新型コロナ禍、京阪神では2度目の緊急事態宣言が延長された。美術館は、前回軒並み休館措置となったが、今回制限の対象となっていない。この時期、とっておきの宝物展が開催中だ。大阪のあべのハルカス美術館で「ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」が3月28日まで、京都の相国寺承天閣美術館では「相国寺・金閣・銀閣 宝物展」が4月18日まで催されている。いずれも検温やマスク着用などの感染防止策が講じられているものの、日時指定の事前予約制になっていない。展示品は異質ながら、それぞれ長い歴史を経て受け継がれてきた至宝だけに、見ごたえがある。じっくり鑑賞するには格好の機会でもある。

あべのハルカス美術館の「ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」
ルーベンス、クラーナハ(父)らの作品…
秘蔵の油彩画や陶磁器の名品など126点

「ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」の会場入り口のディスプレイ

「ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」の会場入り口のディスプレイ

オーストリアとスイスに挟まれたリヒテンシュタイン侯国は、1719年に誕生した。小豆島ほどの面積に人口約3万5000人という小国ながら、世界で唯一、君主である侯爵家の家名が国名となった。独立国家の君主であるリヒテンシュタイン侯爵家は、12世紀から歴代にわたる美術作品の収集によって高い名声を得ている。その世界屈指のコレクション展は、コロナ騒動前の一昨年秋に企画され、東京はじめ栃木、大分、宮城、広島などを巡回し、大阪が最終会場となっている。

 

今回の展覧会では、ルーベンス、クラーナハ(父)が描いた宗教画や、ヤン・ブリューゲル(父)らの風景画、ルネサンス期に再び芸術の主題として取り上げられるようになった神話画、事実に基づいて象徴的に描かれた歴史画など侯爵家秘蔵の油彩画63点をはじめ、華麗な宮廷の空間を彩った陶磁器の名品が出品され、合わせて126点のコレクションが展示されている。海外からの企画展はすっかり影を潜めている中、優美なヨーロッパの貴族文化の香りが堪能できる。

 

展示は7章で構成されている。それぞれの章の内容や、主な作品と会場風景を章ごとに取り上げる。まず第1章は「リヒテンシュタイン侯爵家の歴史と貴族の生活」で、オーストリアの名門貴族として、神聖ローマ帝国を治めたハプスブルク家に仕えてきた侯爵家の人々の肖像画や、一家が過ごした華やかな宮廷生活の雰囲気を伝える絵画から始まる。

 

ヨーゼフ・ノイゲバウアー《リヒテンシュタイン侯フランツ1世、8歳の肖像》(1861年)LIECHTENSTEIN. The Princely Collections, Vaduz–Vienna

ヨーゼフ・ノイゲバウアー《リヒテンシュタイン侯フランツ1世、8歳の肖像》(1861年)以下、作品はLIECHTENSTEIN. The Princely Collections, Vaduz–Vienna

 

ヨーゼフ・ノイゲバウアーの《リヒテンシュタイン侯フランツ1世、8歳の肖像》(1861年)は、未来の侯爵(1853-1938)の幼少の姿を長円形に収めた作品だ。他にもヨハン・ハインリヒ・ティッシュバイン周辺の画家が描いた《リヒテンシュタイン侯女レオポルディーネ・アーデルグンデ(1771年にヘッセン=ラインフェルス方伯と結婚)》(制作年不詳)や、アレクサンドル・ロスランの《リヒテンシュタイン侯フランツ・ヨーゼフ1世の肖像》(1778年)も出品されている。

 

左からヨハン・ハインリヒ・ティッシュバイン周辺の画家《リヒテンシュタイン侯女レオポルディーネ・アーデルグンデ(1771年にヘッセン=ラインフェルス方伯と結婚)》(制昨年不詳)と、アレクサンドル・ロスラン《リヒテンシュタイン侯フランツ・ヨーゼフ1世の肖像》(1778年)

左からヨハン・ハインリヒ・ティッシュバイン周辺の画家《リヒテンシュタイン侯女レオポルディーネ・アーデルグンデ(1771年にヘッセン=ラインフェルス方伯と結婚)》(制作年不詳)と、アレクサンドル・ロスラン《リヒテンシュタイン侯フランツ・ヨーゼフ1世の肖像》(1778年)

 

第2章は「宗教画」。キリスト教が根付いたヨーロッパでは、人々に聖書の内容を伝え、信仰心を呼び起こすために宗教画が描かれ、それが造形的伝統の基礎を築いた。他の貴族同様、リヒテンシュタイン侯爵家も多くの宗教画を収集しているが、そこには、ドイツのクラーナハ(父)をはじめとする16世紀の北方ルネサンス絵画、フランドル(現在のベルギー)のルーベンスに代表される17世紀のバロック絵画に加え、イタリアのルネサンス絵画、バロック絵画等も含まれている。この章では、時代や地域ごとに多様な表現をみせ、主題も旧約聖書や新約聖書の場面から採られ、特に人気を博した聖母子像や聖人の姿など多岐にわたる。

 

ルーカス・クラーナハ(父)《聖バルバラ》(1520年以降)LIECHTENSTEIN. The Princely Collections, Vaduz–Vienna

ルーカス・クラーナハ(父)《聖バルバラ》(1520年以降)

 

ルーカス・クラーナハ(父)の《聖バルバラ》(1520年以降)は、聡明で美しいバルバラは、純潔を守るために父地によって塔に幽閉され、最後は斬首される悲劇の聖女という。ロレンツォ・コスタの《東方三博士の礼拝》(1510年頃)とネーデルラントの画家による《東方三博士の礼拝》(1530年頃)、ヨハン・ケーニヒの《羊飼いの礼拝》(1630-32年頃)も並ぶ。ペーテル・パウル・ルーベンスの《聖母を花で飾る聖アンナ》(1609 -10年頃)も注目だ。

 

左からロレンツォ・コスタ《東方三博士の礼拝》(1510年頃)、ネーデルランドの画家《東方三博士の礼拝》(15130年頃)、ヨハン・ケーニヒの《羊飼いの礼拝》(1530-32年頃)

左からロレンツォ・コスタ《東方三博士の礼拝》(1510年頃)、ネーデルラントの画家《東方三博士の礼拝》(1530年頃)、ヨハン・ケーニヒの《羊飼いの礼拝》(1630-32年頃)

 

第3章の「神話画・歴史画」では、古典古代の芸術の復興が目指されたルネサンス期以降、ギリシャやローマの神話を主題とする絵画が、宗教画と並んで数多く描かれるようになる。19世紀になると、絵画を磁器に複製して描くこと鑑賞できる。

 

ペーテル・パウル・ルーベンスと工房による《ペルセウスとアンドロメダ》(1622年以降)は、国を守るために生贄にされたエチオピア王女のアンドロメダを有翼の馬ペガサスに乗ったゼウスの息子ペルセウスが救う神話を描いている。

 

ペーテル・パウル・ルーベンスと工房《ペルセウスとアンドロメダ》(1622年 以降)LIECHTENSTEIN. The Princely Collections, Vaduz–Vienna

ペーテル・パウル・ルーベンスと工房《ペルセウスとアンドロメダ》(1622年以降)

 

第4章は「磁器―西洋と東洋の出会い」。ヨーロッパに輸出された東洋の磁器は、その白く硬い素地の美しさが称えられ大変珍重された。17世紀半ばまでは中国製が主流だったが、日本の有田焼も進出。これらアジアで作られた磁器に金属装飾を施されるなど、東西文化の交流をもたらせた。

 

中国・景徳鎮窯《色絵花唐草文大皿》(1720-50年代)や、日本・有田窯 金属装飾:イグナーツ・ヨーゼフ・ヴュルト《青磁色絵鳳凰雲文金具付蓋物》(磁器:1690-1710年代 金属装飾:1775-85年、人物像後補)などが目を引く。この章には、破損した大鉢からこぼれる果物を描いたビンビ(本名バルトロメオ・デル・ビンボ)の《花と果物の静物とカケス》(制作年不詳)も展示されている。

 

左)中国・景徳鎮窯《色絵花唐草文大皿》(1720-50年代) 右)日本・有田窯 金属装飾:イグナーツ・ヨーゼフ・ヴュルト《青磁色絵鳳凰雲文金具付蓋物》(磁器:1690-1710年代 金属装飾:1775-85年)

左)中国・景徳鎮窯《色絵花唐草文大皿》(1720-50年代)
右)日本・有田窯 金属装飾:イグナーツ・ヨーゼフ・ヴュルト《青磁色絵鳳凰雲文金具付蓋物》(磁器:1690-1710年代 金属装飾:1775-85年、人物像後補)

ビンビ(本名バルトドメオ・デル・ビンボ)《花と果物とカケス》(制昨年不詳)

ビンビ(本名バルトロメオ・デル・ビンボ)《花と果物の静物とカケス》(制作年不詳)

 

第5章は「ウィーンの磁器製作所」。18世紀に入ると、ヨーロッパでも質の高い磁器の生産が始まる。1718年に開業したウィーン磁器製作所は、ハプスブルク家の庇護のもと発展。リヒテンシュタイン侯爵家も有力な顧客として、華やかで技巧を凝らした作品を収蔵した。ウィーン窯(デュ・パキエ時代)の《馬狩文八角皿(リヒテンシュタイのディナーセット)》(1730-40年頃)や、ウィーン窯・帝国磁器製作所(ゾルゲンタール時代)の《蓋付クーラー》(1780年頃)など装飾を施した作品の数々に見飽きない。

 

ウィーン窯(デュ・パキエ時代)《馬狩文八角皿(リヒテンシュタイのディナーセット)》(1730-40年頃)

ウィーン窯(デュ・パキエ時代)《馬狩文八角皿(リヒテンシュタイのディナーセット)》(1730-40年頃)

ウィーン窯・帝国磁器製作所(ゾルゲンタール時代)《蓋付クーラー》(1780年頃)

ウィーン窯・帝国磁器製作所(ゾルゲンタール時代)《蓋付クーラー》(1780年頃)

 

第6章は「風景画」で、それまで宗教画や神話画の背景として描かれてきた風景が主題として描かれるようになる。16-17世紀のフランドルでは、商業により豊かになった市民が新たな絵画の購買層となり、絵画のジャンルが多様化する。とりわけアルプスに領土を有する侯爵家にとって、風景を主題とする絵画や磁器が数多く収集される。ヤン・ブリューゲル(父)の《市場への道》(1604年)などとともに、ウィーン窯(帝国磁器製作所)、原画:ベルナルド・ベロットの《ベルヴェデーレからのウィーンの眺望が描かれたコーヒーセット》(1808年頃)など、すばらしい風景が絵付けている。

 

ウィーン窯(帝国磁器製作所)、原画:ベルナルド・ベロット《ベルヴェデーレからのウィーンの眺望が描かれたコーヒーセット》(1808年頃)

ウィーン窯(帝国磁器製作所)、原画:ベルナルド・ベロット《ベルヴェデーレからのウィーンの眺望が描かれたコーヒーセット》(1808年頃)

 

最後の第7章は「花の静物画」で、16-17世紀にかけて発展した絵画ジャンルの一つだ。19世紀前半のビーダーマイヤー期の画家たちがこの伝統を引き継ぎ、花の静物画の人気が高まる。その背景には植物学に傾倒し「花の皇帝」と呼ばれたオーストリア皇帝フランツ1世に代表されるような、ウィーンにおける珍しい植物への関心の高まりがあった。本来同時に咲くことのない花が咲き誇り、枯れることなく画面の中で咲き続ける油彩画に加え、輝くような色彩で花々が写実的に描かれた華麗な磁器もオンパレード。

 

「花の静物画」を描いた作品が並ぶ展示会場

「花の静物画」を描いた作品が並ぶ展示会場

 

フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラーの《磁器の花瓶の花、燭台、銀器》 (1839年)や、ウィーン窯・帝国磁器製作所、ヨーゼフ・ガイアーの《金地花文クラテル形大花瓶》(1828年頃)などがずらり並ぶ。

 

左)フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー 《磁器の花瓶の花、燭台、銀器》(1839年)LIECHTENSTEIN. The Princely Collections, Vaduz–Vienna 右)ウィーン窯・帝国磁器製作所、ヨーゼフ・ガイアー《近地花文蔵照る境内花瓶》(1828年頃)LIECHTENSTEIN. The Princely Collections, Vaduz–Vienna

左)フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー 《磁器の花瓶の花、燭台、銀器》(1839年)
右)ウィーン窯・帝国磁器製作所、ヨーゼフ・ガイアー《金地花文クラテル形大花瓶》(1828年頃)

相春を告げる梅をテーマにした作品と
伊藤若冲や狩野探幽らの名作も展示
梅と禅文化、若冲らの寺宝の二部構成

「相国寺・金閣・銀閣 宝物展」のチラシ

「相国寺・金閣・銀閣 宝物展」のチラシ

相国寺(しょうこくじ)は、京都五山第二位に列せられる名刹で、正式名称は萬年山相國承天禅寺。1392年に室町幕府三代将軍、足利義満によって創建された。足利家の邸宅であった京都御所の東に隣接し、義満以後、13代にわたる足利将軍の位牌を安置する塔頭が、かつて存在していた。現在も足利義満ゆかりの鹿苑寺(金閣)や足利義政ゆかりの慈照寺(銀閣)などが山外塔頭として、京都の観光名所として知られる。

 

相国寺承天閣(じょうてんかく)美術館は、相国寺創建600年記念事業の一環として1984年に開館した。相国寺および臨済宗相国寺派に属する鹿苑寺や慈照寺などが所有する墨蹟・絵画・工芸品等の文化財を収蔵・展示し、相国寺と相国寺派の塔頭の寺宝などを鑑賞できる。今回の展覧会には、禅僧と梅の文化史をテーマとした企画と、相国寺の歴史を室町から近代までたどる企画を合わせて、約50件の宝物が展示されている。

 

こちらの展示は二部構成だ。一部は時節柄、「梅の余薫」。古来『万葉集』で数多く詠まれた梅は、平安時代以降、桜にその座を譲る。しかし、禅僧が好んで描き、漢詩に詠んでいたのは、厳しい寒さのなかで蕾をつけ、最初に春を告げる梅で、禅僧達は様々な思いを託してきた。相国寺、金閣寺、銀閣寺に伝来する寺宝から、梅にかかわる作品を出品している。

 

禅宗は鎌倉時代から室町時代にかけて、大陸から日本に伝来し、水墨画、茶道や作庭など、日本文化の核となる文化が禅寺より発信された。序章「大陸の梅」には、《渡唐天神像》瑞渓周鳳賛 (室町時代 15世紀、鹿苑寺蔵)が展示されている。続く第1章が「禅僧の梅」で、禅の教えとともに水墨画も隆盛し、《墨梅図》玉畹梵芳賛(室町時代 15世紀、慈照寺蔵)など独自の画境を築く。

 

左)《渡唐天神像》瑞渓周鳳賛 (室町時代 15世紀、鹿苑寺蔵) 右)《墨梅図》玉畹梵芳賛(室町時代 15世紀、慈照寺蔵)

左)《渡唐天神像》瑞渓周鳳賛 (室町時代 15世紀、鹿苑寺蔵)
右)《墨梅図》玉畹梵芳賛(室町時代 15世紀、慈照寺蔵)

 

第2章「受け継がれる精神」では、中世に描かれた梅は、近世にも写された。維明周奎の《雲梅・雪梅図》(江戸時代 1808年、相国寺蔵)の他、長谷川等伯の《探海騎驢図屏風》(江戸時代 1606年、相国寺蔵)や、重要美術品で狩野探幽の《探幽縮図》(江戸時代 1861-73年、相国寺蔵)も出品されている。

 

《雲梅・雪梅図》維明周奎筆(江戸時代 1808年、相国寺蔵)

《雲梅・雪梅図》維明周奎筆(江戸時代 1808年、相国寺蔵)

 

第3章は「梅の意匠」で、松竹梅といった吉祥イメージが好まれ、工芸に多く取り入れられた。重要文化財の《銅梅竹文透釣燈籠》(室町時代 1552年、相国寺蔵)も、その1点だ。野々村仁清作の重要文化財《梅花紋大壺》(江戸時代 17世紀、慈照寺蔵)も出品されている。

 

重要文化財《銅梅竹文透釣燈籠》(室町時代 1552年、相国寺)

重要文化財《銅梅竹文透釣燈籠》(室町時代 1552年、相国寺)

 

二部の「相国寺の歴史と寺宝」では、相国寺の歴史を宝物によって概観し、多種多様な作品を通覧する。相国寺の創建と足利将軍、そして時代がうつろい織田、豊臣、徳川といった権力者たちと相国寺僧はどのように相対し、近代の廃仏毀釈の流れの中で寺域を守り続けたのか。相国寺とその塔頭である、鹿苑寺(金閣)や慈照寺(銀閣)の寺宝から近代にいたるまでの歴史の流れを辿る。

 

第1章は「禅の歴史と相国寺」で、伝顔輝の《釈迦文殊普賢象》(室町時代 15世紀後半から16世紀、相国寺蔵)など3件。第2章の「中世の相国寺」には、足利義満による相国寺の創建から東山御物と室町絵画、さらに足利義政とその時代を経て織田、豊臣政権までの肖像画や山水図、書状などが並ぶ。中でも重要文化財の《足利義満像》飛鳥井雅縁賛(室町時代 15世紀、鹿苑寺蔵)や、《足利義輝肖像》(室町時代 16世紀、光源院蔵》などが出色だ。

 

左)重要文化財《足利義満像》飛鳥井雅縁賛(室町時代 15世紀、鹿苑寺蔵) 右)《足利義輝肖像》(室町時代 16世紀、光源院蔵》

左)重要文化財《足利義満像》飛鳥井雅縁賛(室町時代 15世紀、鹿苑寺蔵)
右)《足利義輝肖像》(室町時代 16世紀、光源院蔵》

 

書状では、《織田信長朱印状 口永禄十二年》(桃山時代 1569年、相国寺蔵)や、《伏見大光明寺勧進帳》(桃山時代 1594年、相国寺蔵)などの貴重な歴史資料も展示されている。この勧進帳には、伏見大光明寺の再建に寄進した徳川家康を筆頭として、毛利輝元、上杉景勝、豊臣秀保、前田利家、宇喜多秀家ら武将122名の自署の花押が記され、見どころといえよう。

 

左)《織田信長朱印状 口永禄十二年》(桃山時代 1569年、相国寺蔵) 右)《伏見大光明寺勧進帳》(桃山時代 1594年、相国寺蔵)

左)《織田信長朱印状 口永禄十二年》(桃山時代 1569年、相国寺蔵)
右)《伏見大光明寺勧進帳》(桃山時代 1594年、相国寺蔵)

 

第3章は徳川政権下の「近世の相国寺」。まず《徳川家康像》加藤栄蔵信清筆(江戸時代 18世紀、相国寺蔵)が目を引く。この章には、伊藤若冲の《群鶏蔬菜図押絵貼屏風》六曲一双(江戸時代 18世紀、相国寺蔵)や、狩野派の《列祖像三十幅》(江戸時代 17世紀、相国寺蔵)のうち三幅が出品され、狩野探幽の《初祖達磨大師》に注目だ。このほか世継希僊の《梅荘顕常頂相》(江戸時代 18世紀、慈雲院蔵)も展示されている。

 

《群鶏蔬菜図押絵貼屏風》伊藤若冲筆(江戸時代 18世紀、相国寺蔵)上)左隻 下)右隻

《群鶏蔬菜図押絵貼屏風》伊藤若冲筆(江戸時代 18世紀、相国寺蔵)
上)左隻 下)右隻

左)《徳川家康像》加藤栄蔵信清筆(江戸時代 18世紀、相国寺蔵) 中)《列祖像三十幅》(江戸時代 17世紀、相国寺蔵)のうち狩野探幽筆《初祖達磨大師》中)《梅荘顕常頂相 自賛》世継希僊筆(江戸時代 18世紀、慈雲院蔵)

左)《徳川家康像》加藤栄蔵信清筆(江戸時代 18世紀、相国寺蔵)
中)《列祖像三十幅》(江戸時代 17世紀、相国寺蔵)のうち狩野探幽筆《初祖達磨大師》
中)《梅荘顕常頂相 自賛》世継希僊筆(江戸時代 18世紀、慈雲院蔵)

 

第4章の「年中行事」に吉山明兆の《白衣観音像》(室町時代 15世紀、相国寺蔵)、第5章の「近代の相国寺」に《石竹図》玉畹梵芳画賛(室町時代 15世紀、相国寺蔵)などが出品され、第6章の「工芸の至宝」で終わる。

 

《白衣観音像》吉山明兆筆(室町時代 15世紀、相国寺蔵)

《白衣観音像》吉山明兆筆(室町時代 15世紀、相国寺蔵)

 

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今回取り上げたリヒテンシュタは、国境を接するスイスやオーストリアを旅していて、国名こそ知っていたが、未知の国だ。建国後約300年だが、家名の登場は12世紀に遡る。この間、2度の世界大戦をはさみ、多くの国際紛争を超え、よくぞ極小国ながら存続していることに驚く。そして今回の展覧会に一部出品された宝物が守りぬかれてきたことに感心する。一方、相国寺は創建以来約600年になる。こちらも室町から安土桃山、江戸時代の戦乱を潜り抜け、現在に至っている。そして国宝2件(5点)をはじめ多数の重要文化財を所蔵している。単に美術鑑賞の視点だけでなく、長く多難な歴史に思いを馳せると感慨深い。