羅漢図展」が、3月6日まで東京・六本木の森美術館で開催されている。高さ3メートル、全長100メートルにも及ぶ超大型絵画に圧倒される。その村上が蒐集を続けている「村上隆のスーパーフラット・コレクション―蕭白、魯山人からキーファーまで―」展が4月3日まで横浜美術館で開かれている。こちらは約400点もの多様な作品が並ぶ。同時期に開催された二つの展覧会は、そのスケールとともに、芸術や人間の可能性を提起していて必見だ。

日本で14年ぶり、現在進行形の村上ワールド

村上隆は、国際的に最も高い評価を得ている現代美術家の一人とされていて、早くからその名前を知り、『芸術新潮』や『美術手帖』などで作品も見ていた。しかし国際的に有名になったアニメ、フィギュアなどオタク系の題材を用いた作品には興味を持てなかったが、著書『芸術起業論』(2006年、幻冬舎)を読んで、注目した。「芸術には、世界基準の戦略が必要である」とか「現代の芸術作品制作は集団でやるべきだ」、「芸術家の成長には、怒りが不可欠である」といった刺激的な持論を展開していたからだ。

 

村上のプロフィールは、1962年、東京生まれ。生来のアニメ好きだが、東京藝術大学に入学し日本画を学ぶ。大学院美術研究科博士後期課程を修了。日本画において初の博士号を取得するも、現代美術家としてデビューした。オタクカルチャーやキャラクターと日本の美術史を接続し、「スーパーフラット」という概念を打ち出すなど海外を舞台に活躍する。制作工房、ギャラリー等を含めたアートの総合商社である有限会社カイカイキキ代表でもある。

 

国内の美術館での個展は、2001年に東京都現代美術館で開かれた「召喚するかドアを開けるか回復するか全滅する」以来、14年ぶり。海外ではパリやニューヨーク、さらには2007年にロサンゼルス現代美術館、2010年にフランスのヴェルサイユ宮殿で大型個展が開催されている。そして2012年にカタールのドーハで、「五百羅漢図」が初めてお披露目されていた。

 

絵画史上最大級と思われる《五百羅漢図》を手がけるきっかけは、東日本大震災だった。「無力感の中でも人は生きていかなければならない。それに立ち向かってゆくための新たな説法が急務であると、そんなことを強く感じ、描いた」(『芸術新潮』2012年5月号)とは本人の弁。狩野一信の《五百羅漢図》(東京・芝、増上寺蔵)が着想につながった。五百羅漢とは、釈迦の教えを広めた500人の弟子である聖人たちで、煩悩を滅し人々を救済したとされている。

 

そんな時期、震災に支援を差し延べてくれたカタールから展覧会の依頼があり、展示館まで新設してくれたことに応じようと、類例のない巨大作品に挑んだのである。村上が指示する工房システムの一大プロジェクトだった。全国の美大生から募った約200人が埼玉の工房に集結し、二交替24時間態勢で1年足らずで完成させた。

 

《五百羅漢図》の制作風景(撮影:Aminaka Kenta) (C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

《五百羅漢図》の制作風景(撮影:Aminaka Kenta)
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今回の「五百羅漢図展」では、制作過程の研究資料やスケッチ、作品の下図や指示書など制作に使用された膨大な資料の一部も展示されている。その手法は1月31日に放映された日曜美術館で一部紹介されていたが、村上の構想を元に参加スタッフが分業で取り組んだ。各自が思い浮かべた羅漢を描かせ、村上が入念にチェック、パソコンに取り込み全体を構成する。その下絵をシルクスクリーンで塗り重ね、版は4000枚にもなったそうだ。

 

《五百羅漢図》(部分、2012年、個人蔵) (C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

《五百羅漢図》(部分、2012年、個人蔵)
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広い会場に展示された《五百羅漢図》は壮観だ。作品は中国の古代思想で東西南北をつかさどる四神をモチーフに、「青竜」「白虎」「朱雀」「玄武」の4面で構成されていて、2室を使って2面が向かい合わせに展示されている。それぞれの画面には、デフォルメされた四神の他、大小500の羅漢が描き込まれている。

 

《五百羅漢図》(部分、2012年、個人蔵) (C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

《五百羅漢図》(部分、2012年、個人蔵)
(C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 

目をギョロつかせ威嚇するような羅漢がいれば、口の裂けた怖い形相の羅漢、手を合わせたり、ひざまづくなど様々なポーズの姿をとり、その顔は全て異なる。纏った衣装も色とりどりで鮮やか。いずれも生き生きとユーモアたっぷりだ。村上が師と仰ぐ美術史家の辻惟雄(のぶお)さんは「祈りながら笑う。笑いながら祈る」作品と評する。

 

《五百羅漢図・白虎》の展示風景 (C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

《五百羅漢図・白虎》の展示風景
(C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 

四神と羅漢が際立つ画面の背景も見逃せられない。「白虎」の面には、真っ赤な炎、「朱雀」の面には、巨大な波の形状が描かれ、震災を想起させる。また小さい羅漢を前面に後ろに位置する羅漢は大きく描く逆遠近法も使われている。村上と美大生らのパワーが全開した超大作である。

 

《五百羅漢図・朱雀》の展示風景 (C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

《五百羅漢図・朱雀》の展示風景
(C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 

何年か前に名古屋ボストン美術館で鑑賞した曽我蕭白の《雲龍図》に度肝を抜かれたが、今回の村上作品にも驚嘆した。日曜美術館の番組の最後に、「これが出来たことでいつ死んでもいい。日本的なものを現代美術で表現し、学んできたことの全てをはき出せた。芸術家としてちゃんとした業績が遺せた」と自負していたことが印象的だった。

 

《Reborn》(2012年(2015年) (C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

《Reborn》(2012年(2015年)
(C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 

達磨大師》(2007年) (C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

達磨大師》(2007年)
(C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

展覧会では、《五百羅漢図》以外にも新作が出品されている。とりわけ達磨をモチーフに10年にわたり制作を続けている未完の彫刻《宇宙の産声》が目を引く。高さ4メートルを超え、354個の目、105本のひげ、1202本の歯を持つ大型彫刻で金色に輝く。自らの重みで倒壊する資本主義をイメージして制作し始めた、という。

 

《宇宙の産声》(2005年~) (C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

《宇宙の産声》(2005年~)
(C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 

村上作品のオリジナルも登場する。1993年に自画像としての意味を込めて発表して以来、形を変え進化し、今回は《手と手を繋げよ。》など新作多数も出ている。さらに抽象画の連作なども展示され、現在進行形の村上ワールドを堪能できる。

 

左)《宇宙の深層部の森に蠢く生命の図》(部分、2015年) 右)《手と手を繋げよ。》(2015年) (C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

左)《宇宙の深層部の森に蠢く生命の図》(部分、2015年)
右)《手と手を繋げよ。》(2015年)
(C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 

《円相 隣にいる》(2015年) (C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

《円相 隣にいる》(2015年)
(C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

村上作品のアニメポップ的な手法については、既成文化の模倣や亜流といった批判がなされていることも承知していた。これに対して、村上がマンガやアニメの表現方法で日本独自の芸術性が世界のアートシーンで戦えると考えている。浮世絵や琳派など日本画をとことん研究し、その優れた成果に裏打ちされた村上作品の真骨頂が少しは理解できた展覧会だ。

 

村上隆の新作を鑑賞する観客 (C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

村上隆の新作を鑑賞する観客
(C)2005-2015 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

「芸術とは何か」を問いかけ約400点一堂に

一方、「スーパーフラット・コレクション展」は、「五百羅漢図展」に連動して、初めて企画された。こちらも『芸術新潮』の2012年5月号で「茶のない茶会 千宗屋、村上コレクション」の特集記事で、一部が掲載されていた。しかし実際に目にすると、《五百羅漢図》同様、並みのスケールではない。サブタイトルにも謳われているが、古今東西の展示品の物量と多様さに驚愕する。なんと約5000点以上、現在も増え続けているコレクションの内、400点余を展示したに過ぎないとか。これは「百聞一見に如かず」である。

 

主催者の趣旨だと、村上コレクションの特徴は、既存の基準やヒエラルキーを超えて、独自の美意識と価値観で選ばれた作品・オブジェ群で、地域や流派といった既存のカテゴリーをとりはらい、感覚的あるいは機械的に並列することで「スーパーフラット・コレクション」の意味について考える、としている。このため通常のコレクション展では美術館や特定の個人を対象にしても、テーマやジャンル、一定の質が前提となっているが、まさに玉石混交の趣向となっている。

 

展示構成もユニークだ。美術館に入るや、「彫刻の庭」がある。吹き抜けの広いエントランスの大空間に作品が点在する。まずドイツの現代美術家、アンゼルム・キーファーの《メルカバ》《神殿破壊》《生命の樹》(いずれも2010年)の立体3点が展示されている。

 

アンゼルム・キーファー《メルカバ》(2010年) (C) Anselm Kiefer.Courtesy Gagosian Gallery,Photo by Charles Duprat

アンゼルム・キーファー《メルカバ》(2010年)
(C) Anselm Kiefer.Courtesy Gagosian Gallery,Photo by Charles Duprat

 

回廊の階段上には誌上で見覚えのあったマルティン・ホナートの《Giants》(2007年)やウーゴ・ロンディノーネの《Moonrise East,September》(2006年)の彫刻作品もある。こんなものまでと思わずにいられなかったのが牛の皮で出来た巨大な生物の遺骸のような張洹(ジャン・ホアン)の《ヒーロー№1》(2008年)もあって好奇心をそそる。

 

ティンホナート《Giants》(2007年)

ティンホナート《Giants》(2007年)

 

張洹(ジャン・ホアン)《ヒーロー№1》(2008年)

張洹(ジャン・ホアン)《ヒーロー№1》(2008年)

 

一転、展示室の「日本・用・美」のコーナーには、縄文土器から古陶など日本を中心に東洋陶磁や近代陶芸、さらにはヨーロッパの雑器まで並ぶ。出色は北大路魯山人の作品もずらり陳列ケースに収められている。こうした陶磁器に加え曽我蕭白の《定家・寂蓮・西行図屏風》や白隠慧鶴の《いつみても達磨》(いずれも江戸中期)などの優品がさりげなく架けられている。美を追求してきた村上の眼差しを窺い知れる。

 

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陳列ケースに並ぶ北大路魯山人の陶器

陳列ケースに並ぶ北大路魯山人の陶器

 

「村上隆の脳内世界」のコーナーは、グラフィティ絵画からアンティーク家具、骨董品など雑多なモノであふれる。木彫りの仏像があれば行者の装束、ズールー族の革スカート、李朝の木靴や福助人形などもあり、まるでおもちゃ箱をひっくりかえしたようだ。村上の脳内を覗くような空間世界が広がる。

 

多種多様な「村上隆の脳内世界」のコーナー

多種多様な「村上隆の脳内世界」のコーナー

 

「スタディルーム&ファクトリー」では、参加型の作品や映像インスタレーション作品を通して美術教育や歴史について考察するコーナーである。デイヴィッド・シュリグリーやミカ・ロッテンバーグの作品が展示されている。

 

 「スタディルーム&ファクトリー」のコーナー

「スタディルーム&ファクトリー」のコーナー

 

最終のコーナー「1950-2015」は、コレクションの主要な柱である1950年代から現在に至る国内外のアート作品を、ほぼ制作年に沿って機械的に展示している。この時期は1962年に生まれた村上隆の生きてきた時間でもある。これらの作品を通じ、村上の幼少期の原体験や成長過程で影響を受けたアーティストの作品を辿るとともに、既存の美術の流れとは異なる村上独自の美術史の文脈を考察できる。

 

フランク・ベンソン《ジュリアナ》(2015年) Courtesy of the artist

フランク・ベンソン《ジュリアナ》(2015年) Courtesy of the artist

 

ホルスト・ヤンセン《骸骨のある自画像》(1982年) (C)VG BILD-Kunst, Bonn & JASPAR, Tokyo 2015 C0731

ホルスト・ヤンセン《骸骨のある自画像》(1982年)
(C)VG BILD-Kunst, Bonn & JASPAR, Tokyo 2015 C0731

 

展示作家は、村上が領域を広げるきっかけになった大竹伸朗や盟友の奈良美智のほか、注目する美術家の菊畑茂久馬や川俣正、日本を拠点に世界的に活動している李禹煥、国際的な写真家の荒木経惟や篠山紀信らの作品。海外のアーティストでは、若き日憧れたというダグ&マイク・スターンはじめアウトサイダー・アートのヘンリー・ダーガー、さらにはアンディ・ウォーホルやホルスト・ヤンセンらの作品もひしめく。

 

荒木経惟《センチメンタルな旅》 (1971年、2015年プリント) (C)Nobuyoshi Araki, Courtesy of Taka Ishii Gallery, Tokyo

荒木経惟《センチメンタルな旅》 (1971年、2015年プリント)
(C)Nobuyoshi Araki, Courtesy of Taka Ishii Gallery, Tokyo

フリードリッヒ・クナス《スターライト・ウォーカー(星明りの散歩)》   (C) the artist, Photo Ben Westoby, Courtesy White Cube

フリードリッヒ・クナス《スターライト・ウォーカー(星明りの散歩)》
  (C) the artist, Photo Ben Westoby, Courtesy White Cube

展示の真ん中に奈良美智《ハートに火をつけて》(2001年) (C) Yoshitomo Nara, Courtesy of the artist

展示の真ん中に奈良美智《ハートに火をつけて》(2001年)
(C) Yoshitomo Nara, Courtesy of the artist

 

村上が今回の展覧会に次のようなメッセージ(抜粋)を寄せている。

 

ほんのひととき、僕が、芸術を理解する「試金石」として集めた作品を見ていただいて、ああ、この時代の芸術の流行りはこんな感じだったよね~、とか、いや、こいつ趣味悪いわ~、とか、ぐわ~!感動した!と涙する、とか、そういう激情に触れてくれたら、展覧会を開催した意味もあるよなぁ~と思います。

 

また横浜美術館の逢坂恵理子館長はプレスリリースの「展覧会に寄せて」の中で、その意義について一文(抜粋)を記している。

 

村上が本格的に「蒐集」という樹海に入り込んだのは、北大路魯山人旧蔵の志野茶碗の入手を契機とする。美術商との駆け引き、オークションでの落札、ギャラリーやインターネットでの購入など、蒐集方法は多岐にわたるが、10年足らずで数千点の蒐集を実現したそのエネルギーと収集の内容は、村上の非凡さを示している。

 

「藝術とは何か?」「芸術の価値とはどのように成立するのか?」「蒐集とは何か?」この大命題に向き合い模索を続ける村上にとって、蒐集は彼の新たな挑戦であり、自己の限界を常に超えようとする意思の発露でもあるのだ。

 

 

最後に二つの村上隆展を見て、アニメ風の美少女キャラクターをモチーフとした作品や自画像キャラクターの「DOB(ドブ)君」でイメージしていた村上隆の実像が大きく変わった。不即不離の2つの展覧会が展開した「村上ワールド」で、古美術や日本美に深い造詣を印象付けられた。冒頭に紹介した「まだ村上隆が、お嫌いですか?」の答えが、自ずから出たように思う。