ザンスカール

ヒマラヤのザンスカール山脈を歩いた時のインスピレーションを形にした作品です。 (左 ザンスカールの収斂   右 ホトクサールの壁 )

ヒマラヤ山脈の西側に位置するザンスカール山脈。一木一草生えていない瓦礫だらけの細い径、炎天下、長袖のシャツの上から強い紫外線が容赦なく照りつけ皮膚がむける。鳥の啼き声も虫の羽音も聴こえない。

 

自分の靴音だけが響きあい、あとは全く無音の世界。歩きながら感じたこと―
なんと「静か」なのだろう。空を見上げると群青一色の蒼穹の空。宇宙と地球が一体化していることを肌で感じる。同時にこの限りない静寂の中に秘む穏やかな優しさと強烈な光を浴びるとき、人間生命の本質を教えてくれているのかな、と思った。上空では目に見えない気流たちが激しく流れ、ぶつかり合い、うねっているのに地上にその音は伝わってこない。「静か」という文字を分解すると「青が」「争う」と読める。そうか、この群青の空の静けさを表しているのだと納得合点。

 

雲一つない天空は、只々「青」があるだけ。この眼前の静寂世界は死の世界と通ずる「寂」や「涅槃」を垣間見たような気がした。静寂とは煩悩を滅却した絶対自由の世界を表した言葉(広辞苑)だそうで、それを永遠の至福と見るか虚無と見るか。

 

その時の私は静と動、絶対的世界と相対的世界の狭間に立っていることが、今も鮮明に記憶されている。

 

この世に生を受けて10歳くらいから人間とは・人生とは・如何なるものか、を常に考えていた少年がようやく生命の本質に触れた手応え。歓び。

 

生命体が生きている、ということは耐えず動きまわっていることだ。睡眠と覚醒、生理周期、互いに補完し合いながら、物質とエネルギーと情報は耐えず混ざり合い、循環していることに気付く。何億年も周回し続け、生命から生命へと常に受け渡されて今日があることを実感した貴重な体験である。この体験が、「私の中のビッグバン―出会いの妙・縄文の記憶」につながっている。それは、およそ16500年前、世界で初めて縄文人が火を使い火焔式土器を作りだした。人類が、「火」を使い物を作った画期的な瞬間。「火」というテクノロジーは、当時の最先端り他の動物には成しえなかったこと。その縄文人は、大地に畏敬の念を抱き、自然を大切に感謝をし、祈りを込めながら生命としての活力を戴いてきた。縄文人が歩んだ記憶、それは人と人だけでなく、人と自然が触れ合いながら自己を確認することなのではないかと思った。

 

この時私は40~45才、個展と個展の合間をスケジュール調整、妻子を養い子育てにいそしみながら6年続けてヒマラヤを中心に歩き廻っていた。

 

ゴンパ(寺院)内の壁画や僧侶たちの声明を詠う姿、各地から来る巡礼者たちの姿を写真に撮り、(約1万カット)写真展を開いたりもした。私の好きなことのひとつに、変幻自在に変化する雲の流れる様を見ることがある。朝、昼、夜それは時を選ばず、見飽きることがない。光と影が作り出す静寂のシンフォニーとでも言おうか、抽象画のように変化にとんだ自由な世界が展開する。宇宙の躍動を肌で感じ、地球という星がまぎれもない一個の生命体であり、私達人類もその他の生命体たちも地球に生かされている細胞であるという理解、実感が湧いてくる。そして、私自身が天空に広がる宇宙とつながり、そして宇宙を形成する一つであることを気づかされる。

 

私の生きるこの宇宙は、ビッグバンによって生まれた。宇宙の“誕生”時をビッグバンと呼ぶのなら、あらゆる生命の誕生を小さな“ビッグバン”と呼んでもいいのではないだろうか。そうなると、日常的に私たち人間の身近でビッグバンは行われているといえるのでは・・・。その人間の細胞の数は、60兆個といわれている。我々が未だ認識・発見していない地球上の他の生命体も60兆種類生息しているのではないだろうか。ある研究所の調べによると、我々の住む銀河では太陽(恒星)が2000~3000億個程度あり、そのような銀河が宇宙に2000~3000億個あるとされ)、600兆個の星の数があるとも考えられている。つまり、全てが相似形でなりたっているというのが私の仮説である。人類も細菌も星の数も大宇宙の中のひとつの構成要素ということではないだろうか。

 

そのように生を受けた生命体たちは本能的にその遺伝子を残すべくそれぞれの立場・環境の中で進化をとげて現在があるわけで、現実に存在して生活をしていること自体が実は「奇跡」といってもよいのではないだろうか。来し方38億年の歴史と記憶をたどれば思わず畏敬と感謝の念が湧き、歓びで心が充たされ思わず涙さえ浮かんでくる。

 

あの日、ザンスカール山脈で経験した静寂。あれから30年が経った。その“静寂”は、私の中に生き続け、マグマのように熱く、嵐のように激しく渦巻き続けている。

 

土や火を、すなわち木、火、土、金(属)、水と関わりながら仕事をしている私は、地球と向き合い宇宙の中に生かされているということを意識せずにはいられない。あの静寂世界は、それを気づかせてくれたのだった。

 

「私と土と」というテーマを与えられたとき、最初に浮かんだイメージ・フレーズが上記の文章であり、私の経験を辿りながらこのエッセイをしたためてみよう、と筆をとりました。

 


坂田甚内氏のホームページも是非御覧ください。

dm-211x300坂田甚内氏の作品展開催中

「私の中のビッグバン〜出会いの妙・縄文の記憶展 Vol.2」
2014年9月9日(火)〜21日(日)
※開催終了しております。

詳しくは椿近代画廊のホームページ[坂田甚内 私の中のビックバン~出会いの妙・縄文の記憶Vol.2]

 

坂田氏のインタビューを弊社ニュースサイトで掲載中
詳しくは ADCnewsをご覧ください。